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第4話 "奴隷少女と一時の別れ" ★(地図)

「ふっふっ……ふぅふぅ……」


 青息吐息になりながらやっと街が見えてきた。

 浮遊を使い続けたために、MP枯渇を3回。

 2時間程度づつ休憩すると満タンになったが、それでも城郭都市の門が見えてきたのは夕方だった。


 そう、片田舎の街か村くらいに思いこんでいたら、実はこの国の首都、王都だったらしい。

 中央の白の尖塔が遠くから望める、立派な城壁がそびえる大きな中世風都市の姿があった。


「もう、そろそろ……つく、から……ね」

「オーナー、大丈夫? 浮遊かけるの変わるわよって言ったのに、頑固なんだから」

「MP枯渇は、かなり……きついし、紗雪に……そんなこと、させられないさ。」


 そうなのだ。残量3割を切ると寒気がしだし、1割を切ると激しい頭痛に襲われる。だが、前世で無理無茶には慣れている。それでもきついものはきついのだが。そんな自分の痛みなど容易く吹き飛ぶほどに、紗雪が頭痛に苦しむ姿の記憶がつらい。2度とそんな思いを彼女にさせまいと心に誓う。


 重い金属の枷で戒められているといっても、いやむしろだからこそのアンバランスな背徳的な美しさが、腕の中から襲い掛かってくるのもまた、別の意味で辛かった。

 なにせ前世のイラストやアニメの中でしか見たことが無いような美少女が現実の人として現れたのだ。

 それも細身な上に綺麗なストレートロングで、髪フェチの気も(けも)ある俺の好みドストライク。

 ゲームの看板ヒロインとしていたら、間違いなくこの子を目当てに、店舗購入特典も集める勢いで買ってしまう。


 荒れた森の地面のせいで揺れて不安定だったからか、無意識になのだろう、時々体をすり寄せるようにする彼女。

 奴隷生活だったはずなのに、そのたびに爽やかな甘い香りが漂う。

 紗雪がしてくれる、好きそうなことを想って、気持ちを察してのいろいろとはまた違う。無表情な中でのふとした拍子(ひょうし)の仕草にドキリとする。

 そんな美少女を半日近くお姫様抱っこで連れてきたのだ。心の中で煩悩退散と念仏のように唱えながら、表情一つ変えずにここまで来られた自分をほめてやりたい。

「オーナー、襲いたくなったら、私はいつでもいいから……ね?」

 隠せてた……よな?

 それにほら、紗雪とはサイズが3倍違うわけで、”ソウイウコト”を”イタス”事はできないのだ。そう。せいぜいが、おいたをするくらいしか、物理的に不可能なのだ。狩猟小屋でのイチャイチャだってちゃんと節度をもって、こほん、いかん、思考を戻さねば。



 側面部に広がる城壁外街区を横目に、街道から続く、巨大な傾斜した城壁の正門へ向かう。

 ここからでは正面側しか見えないが、おそらく、川の流れる平野部に作られた多角形のようだ。王都の中心部は軽く丘になっているだろうか?

 街道から少し離れたところに森へと続く川と、王都の中を流れる支流らしき水の流れも見える。

 都市に入る列に並ぶこと30分ほど。

「入門許可証か身分証を提示してくれ。それと、その子はどうした?」

 年若い兵士に言われるが、許可証の類など、生憎持っていない。

「申し訳ありません、持っておらず。この子は道中、襲われたらしい馬車の中から助け出しました。他の皆様はすでに亡くなられた後で……」

「む、詳しく聞きたいのですまないが、こっちに来てれ」

 彼が案内しようとしたところで、

「おう、お前さんはそのまま入門手続きをやってな、事情聴取は俺がやってやるからよ」

「隊長、ありがとうございます!」


 出てきた隊長さん、いかつい親父といった感じの壮年の兵士に連れられ、城壁内の守衛詰め所の中で事情聴取とあいなった。

 初めに犯罪歴の確認と言われ水晶に手をかざし、問題が無いと確認。

 罪を犯すと、各人固有の魔力パターンとセットで犯罪歴が記録され、国をまたいで情報共有されているそうだ。

 前世の社会人経験に則り、矛盾の内容、突っ込みどころを排除して、事前に頭の中にまとめておいた通りに淡々と説明する。

 もっと厳しい対応をされるかと不安だったが、初めのチェックのお陰もあってか特に疑われた様子もなく、粛々と状況の説明が進む。

 その間、彼が時折、やたらじっと俺や紗雪を凝視するのが印象的だった。


「了解した。まあ、君の能力で大勢を殺すなんて無理だろうからな。盗賊ができるようなタマにも見えねぇし。ていうかなんだそのスキル、”お人形遊び“って……どんな生活していればそうなっちまうんだ。さすがに目を疑ったぞ?」

