第三話
焚火の前でガクガク震えるヨランダ。震えているのは寒さと、街の住人に取り囲まれて睨まれているからだ。エルだけ優しくワシワシと頭をふいてやっている。
「おい、騎士よ。何故湖を凍らせた」
「へ、ヘッッッ……クシュン! そ、そこの……男をおびき寄せて……やっつけるため……」
何故か俺の方に住人の視線が。おいやめろ、俺を巻き込むな。
「騎士様よ、この女とどういう関係で? まさかただの痴話喧嘩か? だとしたら……俺達はそんな馬鹿馬鹿しい事に巻き込まれたってことになるよなぁ」
「おい、見てただろ。この女、確実に俺を殺そうとしてたぞ。そんな痴話喧嘩があってたまるか……」
「うぅぅぅぅぅ、私は今でも……アルフェルドのこと、大好きなのにぃ」
より一層……住人の目が痛くなる。
っく、この女……何をぬけぬけと。
「ま、まってください!」
するとエルが声を上げ、住人と俺の間に立ちふさがった。
「今日、ここに来たのは偶然です! 僕がどうしても街に行きたいって言ったからで……。その女の人は、いつ僕らがここに来るかなんて、分からなかった筈です! つまり……その女の人は適当な事を言っています!」
「……いや? 一年でも十年でも百年でも……街を凍らせてでも……私はいつまでも待つつもりだったよ?」
ゾクリ……と街の住人の背筋が凍るのが分かった。相変わらずだな……コイツ。
「ど、どちらにせよ、僕らが来なかったら……この街は無事では済まなかった筈です! 違いますか、おじさん!」
「お、おう……まあ、そうなる……のか?」
一番屈強そうな男へと、エルは「むむむむむむ」と言いながら威嚇。男は堪らず折れて、エルと俺に謝って来た。確かに、お前達が来なかったら最悪な事になっていたかもしれないと。
「分かってくれればいいのですっ」
ふんすっ……と胸を張るエル。いいぞエル。男として成長したようだな……!
「で……こっちの女はどうする」
「ひぃ!」
すると自然な流れで、ヨランダに矛先が。まあ、元々コイツが悪いんだから仕方ない。
「あ、アルフェルド! たすけて……っ」
「おもりを付けなくても、こいつなら勝手に沈む」
「おいぃぃ!」
ボキボキと指を鳴らしながら屈強な男達がヨランダに迫る!
するとエルは途端に小声で
「え、そんな酷い事……するんですか?」
再び男達の心が折られてしまった!
まあ、エルの前でこいつの死に様を見せるのは気が引けるし……。
「皆さん、こいつはこれでも王都直属の騎士です。手を出せば粛清されるかもしれない。こいつには俺から良く言い聞かせますので……それで勘弁してやってくれませんか」
「……まあ、騎士様に任せるのが一番だろう。大した被害も出て無いんだ。次があれば……その時は容赦せんがの」
俺が最初に話しかけた煙草の老人がそう発言すると、屈強な男達は溜息を吐きながら解散していった。俺は老人へと礼を言いつつ、迷惑をかけたと……って、なんで俺が謝るんだ。
「ご老人、済まない。こいつは性格は最悪だが、一応知り合いなんだ」
「ええよ。まあ、王都直属に借しが出来たと思えばな。なぁ、娘」
「ひぃ!」
そのまま老人も去っていき、俺は焚火を挟んでヨランダと向かい合うように座る。エルも俺の隣へとチョコンと座り、そこから事情聴取が始まった。
※
「と、いうわけでして……ハイ……」
「俺が殴った貴族が……今のお前の警護対象? 俺に報復しにきたのか。で、お前と利害が一致したと」
「う、うむぅ……」
呆れる他ない。王都からわざわざこんな辺鄙な所に飛ばされたというのに、何故また報復されなけれればならないのか。というか、王都から来てする事がそれか。家から一歩も出ないようなアホ息子だったが……俺に殴られて行動力がついたようだ。
「そいつは今何処に居る」
「お前の村に……行ったけども」
「は?」
「今朝早く、馬で山を登って行ったぞぅ……」
「……どの馬だ」
ヨランダは、この街に居た普通の馬、と答えた。
馬鹿か? 俺とエルが乗って来た馬は、山道に特化した種だ。一方、この街に居る馬で……この山が上れるわけが無い。恐らくその辺で遭難してるな……。
「なんでお前は付いて行かなかったんだ」
「だ、だって……おあつらえ向きの舞台があったし……ここで再会ってロマンチックだなぁって……」
そのおあつらえ向きの舞台で溺れそうになったんだけどな、お前は。
「あぁぁぁ、よく考えたら……一人で行かせたら不味かったんじゃ……」
「今更か。お前の警護対象、崖から落ちて……運が良ければ全身の骨が砕けた状態で生きてる。悪けりゃ死んでるな」
