表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/20

第9話 "奴隷少女の天使"

「おや? ナオじゃないか」

 奴隷商館の門前、王都に初めてついた日に取り調べを受け持ってくれた衛兵のおじさんがちょうど出てくるところだった。

「先日はありがとうございました。宿も綺麗で助かっています」

「おう、それは良かった。今ちょうどあの事件の事を伝えてきたところだ。ちょうどいい」

 そこで見送りに来ていた奴隷商の紳士に向き直り、

「たびたび時間を取らせて申し訳ないが、彼への説明もさせてもらってもいいか?」

「はい、もちろんでございます。ナオ様、よろしければこちらへどうぞ」


 前回と似た、奥にやはり空間と2つの扉がある、だが調度品が異なる応接室に通される3人。

 以前は人形の振りをしてもらっていた紗雪が、空を飛んでついてきていても、2人とも何も言わない。


「さて、ミシェルさんには繰り返しもあって悪いが、説明するな。と、その前に自己紹介がまだだったな。俺は王都第6衛兵隊、隊長のロシュ、つうんだ。まあ、平時の門番といろいろ雑用をさせられている一番下っ端の部隊だな。はは!」

「ご存じとは思いますが、ナオです。こちらは紗雪」

「おう、ゴーレムか、妖精か? 今日はずいぶん元気そうだな」

「初めまして。ご挨拶が遅れましたが、紗雪と申します」

「そうですね、錬金生命になります」

 冒険者ギルドの登録と同じ、広い意味での紹介にとどめておいた。どうやら今後もこれで通せそうだ。

 メイドの女性に出された紅茶を飲みながら、聞いた話はこのようなものだった。


 ・現場はナオの証言通りの状態だった

 ・武装した死体や遺留品に所属を特定する特徴がみられず、かといって傭兵というには装備が統一されすぎていた

 ・争った相手の死骸は発見されず、痕跡も残っていなかった

 ・宝石など換金価値のある資産は残されていたが、身元不明のため王国が接収。既定の割合がナオに報酬として渡されることが確定した

 ・これには事件の口外を禁じる口止め料が含まれるため注意

 ・質問したところ、盗賊に襲われた場合や、盗賊からの戦利品についても処置は同様になるそうだ。届け出ずに懐に収めることも可能だが、発覚した場合は罪に問われる場合があるため、今回のように届け出は必ずするよう注意される


 つまり遺族を探したり、返却期間を設けたりといったことはされずに闇の中なのかな? と、このあたりは現代の感覚でいてはいけないと心のメモに注意書きする。


「でな、こういう場合の報酬は盗賊等の討伐の場合6割。発見報告の場合は第1報告者に2割が基準だ」


 国の取り分には後から申し出てくる遺族や被害者への補償金、現場の後始末に奔走する警備隊等の費用、その他諸々の雑事への対応が含まれるそうだ。なるほど、リスクよりもリターンが大きく見えるよう可能な限り配慮されているわけだ。

 なお、今回の奴隷もそうだが、物品で欲しいものがある場合、評価額算定の上で報酬金から天引き又は買取が可能との事。その場合、本来の持ち主が後から買戻しを希望した場合、国仲介の元ではあるが、対応することが求められる。ただ、拾得の事実が事細かに公表されるわけではないので、どの程度運用されているかはやはり謎だ。


「ここからはわたくしが」

 奴隷商の紳士が話を引き継いでくれる。


「ティアナレアの資産価値の評価が問題でございまして、宝石や希少金属等、かなりの資産が馬車の収納箱等に残されていたとの事。本来ナオ様の報酬額は6000万ゴールドにも昇ります。そのままお受け取りいただく事も可能ですが、奴隷の少女ティアナレアの買取をされるとなりますと、彼女の買取評価額分が減額となります」

「なるほど、彼女も資産の一部に計上されるわけですね」

「はい、奴隷は物品として扱われます故。彼女が希少な天翼種である事、見目麗しく若い事、主人を得た経験がなく初物である事、戦闘技術を習得済みである事等もあり評価額が3000万。ただし、感情の発露が病的に薄く、また、服の上からでは見えませんが、衣服で隠しうるそこかしこに、癒しきれていないかなりの重い傷が多数残っています。このため減額査定した上での金額となっております。減額が無ければ5000万の買取評価額となったでしょう。もちろんこれは当方のような公認奴隷商の買取価格でございますれば、お求めの際の価格は軽く10倍は確実です。傷も、高額な喜捨を行えば治療可能な範囲ではあります。実際に彼女の場合、十分に各種多様な教育、さらなる戦闘技術の修練の後にオークション出品となりますため、さらに高額となることが確実です」