 水晶に手をかざした時に犯罪歴だけではなく能力も見られていたようだ。まあ、Lv1の今、地球一般人並みらしいから疑われる可能性は低かったか。


 初め紗雪に水晶を見てもらうことも考えたが、生きた人形の扱いがわからなかったので、まだ普通の人形に見えるよう演技中だ。列が見えてきた頃から、連れてきた奴隷の少女の胸元に抱きかかえられるように横たわってもらっていたのだ。

 喋ることを禁じられているのかあれ以来、名前を聞いても、奴隷らしい少女は応えてはくれなかった。

 少女を椅子に座らせるのに合わせて、紗雪には今は机の上にちょこんと座ってもらっている。前世でそうしていたように、ポージングを俺がしたのだが、今は明確な意識があると知っているので、人前で彼女の身体を動かす行為にいつになくドキドキした。


「お恥ずかしい限りです。それで、彼女の扱い含めこの後はどのようにすればよろしいでしょうか」

「それなんだがな、主が死亡した奴隷は契約書に記載の処遇に則って扱われる。その内容は奴隷商にしか見ることができない。彼女自身が君を主に指定したとは聞いたが、規則でな。警備隊や騎士隊が伝手のある公認奴隷商があるから紹介状を書いておく。そこに連れて行ってくれ。いずれにせよ今聞いた現場の状況を確認しに行くので、1,2日は待ってもらうことになるな」

「承知しました。調査の結果はどのように伺えばよいでしょうか? 後日改めてこちらに来るのがよろしいでしょうか」

「ははは、そこまでしなくていいさ。結果はその奴隷商と連携するから、そっちで聞いてくれればいい。問題があった場合は、おっちゃんがお前さんを捕まえに行く事になるかもしれんがな!」

 ふははと、冗談にもならない事を言いながら笑う彼。

 気のいい親父さんなのは間違いないようで、息子夫婦が営んでいるという宿”白猫亭”をお勧めされ、奴隷商への紹介状と場所を書いた簡単な手書き地図を渡された。

 許可証無しでの通行税1000ゴールドを支払い、無事解放。



 改めて奴隷の少女に浮遊をかけ、お姫様抱っこすると奴隷商の元へ向かった。

 そこそこの荷物も背負った非力な一般人が抱き上げるのは違和感があるか? と不安にもなったが、重い枷がはめられ自力で歩けない少女。他にどうしようもない。


 門を抜けると、8車線道路程もの道幅がある、石畳が敷かれた中央道に出る。両側には路上露天も出ており、大層な賑わいだ。

 道の先には噴水広場があり、さらにその先にはもう1つの城壁に隔てられ、富裕層や貴族の住まいを中心とした中央区と城の姿が、開かれた巨大な門越しに見える。

 区画整備もなされた綺麗な街並み。馬車がゴトゴトと道の中央寄りを通り、露天と馬車の間を人が歩く。

 道行く人の服装は縫製がしっかりとしていて、身綺麗。文明レベルは地球の中世より大分進んでいそうだ。

 公衆衛生の概念も進歩しているようで、嫌なにおいが充満しているようなことも無い。


 抱きかかえた少女の上で横たわる紗雪にちらっと視線を送り、安全を確認。まずは奴隷商に向かって、覚えた地図に従い歩き出す。

 中央区に近い、2つの城壁に挟まれた市街区の中でも比較的喧噪から離れた一角に、その豪奢な建物は建っていた。

 彫刻の施された門扉、ガーゴイル像の雨どい。石壁にはまった鉄柵越しに見える美しい中庭。さぞ羽振りが良いのだろう。

 通用門の所に立っていた警備らしき男性が声をかけてくる。


「ようこそ、どのようなご用件でしょうか」

「町の外でこの子を保護し、正門の衛兵にここへ来るよう紹介されました。紹介状があるのですが、手がふさがってるので少し待っていただけますか」


 そっと、奴隷の少女を下ろし、紹介状を渡すと中を検め(あらため)