「なら大丈夫だ、あの人、運だけはいいからな」
「……運がいい……か」
そう思うと胸騒ぎがする。もし無事に村についていて……奴は何をする? 俺が不在だと知れば……
今、あの村には花嫁と、その婿が……
「……エル、戻るぞ。嫌な予感がする」
「え? ぅー、せっかく来たのに……」
「あぁ! 待って! 私も連れてって!」
悪いが定員オーバーだ。と乗って来た馬を呼び寄せる俺。
「んん? 黒い双角の馬……それ、バイコーンか? おほぉぉぉ、珍しぃぃぃぃ」
「バイコーン……って、御伽噺の生き物だろ」
「なんですか? バイコーンって」
ヨランダはエルへと、自慢げに御伽噺の生物の解説を。ダルウィン冒険記という、作者不明の物語に登場する幻の動物。
「ユニコーンは清楚な女性に惹かれるのに対し、バイコーンは……悪いドスグロイ心に惹かれるのさぁ……」
「ぁ、ヨランダさんに懐いてるみたいです」
「なんでっ!?」
なんでもクソも……今自分で言っただろ。まあ、こいつはバイコーンでは無いが。
「……ヨランダ、どうしても来たいならついてこい。ただし……俺の邪魔をするな。もし次俺の命を狙おうとしたら……もう二度と口を利かん」
「そ、そんな! わ、わかったよぅ……」
首を傾げるエル。なんだ今のやり取りは、と言いたげだ。
「よし、悪いなエル。また今度ゆっくり街で買い物しよう」
エルを抱っこしつつ馬に乗せ、自身も乗る。そのまま没収していた剣を、ヨランダへと投げ渡した。
「次は無いからな」
手綱を引き、再び山へと。今度は駆けあがる。岩から岩へ、どんな急斜面でも軽やかに。
エルは必至に下を見ないようにしていた。俺はそんなエルへと「上を見てみろ」と。そこには、ヨランダがまるで妖精か何かのように空中に浮遊する様が。キラキラと氷の結晶を漂わせながら。
「うわぁ……綺麗?」
「なんで疑問形なのかな!? 失礼な子だなぁ、君は」
そしてエルは気になっていた事が……と、俺に小声で
「あの……ヨランダさんとどんな関係だったんですか?」
「……元恋人だ。フったけどな」
※
村へと到着すると不自然なくらいに静かだった。嫌な予感が当たってしまったのか、そのまま馬を降りて村人を探すが誰も居ない。一体どうなっている。
「レイド! イリーナ!」
声を張り上げてみても、返事はない。一体……みんな何処に行ってしまったのか。
「ヨランダ! 上から村人を探せるか!」
「もうやってるよぉ……あの山の方に向かってる列が見えるぞ」
あの山? まさか、ガルク山か。
「一体何で……」
「確か、お爺ちゃんがあの山に祠があって……。そこで祀ってる神様に挨拶するって……」
「挨拶? 何の……」
「……結婚式をあげるっていう……でも前日にするって話でしたけど……まだイリーナさんとレイド兄の結婚式は……」
嫌な予感がする。まさかとは思うが……奴が……。
「アルフェルド! コアトルだ! なんでか知らんけど村人の後ろから付いていってる!」
コアトル?! 有翼の蛇の……魔物だ。
何故そんな奴が。
「ぁ、確か……祀ってる神様は蛇の神様だってお爺ちゃんが……」
「おいおいおい、まさか……奴が復活させたのか? 祠って、コアトルを封印した祭壇じゃ……。奴にそんな芸当が出来るのか?」
※
数時間前――
アルフェルドが殴った貴族、ベイハム・レンドは崖から滑落はしなかった物の、迷いに迷いまくっていた。遭難した事には違いないが、彼は持ち前の運の良さで、それを見つけてしまった。コアトルが封印されし祠を。
「なんだもん、これ。ええい! 村はどこじゃ!」
祭壇を蹴りあげるベイハム。供え物の酒や果物が散らばる。その時、奇跡的に封印を解く手順を満たしてしまった。蹴りあげた果物は欠け、そこに酒がかかる。さらに真上にある太陽が祭壇の鏡で日光を反射し、果物を照らした。
「……ん?」
手鏡程のそこから、先日アルフェルドが狩った大蛇より数倍大きな有翼の蛇が這い出てくる。真っ白な鱗に真っ白な翼。美しい姿の、目の無い大蛇。ベイハムは驚き尻もちをつく。そんな彼に、コアトルが近づき……
『我が封印を破りし者ヨ。望みを叶えよウ。汝の望み、我に授けヨ』
「んな……な……」
『さあ、望みヲ、望みヲ、望みヲ! 望みも無く我の封印を解いたのカ、痴れ者。その丸々とした体、食ってやろうか』
「ひっ! の、望み? え、えっと……ほら、あれ……お、おれは……奴に仕返したい!」
『……承知しタ。汝の望み、我が叶えてしんぜよウ』