第一話
この小説は騎士コンビと恋愛企画参加作品です。
王都から田舎の村に飛ばされた時は人生の終着駅だと思っていた。だがここはここで……まあ、のどかで平和な日々が続いて、中々に居心地がいい。
たまに多少、厄介な怪物が出る事もあるが。
「……またやりやがったな、お前」
その怪物、冒険者の間では危険度最高クラス……という大蛇の死骸を引きずってくると、村長がそう俺に言い放ってくる。胴体の太さは成人男性三人分はありそうな、巨大な蛇。その鱗は赤黒く、誰がどうみても凶悪な毒を持っていそうな。
「……まさか本当に狩りやがるとは。王都の騎士はみんなこうなのか?」
「……血の気が多いという意味でなら……そうでしょうね」
「ちげえ、みんな……お前みたいな怪物ぞろいなのか?」
「さあ、どうでしょう」
村長とそんな会話をしていると、ドスドスと足音が聞こえてきた。元々この村に駐在する体格のいい騎士、レイドだ。
「随分と……大物だな。アルフェルド」
「たまたま襲われただけですよ。放っておいても貴方が討伐したでしょうが……」
「謙遜はよせ、俺が敗走した化物だ。惨めになる」
睨みをきかせてくるレイド。俺は「申し訳ない」と謝罪の言葉を口にすると、そのまま去っていった。
村長はそんなレイドの後ろ姿を溜息まじりに見送りながら
「すまんな。幼馴染との挙式が近いもんで……いいところを見せたいんだろう。……あんたを一方的にライバル視しているようだ」
「構いませんよ。それより村長、この大蛇の処理ですが……お願いしてもよろしいですか? 確か教会から懸賞金が出ていたと思いますが」
「教会って……いいのか? 冒険者に手柄を譲る事になるぞ」
「元より、手柄云々で狩ったわけでもないので。少しでも村の足しにしてください」
冒険者へと仕事を依頼するのが教会。この村にも専属の冒険者が居る。彼らを通して懸賞金を受け取る事が出来れば、レイドとその幼馴染の挙式も少しは賑わうだろう。これで少しは機嫌を直してくれれば良いのだが。勿論、村長には懸賞金云々はレイドには伝わらない様、口止めを頼んだ。
※
暑苦しい鎧を脱げば、俺も村の住人と変わらない見た目に戻る。しかし剣だけは腰に差したまま、村の散策を。まだ日は高い。こんな時間から巡回が必要な程、この村は治安が悪いわけではないが、まあ暇つぶしだ。
「ぁ、アルフェルドさん。こんにちは」
礼儀正しい少年が話しかけてきた。村長の孫だ。その手には大事そうに酒が入った瓶を抱えている。
「エル、それどうしたんだい? 随分……年季の入った酒のようだが」
「お爺ちゃんがレイドさんとイリーナさんの挙式で飲むって……。あぁ、そういえばイリーナさんがアルフェルドさんを探してましたよ。今、ちょうどドレスの試着をしに、うちに来てます」
この村にドレスは一着しかない。それは村長の家に代々受け継がれている物。村の女性陣はそのドレスを維持しつつ、花嫁に合わせて寸法を直したりしている。
「イリーナが……そうか、分かった。ありがとう、エル」
フワフワの髪をわしわしと撫でまわす。少し不満そうに頬を膨らませる所も含めて可愛い少年だ。その頬をつつきたい衝動にも駆られるが、今は止めておこう。せっかくの酒を地面に落としてぶちまけたりしたら……先程の大蛇の懸賞金が酒代に回りそうだ。
※
村長の家はやけに解放的だった。玄関口は開け放たれ、しきりに村の女性達が出入りしている。しかし目の前の看板には「男子禁制!」との文字が。なら仕方ない、帰るか……。
「ぁ……騎士様!」
踵を返す俺を呼び止める村のご婦人。何やら重そうな木箱を抱えている。俺はその木箱を奪いつつ
「どうされました? ご婦人。この荷物は村長の家に? あぁ、男子禁制でしたっけ」
「あぁ、ありがとうございます、騎士様。男子禁制は村の男共だけですよ。騎士様なら誰も咎めたりしません。汗臭い泥まみれの男達とは比ぶべくも無いですもの」
何やら村の男達にタコ殴りにされそうな言葉だが……まあ、ありがたく褒め言葉として受け取っておこう。
そのまま家の中に入ると、慌ただしく女性陣が働いていた。挙式は近い、その準備だろう。そして奥の部屋は厳重に白い布で覆われていた。恐らくあそこでイリーナがドレスを試着している。
「あぁ、このあたりにお願いします、騎士様」
「畏まりました。ところで……エルから、イリーナが呼んでいると聞いているのですが」
「あら、そういう事でしたらどうぞどうぞ。今はドレスの試着も終わって、奥の方でお茶を飲んでると思いますので」
そう言われ、奥へと案内される。白い布の中へと入ると、言われた通りイリーナは窓の外を眺めながらハーブティーを嗜んでいた。ほのかに甘い香りが部屋の中に。俺を案内したご婦人は、そのまま何処かに行ってしまう。仮にも花嫁と二人きりにされるのは……レイドにまたどやされそうだ。
「呼んだか? イリーナ」
声を掛けると、イリーナはこちらを振りむきつつ、お茶を置き……何やら微妙な表情で俺を見つめてきた。赤毛の肩にかかる髪が、風に揺れる。
「どうした、緊張しているのか? 花嫁がそんな顔を浮かべていたら、みんな祝うに祝えないだろうに」
「……別に……」
……?