「どうぞこちらへ。手を触れるのもよろしくありませんので、お手数ではありますが、そちらの少女はいま一度お運び願います」

 礼儀正しく案内された。

 商館と呼ぶべきなのだろう、内装は大層豪華なものだった。煌びやかなシャンデリアが下がった正面ホール。湾曲し伸びる両側の階段。

 カウンターや商品陳列があるような、いかにも商いの場といったものはなく、豪邸をそのままに商館として使っているといった風情。

 絨毯の敷かれた通路を通り、1階の一室に通された。

 商談室といったところだろう。向かい合ったソファーと間のローテーブル。金の額縁に彩られた絵画や花が飾られている。

 特徴的なのは奥に広い空間が設けられており、入って来た正面側通路に面したものとは別に扉が2つ、備えられていることか。


 奴隷の少女をソファーに座らせようとすると

「大変申し訳ございません、そちらの少女は奥、奴隷用の空間へ願います」

 と、ひらけた奥のスペースをやんわりと手のひらで示される。

 いたいけな美少女を立たせたままというのはやはり前世の感覚ではいたたまれないが、もめるわけにもいかないかと従う。

 何より彼女がソファーに降ろされるときに軽く抵抗を示したのも大きい。そういうもの、なのだろう。

 紗雪はしっかりソファーに横座りになるようポージングしてあげたが、これには何も言われなかった。

 お人形遊びをしているようにそれこそ見えるだろうに、特に視線が冷たいと感じることも無かった。


「では、少々お待ちください。担当の者が間もなく参ります」

 彼が一礼と共に外へ出ると間もなく、部屋の奥側左の扉からいかにもなクラシカルメイドスタイルの女性が、紅茶を淹れにやってきてくれた。あいにく俺一人分だけで、紗雪と、まして奴隷少女の分はなかった。

 こうして人前で紗雪と喋れないのが苦痛だと、以前は当たり前のように脳内会話を成立させていたのに、実際に話せるようになった今ならではのぜいたくな悩みを抱き、念話のようなものはないかなと考えていると、入って来た通路扉が軽くノックされた。


