第8話 "宝の山はここにあったか"
冒険者ギルド受付嬢メルさんとの会話中、突然後ろからかけられた野太い声に振り向くと、ずんぐりむっくりとして小柄、髭もじゃな男性がこちらを見上げていた。
「ギムン親方~、わざわざこちらまで、どうされましたです?」
「有望な低ランク冒険者がいると聞いてな。せっかくじゃし、ちと基本を教えてやろうかと」
これは新人冒険者への先輩からの歪んだ愛の教育的指導、という絡まれる展開なのだろうか?
「ナオさん、こちら冒険者組合解体所責任者のギムンさんです。親方とも呼ばれているです。買い取った素材の解体、仕分け、流通を統括されているのですよ」
なるほど職員、それもお偉いさんだったようだ。
「初めまして。ナオと申します」
「おう、しっかり挨拶もできるようで何よりだ。これから獲物を持ってきてくれるんだろう? せっかくだから解体現場を見ておけ。買取査定の下がりにくいコツを指導してやる」
確かに。後工程を知ることは大切だ。
自分の後工程はお客様。その精神を忘れて横暴に仕事を投げる奴のいかに多かった事か。
いかん、また前世の闇にのまれる。
「ぜひお願いします」
ニヤリと、なんとも良い笑みで伸びあがって背中をたたいてくるギムンさん。
後で聞いたところによると、やはり後の解体を考えず無駄に損壊した獲物を持ち込んでは文句を言い、挙句説明も聞こうともしない冒険者はやはり多いのだとか。命がかかっている以上、ある程度仕方がないとは思うが、難しいところだろう。なお彼はハイドワーフ。ファンタジーの感覚通り、小柄、酒飲み、力と器用さが特徴の種族ドワーフ、その中でも長命な種だという。
冒険者ギルドに併設された巨大な建物、その中が丸ごと保管庫と解体作業場だった。
たくさんの職員が所狭しと作業する。様々な体格、種族の男女。
個別ブースの中はいずれも魔道具なのだろう、流水で洗い流すノズルのような器具、汚液を吸引する装置、光を発するレーザーカッターのようなもの。さまざまな器具が用意され、効率化されている。
さらにそれも収納鞄/箱なのだろうか、処理した素材を入れる容器が置かれ、明らかに容器よりも多い品が呑み込まれていっている。
ファンタジー小説で読んできた、ナイフと熟練の技で解体というのとはずいぶん違う、先鋭的な作業光景に呆然とする。
倉庫では個別ブースに運ぶ前の大柄な獲物の腑分けをしていた。
こちらはまだイメージに近いが、それでも、魔道具を用いてかなり効率化が図られていることがわかる。
なるほど、これは現地で冒険者が手作業で解体するのを嫌がるわけだと納得した。
低級冒険者では普及度合いに疑問は残ったが、収納鞄の存在もあってこその発展なのだろう。
高価な素材を持ち込むであろう高位冒険者ならば、収納鞄も当たり前となればなおさらだ。
感心して見つめる俺と紗雪に、嬉しそうに説明してくれるギムンさんが印象的だった。
使える素材は獲物によって違うため、一概にはやはり言えなかったが、防具に使うような毛皮はできれば、背側の大きな面積はきれいなまま残ると減額されにくいとか、脳はたいてい使えないので眼球が貴重なモンスター以外だと、あの初めての魔猪の倒し方はよかったとか、できるだけのアドバイスをくれた。
実際今回持ち込んだ獲物も上下で6割もの買取価格差が生まれていたと知った。
魔法の練習で紗雪と二人、光の矢を化かすか打ち込んで皮も肉も焼き焦がしたのが最低額だ。まあ、あれは仕方があるまい。実際、魔法訓練の的にでもしたかい? と、ギムンさんも半笑いだった。
「親方さん、冒険者さんの、案内?」
そろそろ見学も終わりに差し掛かり、練習室を見て帰ろうとなった時、ちょうど向かう先から小さな女の子が駆け寄ってきた。
すらりとした細身の体系、笹穂型の長い特徴的な耳、ストレートの淡い緑色をしたロングヘア―。まさにエルフを思い浮かべる特徴。ただ、背丈はギムンさん程度の130㎝と、前世であれば小中学生程度だろうか。
「おう、練習室を見せたらもう終わりだけどな。ナオ、こいつはエリュシア、内で預かっている子でな。ハイエルフとヒューマンのハーフだ。年はもう40歳過ぎてんだが、背が伸びないんだわ。ま、別嬪さんなところは奥方そっくりだがな!」
なんと、こう見えて年上でいらしたそうだ。
「エリュシアさん、初めまして。昨日冒険者になりましたナオと申します。ギムンさんに解体所の案内や討伐のポイントを教えていただいておりました」
「私は紗雪よ、よろしくね」
「エリュだよ! よろしくね、ナオおにぃちゃん、紗雪おねぇちゃん」