いつもはもっと笑顔を見せてくれる娘だが……やはり緊張しているのだろうか。そのまま再び窓の外を眺めるイリーナ。何を見ているのかと思えば、そこには先程俺が狩って来た大蛇が横たわっていた。
俺は足早に窓へと近づき、カーテンを引く。
「花嫁に見せる物じゃないだろうに……」
「あれ、貴方が狩って来たんでしょう? レイドが不機嫌そうに、いつもの仏頂面浮かべてたわ」
「……イリーナ、要件を言え、そのレイドに俺がボコボコにされる前にな」
「……私を連れて逃げて」
……何だって?
「……イリーナ」
「冗談よ。でも……考えた事無い? もし……貴方がここの産まれで、もっと早く知り合えてたら……」
聞かなかった事にしよう。そのまま部屋を出て行こうとする俺の背中へと、イリーナはさらに
「ごめんね。変な事言って。……私、最悪な女ね……」
レイドが俺に対して風当りが強い理由はこれか。奴は……イリーナの気持ちに気付いているという事か。
だが俺に……どうしろと言うのだ。
「イリーナ、結婚おめでとう。レイドは、お前を幸せに出来る唯一の男だ」
そのまま俺は部屋を出た。微かに……イリーナが鼻を啜る音が聞こえてくる。
※
数日後、挙式の前夜祭として真夜中に宴会が開かれた。と言っても、男達が酒場で勝手に始めただけだが。この光景を村長の家で働いていた女性陣が見たら怒り狂うだろう。自分達だけで何を盛り上がっている、昼間から働いていたのは私達だぞ、と。
しかしまあ、この場で酒を飲んでいる俺も同罪か。
「この村一番の騎士が! この村で一番の娘と結婚する! これ以上に幸せな事があるか! レイドに乾杯!」
乾杯の音頭に合わせてジョッキを掲げる男達。無論俺も、ジョッキを掲げながら酒を煽った。しかしその中で……空気を読まず盛り上がっていない男が一人。レイド本人だ。
「どうしたレイドぉ! 緊張してんのかぁ? もっと喜べよぉ、あんな美人が花嫁なんだぞぉ、この果報者ぉ!」
村の男がレイドの肩を抱いて盛り上げようとするが、彼本人はビクともしない。チビチビと静かに酒を飲み続けている。
そんなレイドを見て、俺の隣で酒を煽っていた男は思い出したように
「あー、でもイリーナちゃんも……緊張してんのかなぁ、なんか今日、元気なさそうにしてたなぁ……」
その言葉に初めてレイドが反応した。勢いよくジョッキを机に叩きつけたかと思えば、俺を睨みつけてくる。そのまま「出ろ」とだけ言って自分だけ酒場から出ていく。
「……え、何、レイド。こわ……騎士様なにしたん」
「……ちょっと行ってくる。気にせず続けててくれ」
酒場から外へと。レイドは先程の気迫は何処にいったのか、木箱の上に座り込み月を眺めていた。
俺は紙煙草を咥えて酒場のランプで火を付けながら、レイドの隣へと。
「吸うか?」
「……あぁ」
一本渡し、そのまま自分の煙草の火で付けてやる。するとレイドはバツが悪そうに大きく煙を吐いた。
「……アルフェルド、お前、気付いてるんだろう」
「……あぁ。あの酒、薄めてあるな。量が足りないからって水入れすぎ……」
「違う、イリーナの事だ」
「……少しは冗談に付き合え。何をそんなに思い詰めてるんだ」
思い詰めたくもなる、とレイドは再び大きく煙草を吸い、煙を月に向かって吐くように。
「イリーナはお前の事が……好きなんだ。見てれば分かる」
「そんなわけあるか。俺と彼女が目を合わせたのは、ほんの一年前だ。お前の方が付き合いは長いだろ」