「失礼いたします」

 細身に片眼鏡をかけた壮年の紳士が入って来た。ピシリと決まったスーツスタイルだ。


「当館に務めおります、ミシェルと申します。本日はそちらの奴隷の処遇についての相談と伺っております」

「ナオと申します。はい、道中この少女を救出しまして」

 立ち上がりあいさつを終えると、互いに向かいに座る。


「ご事情はお預かりした衛兵の書面で把握しております。権利書をお見せいただけますでしょうか」

 すぐに取り出せるよう荷物の上に用意しておいた羊皮紙を差し出す。

「失礼します」

 と、手に取る男性。空白に見えていたあたりをじっと見つめている。奴隷商にのみ見えると言われた情報がそこにしたためられているのだろう。


「なるほど。まず、記載された内容からお伝えいたします」

 前置きと共に伝えられた奴隷の少女、名前は”ティアナレア”と言うそうだ。の情報は次のようなものであった。


 ・創世神であるとして”法と秩序の神”を奉じる北の宗教国家”聖国サンティア”の生まれ

 ・天翼種と呼ばれる、生まれから特定の神から加護を受ける種族の少女

 ・加護をうけている神が問題で、”愛と堕落の女神”の天翼種。この神は聖国サンティアでは邪なる神とされ迫害の対象

 ・これ以上の出生/来歴は不明だが、同国から奴隷として売買のため搬送される途中であった

 ・まだ商品として正式な主従契約を交わしたことはなく、彼女に”死亡した主”と表現されていたのはおそらく奴隷商か、移送途中のための仮の主人

 ・加護による戦闘力が期待できるうえに、極めて希少な種族である天翼種。奴隷の需要が高いこの”グェリア王国”に売りに来たと予想される



 後に知ったことからも補足すると、

 ・この世界の国家はそれぞれ主神を定め、奉じている

 ・神の名を秘匿されており、司る事象で呼ばれる

 ・今いる国は”グェリア王国”。大陸の人族生存領域の西に位置する大国。”戦と試練の神”を奉じ、モンスターの領域と接し、冒険者や傭兵の活動が盛ん

 といったところだ。


「売買の履歴も一切無く、正規の主も無し。所有奴隷商会の登録もございませんので、彼女は拾得者であるナオ様に所有権を獲得する優先権有りと見なしえます」

「奴隷を所有するという経験がないのですが、発生する義務等、お教えいただく事は可能ですか?」

「はい。奴隷の扱いは国によって大幅に異なりますが、グェリア王国におけるそれに基づきご説明いたします」


 まとめるとこのようなものであった。

 ・大まかには一般奴隷と犯罪奴隷に分けられ、彼女は一般奴隷。以下はこの場合。

 ・所有者は奴隷の生命と精神の健全性を保つ努力義務を負う

 ・過度の違反(虐待、同意なき性的略取等)がみられ、改善がなされない場合、国による奴隷の没収もあり得る

 ・冒険者等の戦闘職に就かせることは可能。この場合、非奴隷の冒険者同様の活動範囲は合理的な運用とみなされる

 ・奴隷登録に200万ゴールドが必要

 ・加えて今回の場合、手数料や税金が上乗せされた買取評価額相当を国に支払わなければ、所有権の獲得はできない


「また彼女は盗賊等の犯罪と疑わしき事態に巻き込まれた経緯がありますので、調査終了までの数日は当館でお預かりすることになります」

「その間の扱いは」

「お預かりのための個室と、質素なものにはなりますが、3食のご用意をいたします。これは奴隷登録費用に含まれ、公認奴隷商の義務となります」

「なるほど。枷があまりに痛々しいのですが、外していただく事は」

「申し訳ありません、致しかねます」


 無表情のままこちらを見ている少女を、申し訳なさを感じ見つめる。

 紗雪は演技に徹し、身じろぎ一つせずに、座って待ってくれている。


「それと、登録料や権利獲得の費用なのですが、これはすぐに必要です、よね?」

「はい。衛兵の書簡によりますと奴隷少女の保護以外、金銭の略取等をナオ様はなされていないとの証言から、事実確認が取れた場合、発見された資産の一部が報奨金として譲渡される可能性が高いです。その金額を見てご判断いただく事は可能かと。万が一お支払い不能の場合、ご相談には乗りますが、原則で申せば当館で買取。その費用の一部も報奨金としてナオ様が受け取りとなります」

「なるほど。丁寧なご説明感謝いたします。これも何かの縁、できれば彼女を引き取りたいと考えております」


 女神様のお願いでもある。彼女が奴隷として売りに出されるような未来は避けるべきだろう。

 とはいえ今はどうしようもない。彼女の元に向かい、


「ティアナレアさん、ごめんね。一度こちらのお世話になってもらわないといけないそうなんだ。必ず迎えに来る。だから待っていてくれるかな」


 奴隷の制約か、言葉で明確に返してくれることはなかったが、瞼を少し長く閉じ、軽く(あご)を引いて、同意を返してくれたように感じた。

 衛兵隊からの連絡があれば知らせてくれるとの事で、宿泊予定の宿を告げる。

 彼女を残し、紗雪を左腕に抱いた俺は大きな荷物を再び背負い、紹介された宿屋に向かう事となった。


 衛兵に紹介された宿は王都南東部の中ほどにある小奇麗なところだった。

 1階が食事処になっていて、武器を傍に置いた、冒険者か傭兵であろう男女でにぎわっている。

 部屋は3階の一人部屋。朝夕2食付き。簡易シャワー有り。で1泊8,500ゴールド。

 王都だからかはわからないが、そこそこお高いと感じるものの、上下水道が王都全域に完備され魔道具のシャワーまで部屋にあるのは助かる。とりあえず5泊分を前払いした。


 前世から数えれば無数にしてきた事ではあるが、やはり意志を持った紗雪の魅力は別格。

 ベビードールに着替えさせるのにも、いまだ慣れず、ドキドキが止まらないものの、何とか冷静を装って着替えを終える。

 さすがに同じ布団の中は体格差もあり危ないので、枕を2つ並べ、枕の上に眠ってもらう事にする。

 そうして彼女の藍緑色の瞳と見つめあいながら、王都で初めての夜、眠りについた。



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 舞台となる王都のイメージ図として作成いたしました。

挿絵(By みてみん)

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