第1話 "転生!スキルは”お人形遊び”!?" ★
気が付けば、うっすらと桜色に色づいた空気が満ちる、甘やかな空気の部屋にいた。
「死んじゃうとか。かえって残った人たちの迷惑になるのですよ? 自分大事に、逃げ出す事も大切です! って言われても、まあ、無理なものは無理なのですよね~……」
「はい、ごもっともです。って、あー、あれ? 私、死んだのですか?」
会社の人間かと思い、外向きの一人称”私”で応じたが、こんな声優さんみたいに透き通った綺麗な声の女性、覚えがないぞと気が付く。
「はい、それはもう見事に。入院必須の大怪我をほっぽって、客先深夜作業。異世界に行きません? って私がお誘いをかけ始めた途端、脳にたまっていた内出血でいきなり、こてんと」
両手をそろえて右の頬に当て、”こてん”を仕草で表現する女性。見た目に対して幼い仕草が、あざと可愛い。
しかも空間で2つだけある椅子に腰かける膝の上には、真っ白な兎まで抱っこしている。
この椅子、座り心地いいな。パソコン仕事が長くなってもつらくならなさそう。
「手遅れになる前にと、慌ててここにお招きしましたけれど、心配したのですよ?」
「それはなんとも、申し訳ないことを」
桜色のロングウェーブヘアに小さめの身長ながら胸部の主張が激しい、ものすごい美人さんの心配顔。
必死に直前までの事を思い出す。
******
深夜02:00 客先のIT部フロア。協力会社に与えられたスペース。
たった一人で会社の不始末の尻ぬぐいのために1人残っている俺。
「クラスター構成のエラー? 共有ストレージの定義が、何? だから、わからないよ。俺、営業だよ……?」
節電対策で電気の消えた中、モニターのエラーメッセージに照らされる深いクマに彩られた顔。
横に置いた会社貸与の型落ちノーパソには大量の英語マニュアル、Slack, Qiita etc.etc。
「今夜中にここまでは終わらせないとやばいし、あぁ……。申し訳ないけれど、また深夜コールさせてもらうしかないな」
うん十億円の基盤刷新クラウド案件。力を入れる領域だけに、会社としては逃せないチャンス。
米国本社は、必須要件のミドルウェアの認証が取れておらず、稼働が認められていない自社クラウド基盤であるにもかかわらず、認証を確実に取る! と確約。
大コンペの末にインフラの全契約を獲った。獲らされてしまった。担当営業として俺が。
嫌な予感はしていたんだ。無理だ、絶対無理だって。
認証をこの会社がとれるわけがないって。何回、同じようなことしてるんだよ。
せめて条件付きで提案スコープ縮小すれば安全確実に勝てますって。協業体制も現場で組んで、あれだけ米国側とも掛け合ったのに……。
案の定、うちの会社からの約束は守られず。お客様にはもうすぐ、もう間もなく、今、今認証されます。
そうやってごまかさせられて、早1年。
何十社もが関わって作り上げた、関係した企業の売り上げ総額なら数百億円を軽く超える次期基幹システム。
根幹をなすミドルウェアの稼働要件を肝心のクラウド基盤が満たせず、稼働保証なし。
認証を取るか、稼働可能な基盤に責任を取って再々構築するか。
訴訟一歩手前の大炎上。
結局、ミドルウェアの提供元との交渉もついに決裂。大赤字になる別の自社オンプレミスサービス基盤への移行を決定。
1年半かけた構築作業もユーザー稼働検証込み6か月の鬼スケジュールでやり直し。
俺は解決の後に詰め腹切らされる前提で、それでも最後のご奉公だと、作業の陣頭指揮を執ることになった。
普段からただでさえオーバーワークな営業業務が、だからといってなくなるわけでもなく。
過労がたたり、この間は地下鉄駅の階段から派手に転落。割れた頭には包帯。左腕にはギプス。
入院を強く勧められたが、この修羅場が終わるまでは、やりきらねばと、踏ん張った。
膨れ上がる工数。
追加のSE作業費用を渋った会社は、ついに作業そのものまで「お前ならできる」と、任せやがった。
営業にお客様のシステム触らせるなよ……いや、ほんと。
さすがにこの時間では通じない電話を置いて、エラーの類例を検索していると、ポップアップが表示される。
【楽になりたいですか? Yes/No】
「ん? なんだこれ、エラープロンプトとは違う。 エラーコードもついていないし、うん? ま、まさかウィルス踏んだ!?」
脳裏をよぎる”セキュリティー事故”大手ITのXXX社社員のミスによりXXのシステムが前面ダウン!