 彼女の市場価値が法外すぎて、驚きを通り越して呆れてしまうのだが。


「なお、当館で鑑定いたしました現時点の彼女のスキルはこちらとなっております。装備をしっかりと揃えられれば、一般的なD級冒険者の活動は、十分にこなせますでしょう」

 書き出されたスキルを見ると


 Lv.5 / 能力水準:17

【盾術Lv2】, 【剣術:片手剣特化 Lv3】, 【矛槍術(ハルバード) Lv2】, 【飛行Lv2】


「さらに大変申し上げづらいのですが、税金、取引手数料などが先日お話ししたように上乗せとなります。これが累進でかかり、2000万ゴールドとなります……。加えて奴隷登録手数料が200万。つまり、彼女を購入された場合、手取りは800万ゴールドのみとなります。いづれかお選びいただけますがいかがいたしましょう」

 つまり減額が無ければ、彼女を購入することは叶わなかったという事でもあるわけか。

「丁寧にありがとうございます。不足を心配していたので正直安堵しました。是非彼女を引き取らせてください」

「承知いたしました。すぐにお連れいたします」

 机の隅に置かれていた鈴を手に取ると、チリン、と一度鳴らす。


「それも魔道具なのかしら」

「はい。屋敷に設置しております、対となる別の鐘と連動するようになっておりまして。控えに居りますものに合図を送ることが可能となっております」

 紗雪の問いにも俺に対するものと変わらず、丁寧に答えてくれている。

「細かな指示はできませんが、あらかじめ用向きがわかっていれば合図としては十分機能いたします。貴族様のお屋敷などでは、使用人を呼び出すために使われることが多くございます」

「なるほどね。ありがとう」

 待つ間の会話が過ぎると、左奥の扉がノックと共に開かれる。

 3人のメイド姿の女性に連れられ、部屋の奥の空間にやってきたのは、枷は嵌めたままだが、馬車から救出した時の貫頭衣と似ていながらも、質感が異なる、見るからに上質なものに着替えたティアナレアであった。

 プラチナブロンドの髪は相変わらずつやつやと輝きを放ち、表情に乏しいながらも、それがまた美貌を一層彩る冷ややかさとなって、ぞくりとする魅力を放っている。

 安心させるように微笑みかけるが、確かにこちらを金色の瞳で見つめているものの、表情の動きは見られなかった。


「では、ここからはお引渡しとなります。ロシュ様はいかがなされますか?」

「そうだな、俺の用事はもう終わったし、これで失礼するわ。しかし、本当に美人さんだなぁ」

 眼福眼福と、陰の無い、快活な笑みを浮かべると退席する警備隊長。


「規則でございますため、瑕疵の確認を願います」

 言うと、メイドたちに指示し、貫頭衣を脱がせようとする。

「待ってください。せめてその、差しさわりの無い範囲に抑えていただけないだでしょうか。確認はきちんと行ったとして、後から問題は起こさない旨を一筆したためてもいい」

「……承知いたしました」

 そのやり取りの間も、ただ金色の瞳を呆っとまっすぐにこちらを見るとはなしに、見ているだけの少女。

 メイドさん達は動きを改め、脚の内側、お腹を軽く見せるにとどめてくれた。が、そこにあったのは余りに凄惨な過去を彷彿とさせる光景であった。

 一通り癒されはしたのだろうが、それでも消えきらない引き攣れたれた(ひきつれた)醜い傷跡。焼き鏝を押し付けられたような、明らかに肉まで至っている、下手をすれば内蔵も傷つけられていたであろう、火傷の跡。


「確認しました。問題ありません」

「では、まず枷の解放を行います」

 奴隷商の紳士ミシェルさんがそっと、肌に触れぬよう枷に手のひらを添え少し集中すると、ガチャリと重々しい音を立てて手枷が上下半分に割れた。傍に控えていたメイドの女性が、それぞれ上下のパーツを取り除く。