年上……なんだよな? ものすごく舌足らずに可愛らしくご挨拶されてしまった。
ぴょこんと腰を曲げてお辞儀をした時に、揺れた髪と耳が可愛い。
「どうも子供っぽいところが抜けなくてなぁ。ま、それも可愛いってもんだ! 実際ハーフとは言えハイエルフの寿命から見たらまだまだ子供みたいなもんだ。せっかくだ、エリュシア、練習所を見せてやんな」
「あい! こっちだよ」
とことこと小走りに連れていかれた扉の先では、解体器具の使い方の講座や、腑分けで出た利用価値のない廃棄予定の素材で練習が行われていた。
少し舌足らずに一生懸命説明してくれるエリュシアさん(ちゃん?) に紗雪と二人和んでいると、併設されたこれまたかなり大きな倉庫、廃棄前の不用品格納庫が紗雪の目に留まった。
すっと耳元により、囁きかける紗雪。耳にあたる微かな吐息がちょっとこそばゆい。
「オーナー、オーナー、ここすごいのだわ。どの素材もナオが人形装備に仕立ててくれたら使えそうよ」
ほほう。内心の興奮を抑え、エリュシアさんとギムンさんに問いかける。
「ここにある素材はすべて廃棄されてしまうのですか?」
「うん。ダメにしていいから練習には使うけれど、ほとんどポイポイしちゃう~」
「そうだな。装備を作る場合一定以上の質と量が無いと、魔力の循環が阻害されて素材の持つ特性が引き出しきれない。だから、端材や損傷がひどくて塊でとれないようなものは廃棄するしかないんだ」
「実は私も生産系のスキルを持っておりまして。その練習にこちらの素材を、購入させていただく事はできないでしょうか」
「ああ、なるほどな。弟子の修行用に工房なんかがここに素材を取りに来ることはあるからよ、別にいいぜ。好きなものを持っていきな。なんだ、あんちゃん生産ができるなら、冒険者なんて危ない仕事はしないで、王都の中で工房にでも入ればいいのによ。ちょいと待ってな、工房連中にやってる端材倉庫の通行証持ってきてやる」
早速”神眼”を宿した藍緑色の瞳に真剣な光を宿して倉庫の中を見て回っている紗雪を横目に、ギムンさんが部屋から出ていく。
前世では、人形用の服や家具、特に1/3サイズの物は代用もむつかしく(1/6や、特に1/12はドールハウス趣味がもともと中世王侯貴族から脈々と、世界に広く浸透しているので充実しやすいのだが……)、難儀したものだ。まさかここにきてサイズの違いが優位に働くとは!
“お人形遊び”のスキルさまさまだ♪
狩猟小屋で人形サイズの装備制作をするうちに気が付いたのだが、どうもこのスキルのお陰で、俺が作る人形装備は素材そのものの強度や性質ではなく、素材に宿った概念とでも呼ぶべきものの残滓を抽出して、”スキル”として発現しているようなのだ。人間用装備とはどうも、根本から異なる原理を働かせてくれているらしい。
「もっともらって、いいの~。ナオおにぃちゃん、えんりょしすぎだよ~、めっ!」
遠慮がちに紗雪が指定した素材をちょっとづついただいていたのだが、エリュシアさんがごっそりと渡してきてしまう。
「どうせ捨てちゃうから、もったいないの!」
という事らしい。有難くいただくことにしてしまう。
あっという間にそこそこ大きいはずの”収納スキル”が満杯になり、脳裏に思い浮かべられる素材も多種多様そろっていた。
「すごい、すごい! このお衣装、ナオおにぃちゃんが作ったんだ」
「ええ、そうなのよ。ナオはすごいの! ふふふ」
ヴァルキリー風ドレスをしきりに見つめて、はしゃぐ彼女。年頃の娘さんとお人形といった風情で実に絵になる。
紗雪もお気に入りと思ってくれている、俺お手製のドレスをほめられて、ご満悦の様子だ。
微笑ましくその様子を眺めていると、戻ってきたギムンさんから冒険者カードと同じ、手のひら大のカードを渡され、ここに来るときは裏手の扉横の水晶にかざすよう説明を受ける。
2人に礼を言い、解体所見学を終えるのであった。
「うふふ、オーナーの生産スキル練習もはかどるし、これでできる装備のスキルも楽しみね♪」
「うん、どんなドレスに仕立てるか今から考えなくちゃ」
思わぬ宝の山にご満悦な紗雪とナオであった。
「一応2日目の夕方か。やっぱり気になるから、奴隷商の所に様子を聞きに行ってもいいかな?」
「ティアナレアね、もちろんよ。いつまでも奴隷商の館の中だなんて、可哀想だものね」
進展があれば教えてくれるという約束もあり、お邪魔するのもとは思ったが、さすがに奴隷という立場への扱いの不安もあり、荷物を宿に置いた後、様子うかがいに行くことを決める。
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