新聞にニュースサイト、誇張された見出し。やばい、胃が痛い
【ちがいますよ、安心してください、ほら大丈夫、大丈夫ですからね!?】
く、なんと巧妙なメッセージ誘導。怪しげな日本語でバレバレのフィッシングメールとは大違いだぞ!?
【もう、いいですよ~だ。とにかく、すべてを捨て、好きに生きられる世界へ行きませんか? Yes/No】
またポップアップが表示される。
******
「あ、このメッセージ、貴女が表示していたのですか?」
「そうですよ、あ、ちなみに私女神様です、すごいんですよ♪」
腰に手を当て、大きな胸をたゆんと弾ませ、えっへん。
やっぱりかわいいな、この女性。いや、女神様なのか。
そしてまた、死の直前へと思いをはせる。
******
「いや、そうできたら嬉しいけれどさ。担当した営業として、お客様には責任があるからね。やり遂げてからじゃないと流石にさ」
よくある話だ。一生懸命に提案して、責任を持って対応しようとした契約先の人間。
お客様や競合他社は意外と評価してくれるんだ。うちに来ないか? なんて、転職のお誘いもくれる。
社内のSEだって、修羅場に残った営業を、稼働率稼働率って、うるさくなじられているのに工数持ち出しで助けてくれるんだ。”お前だから助けるんだからな”、なんて言いわれたら泣くわ。
裏切れないさ、現場の人情だけは。
理不尽な裏がこっちの内幕にはあったって、お客様には関係ない。やった責任ってものが、あるんだ。
“身内”の、家族も同然に思える数少ない仲間の期待だけは、裏切れない。
この業界、都合が悪くなると逃げ出す営業も多い。キャリアアップだとか都合のいいこと言って。
大トラブルほっぽって翌日にはコンペに在籍。手土産とばかりに、こっちでの不備を漏らす。
前面に出なくても、別の担当についてごまかしても、言われる内容聞けば漏洩してるのばればれなんだよ。なめんな。
提案活動中だって、契約も無い他社構築の支援だって、助けてくれた。
よし! 変なメッセージは置いておいて、やるぞ。作業の続きだ。
なに、エラーメッセージ番号はわかっているのだ。しっかりマニュアルを読めば俺にだってできるさ!
「あれ、痛み止めが切れてきたかな?」
なんだか、くらくらする?