「……俺は不愛想でつまらん男だ。見た目も悪い。俺はお前が羨ましい。女みたいな綺麗な顔をしているくせに、騎士としても優秀だ。お前に勝てる要素が……俺には無い」
何を言い出すのかと思えば……。
「それは彼女を侮辱する発言だぞ。イリーナは見た目で男を選ぶような女なのか? 確かに、俺はお前よりも顔がいい」
「おい」
「だがそれがどうした。顔がいい男なんていくらでも居る。王都に行ってみろ、それこそ……」
「……今日、イリーナに言われた。挙式を取りやめれないかってな」
……なんだと。
このレイドを前にして、良くそんな事が言えたな。度胸が人一倍あるとは思っていたが……
「取りやめるのか?」
「彼女が望むなら……そうする。でもな……俺は……彼女が好きだ」
「それを俺に言ってどうする。本人に言ったのか?」
首を振るレイド。こいつ……ぶん殴ってやろうか。
「レイド……これは俺の持論だが……。相手の幸せを望んで身を引く奴は死んだ方がいい」
「俺に死ねと?」
「違う。責任を丸投げするなと言ってるんだ。そりゃ、お前がイリーナに究極に嫌われてて、泣きながら俺に助けを求めてくるなら……俺は容赦なくお前を斬ってやる。でもそうじゃないだろ。お前は一度でも……イリーナに言ったのか? 俺はお前の事を愛してるって」
黙るレイド。こいつは無責任だ。自分の気持ちを一言も口にせず、ただイリーナの気持ちばかりを優先させて、あげくにポッと出の男に全てを委ねようとしている。
「イリーナは不安なんだよ。お前に……どう思われているのか。むしろ、嫌われているんじゃないかってな。だったら、顔も性格も良い王都の騎士に恋をした方が得なんじゃないかって思っただけだ」
「……イリーナはそんな奴じゃない……。そんな打算的に……相手を選ぶような……」
「だろう? だからお前は……」
「あいつは! お前の事が好きなんだ! 俺がどれだけ想っていようと、お前しか見て無いんだ! お前に何が分かる! 俺はずっと、ガキの頃からあいつの事しか見て無いんだ!」
……酒場の影に白い影が見えた。
「だから、だから分かるんだ、イリーナはお前の事しか……俺は眼中に無い。これがどれほど惨めで悔しいか、お前に分かるか! 俺はみっともない奴だ……気の利いた事も言えない、体だけでかい臆病な騎士なんだ……イリーナに好かれる自信が……ない」
「勘違いも甚だしいな。俺が王都から派遣されるまで、この村を守ってきたのは誰だ。俺がこの村に来たのはただの口減らしだ。本来なら、この村に王都の騎士が出向く必要は無かった」
貴族のアホ息子を勢いでぶん殴った事が、ド田舎の村へと派遣される引き金になったとは言えない。
「イリーナに好かれる自信が無い……? そんな物、犬にでも食わせろ。必要なのはイリーナを幸せにする自信だ。もしそれすら持ち合わせないなら……俺が斬ってやる」
木箱から降り、腰の剣へと手をかけた。レイドもフラフラと立ち上がり
「自信は……あるさ。でも……あいつはお前の事が好きなんだ。頼む……アルフェルド、イリーナを……幸せにしてやってくれ!」
「断る。俺は人妻にしか興味ない」
フラフラのレイドは拳を握り締め、そのまま俺に殴りかかってくる……が、そこまで飲んでいたのか? と思ってしまう程、自分の足につまづいて転んでしまった。俺はレイドの腕を掴んで立たせ、肩を貸しながら再び酒場へと。
酒場の影に隠れていた白い影は、どこかに行ってしまっていた。