 順に足、首と処理がなされ、ようやく彼女の身を戒める金属の塊が取り除かれた。


「続いて奴隷紋への所有者登録、権利書他書面への署名となります。奴隷紋登録の際に奴隷本人へ、制約事項等の刻み込みが可能です。一般的には”主人の命令への服従”、”主人を害する又は不利益をもたらす意志の実行禁止”、”故意による自害/自損の禁止”。の3条項を刻みます。ただし、奴隷はすべからく解除不能条項として、”自身の生命の危機において制約、命令は無効”が刻まれます。加えて現在は商品の状態ですので、”自由意志の発露の抑制”がかけられています。いかがいたしましょう」

「解放という事はできないのでしょうか?」

「残念ながら、奴隷の最終所有権は登録の成された国家にあります。そのため奴隷解放には国からの権利買戻しが必要となり、その価格は想定販売価格と同等となります。彼女の場合、現時点でも最低3億ゴールド。瑕疵の減額の考慮も外される可能性が高く、実際は最低5億ゴールド以上。さらには国が介在しますので、彼女のような希少な例ですと正直……。今後スキルや教養を身に着けて行けば、ますますその価値は上がってしまいます」

 一部言葉は濁されたが、要するにこれだけ希少な存在だと、解放は国に阻止されると考えた方が良さそうだ。

 むしろ今後、何か理由を付けて連れ去られる、などの措置がなされないかに警戒すべきか。


「では制約は無しで、全て取り払ってください。私を仲間と認識してくれるなら、それだけで十分です」

「よろしいので?」

「はい」

「承知しました。では、合図しましたら首の奴隷紋に血液をたらし、魔力をそそいでください」


 紗雪がそっと見つめる中、儀式が進む。

 奴隷商が何か魔法を使うと、ティアナレアの首元の黒かった紋様が赤く光りだす。

 メイドさんが恭しく(うやうやしく)差し出した、針の飛び出した器具で左中指の先を刺し、彼女の白く細い首元、頸動脈のあたりにそっと触れる。

 血が付着し、冒険者カードにしたように魔力を注ぐと、赤から紫へ紋様の輝きが変わり、ひと際強く輝くと、元の黒に戻った。


「以上で主人の登録は終了となります」

 奴隷商の言葉が耳に届く。

 が、それ以上に目を奪われるのは目の前の、プラチナブロンドの輝きを戴いた少女の姿だった。

 光が治まるとともに、氷のような血の気の薄い顔に朱がさし、唇が綻ぶように瑞々しい艶をたたえる。

 背からはふわりと、ほんのり桜色に色づいた翼が広がる。その色は女神様の髪の色を彷彿とさせるものであった。

 これを予期していたのか、貫頭衣の背は大きく開かれていたようで幸い、服がめくれ上がるようなことはなく。

 柔らかな翼がナオを包みこむように背に周り、周囲の視線を遮る。


「主様、この身を貴方様に捧げられる幸福に感謝いたします」

 声は依然として平坦、表情も全く動いていない。

 だが、白魚のような繊細な手がそっと胸元に触れる。

 細く割り開かれた口から小さな赤い舌が、ちろりと覗き、唇を湿らす。

 今にも口づけを……


「待って、ティアナレアさん。それ以上は」

 あまりに神々しいまでの美しさと、妖艶な艶の入り混じる姿に惹きこまれ、飛びかけていた意識が急激に引き戻される。

 慌てて彼女に声をかけ、肩にそっと手を当て、押し戻す。


「この身に至らぬことがございましたでしょうか」

「いや。知り合ってすぐだしそういうことはほら、ね?」

「失礼いたしました。では後ほど改めて」

 意味を取り違えられた気がするが……相変わらず美しくも無表情な彼女に、いまいち意図を測りかねる。

 気になり紗雪の方に視線を送ると、俯くように視線を背けてしまっていた。

 垂れ下がった灰銀色の髪の毛が、彼女の表情を覆い隠してしまい、見えない。


もし少しでも、"面白い" "続きが気になる" あるいは "ドールいいよね!!" と、思っていただけましたら、『ブックマーク登録』をお願いいたします。


また、下に☆が5つ並んでおりますが、これをタップいただけると『評価ポイント』が本作に入ります。

ご評価いただけますと、作者の続きを書く励みになります。


よろしければ、ご評価の程いただけますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