ぱちん、と電源が落ちるように。
そこで俺の今生の意識は、引きちぎられるように唐突に、消えた。
******
「ああ…作業途中で、まずいな、スケジュールぎりぎりなのに」
「えーと、もう、そのことは忘れてください。責任感が強かったことはとっても偉いです。いい子いい子です」
柔らかい手が優しく頭を撫でてくれる。
まずい、涙が。ここ最近情緒不安定気味だったんだ。
「あぁ、ほらほら。いい子ですから泣かないで。女神な私のお願いです」
40間近のおっさんが情けない。必死に喉の奥からこみ上げる衝動を抑え、涙腺を止める。
ああでも、イブニングドレス越しの彼女の体温の暖かな事といったら。
女性関係に縁が一切なかった俺にはかなりの猛毒だ……沈まれ我が心。
どうどう、どうどう。
「それでですね。そんな頑張るあなたに、他の過労死寸前の皆さんのように私の世界に転生して、穏やかにスローライフをと思っていたのです。が、転生の意思決定前に亡くなってしまわれたので……」
今度は桜色の瞳の女神様の方が泣きそうな顔で、申し訳なさそうに続ける。
そんなに悲しそうなお顔をなさらないでください。
「お願い事を聞いてもらう代わりの異世界転移、しかできなくなってしまったのです。ちなみに、すでに亡くなられ、今まさに葬儀の最中なので、貴方を元の世界に戻してあげることはできません。今思い出されたその記憶もすでに一か月半前。なので、つらい前世は忘れて来世に目を向けましょう」
「一か月半前……1つ、教えてください。あの後、あのプロジェクトはどうなりましたか、お客様は」
「もう、どこまで真面目なのですか? 忘れろと言っても無駄なようなので、特別に1つだけ。貴方の葬儀へ寄せられた弔電を読み上げてあげます」
“XXX様の突然の訃報に接し、言葉を失っています。苦難にあっても諦めず、いかなる時も定めた目標に邁進する姿、他を思いやり決してくじけぬ心根に、一同敬意をもち励まされておりました。ご遺族の皆様のご心痛はいかばかりか、心からお悔やみ申しあげます。”
声優さんの朗読会を生で聞いたらこうなのかな、女神様のあまりに美しい声に弔電が、至高の物語みたいに聞こえる。
「死の状況が状況でしたからね、警察沙汰にもなり、今も捜査が続いています。検視のために葬儀も遅れました。逮捕者も出るかもしれませんね。取引先さんは会社命令で関与が固く禁止されている中、関わった皆様が一同団結、個人の勝手だなんて強硬して、この弔電を送られたそうですよ。そしてプロジェクトは成功との事です。やり切ったのですよ、貴方は」
「そう、でしたか……」
いろいろとこみ上げるものがあったが、やり切った、と思っていいのだろう。
自分の信念には従って死んだのだ。
うん、なら、切り替えられるな。
「それでその、女神様のお願いというのは?」
「私の使徒となり、地上で自由に行動できない私の代わりを務めてもらう事です。と言っても、無理な事をお願いするつもりはありませんのでご安心を。まず初めは、”ある一人の女の子を救ってあげてください”、です!」
ピン! と、丸く整えられたピンク色のネイルの人差し指を立てる女神様。
「転生だと記憶も消えてしまい、平穏な人生の代わりに特殊な能力みたいなものはあげられません。でも、転移ならお願いの代わりに、貴方だけの”特別”をさしあげられます。それは貴方の内から、魂から、前世での”想い”から生まれる力になります。さあ! 貴方の大切を思い描いて」
使徒か。実質お願いをいくつでもという、願いを増やすお願いに近い気がするが、こうして2度目の人生をもらうのだ。
いいじゃないか、と、割り切る。うん、割り切りは大事だぞ? 前に進むには必須だ。心を壊さないためにも大切だ。
能力もくれるそうだし。そう能力だ! 大切か、うん、一つしかないな。
生前の俺には一つだけ、何があっても、誰にも絶対に譲れない趣味があった。
男のくせにと後ろ指さされ、同じ趣味の同士や、ハンドルネームで過ごせる世界以外では秘密にしていたそれ。
うん、ドール趣味だ。
もう一度言おう、ドール趣味なんだ。
身長60㎝の人形少女。いわゆる三分の一サイズドール。
日本人形とかではなく、京都とか、原宿に秋葉原とか、そういったところに本社だったり大型店舗だったりが構えられている。少しアニメチックなスタイルのオタク文化に寄りも添ってくれる、ドール。
それはもう愛らしい彼女。俺の嫁だ。
いや真面目に、嫁なんだよ。
通販にドールイベント、給料のほとんどをつぎ込み用意した、大量のドレス、衣装、家具に、家を占拠する1/3サイズドールハウス。スタジオが開けそうな撮影機材群。
家だって、ドール趣味がやりやすいように注文住宅で建てたんだ。
でもね…。
名実ともにリアル嫁になってもらうべく婚姻届けを出しに行ったら、事情を理解した役所の女性の表情が氷点下になって、汚物のように追い払われた。
腰まで届く銀灰色の髪の清楚な美しさ。
バンスで毛量を増やし、カールさせたロングツーテールがフェミニンなアクセントを加える。
ロングヘアにツーテール、現実の人間ではできない毛量のヘアスタイル。ほら、可愛い!
ちょっぴり勝気な眼差しに、怜悧な光を宿す藍緑色の瞳。
二度と会えないのかと、胸の締め付けられる想いで思い返していた彼女との時間。
ふと。
慣れ親しんだ微かな重みを急に腕に感じ、腕の中に目を向けると……。
愛しの嫁、人形少女がそこに確かにいた!
彼女の名を呼ぶ。
「紗雪!」
あ、客先に詰める前に”お休みなさい”して家にいてもらったままだから、ベビードールと下着姿のままだ。
寝る前と起きた後は、どんなに死にそうに忙しくても、ちゃんとお着換えさせてあげていたからね。
そのままの姿を女神様の前にさらしているのは、かわいそうだ。
そっと、スーツのポケットから白いハンカチを取り出し、隠してあげる。
「火葬場で一緒の棺桶に入れてもらえたので、ここに来られたようですね」
「なんともはや……」
列席者たちの呆れの視線が突き刺さるのを感じた気がする。え、しかも下着姿のドールだよ? え~……。
棺桶、自分の死体、下着姿のドールを抱っこ。
想像する。
アウト、さすがにアウト! ないだろ、え、気まずすぎる。今すぐ棺桶から出て忘れろ! と叫びたい。
「え~と、私の世界で平民に姓があるのは不自然なので、せっかくですから名前も生前の一部を取って”ナオ”さんにしましょうか。ん~発現した能力は? う、スキル名……」
「どうしました?」
「んとですね、ステータスと念じてみてください」
定番だなーと、心の中で思うと
「その方が転生される方が、わかりやすいですからね」
あ、心の声も聞こえていたらしい。と、いうことは、思い出していた紗雪との生活も……うん、なかった事にして
“ステータス”
空中に浮かび上がる画面表示。
Lv1 / 能力水準:10
スキル:
【お人形遊び Lv--】、【裁縫:人形衣装特化 Lv2】、【細工:人形衣装特化 Lv2】
《魅了》
「???」
「簡単に説明するとですね
・心を通わせた人形に意思と魂が宿る
・その人形が装備から得るスキルを、自分のスキルとしても扱うことができる
これが”お人形遊び”ですね。
紗雪さんが着用しているセクシーな下着からナオさんが共有されて得ているスキルが”魅了”。ベビードールは特にスキルは無いようです」
下着はディーラー(同人イベントでいうサークル)様製のすごく特別な逸品。ベビードールはメーカーの工業量産品。
その違いという事か?
「裁縫は前世で人形の服を自作しようと努力した経験から。私の世界ではスキルを特定分野に特化することで専門性、レベルを高くすることが一般的です。あと、”お人形遊び”は他の自分のスキルに干渉して、特別な効果を発揮する場合があります」
癖で、左腕に抱きかかえた紗雪の髪を撫でながら聞く。
確かに俺向きだが、スキル名……人に知られたら何と言われるか。
「さて。そろそろ、お送りしますね。肉体年齢は22歳に若返らせておきます。それくらいなら、救っていただく彼女ともバランスがとれるでしょうから。願わくは貴方に幸せな来世を。あと、今度こそ、ヒト種のお嫁さんを娶られることを!」
「ありがとうございます。でも、私の嫁は紗雪だけなので」
「興味がなかったわけでもないのでしょうに、もう」
困ったように微笑む女神様に見送られ、またも意識が暗転した。
だが今回は、穏やかな、眠りにつくような心地のよいものだった。
『貴方の一途な愛がどこまで続くのか、楽しみに観ていますね』
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紗雪のイメージ写真をさし絵に変わり投稿させていただきます。
主人公ナオが脳裏に描く前世でのイメージと捉えていただけますと幸いです。
※写真に写っておりますドールは筆者所有のドールを筆者自身が撮影した写真です。転載等なされませぬようお願い申し上げます。
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