封印勇者シリアヌス
シリアヌスの外見
金髪碧眼。200cmを超える巨漢。ムッキムキのゴリマッチョ。二十代前半なのだが、もっと上に見られる事が多い。多分むさ苦しい見た目と言動のせい。
長く激しい戦いの末、勇者とその仲間たちは魔王を討ち果たした。しかしさほど間を置かずして、正に死力を尽くした彼らの眼前に大魔王なる者が姿を現す。立つ事がやっとな彼らに大魔王と戦う力は残されていない。にも関わらず大魔王の容赦のない攻撃が勇者たちを襲う。
勇者の両腕は潰れ、仲間の魔術師や僧侶たちも地に伏せ、どうにか動けるのは戦士のみ。彼は力を振り絞って仲間たちを背に大魔王の攻撃を受け止めようと構える。逆転の秘策など無く、ただの意地であった。
絶体絶命のその時、異界より訪れていた神が戦いの場に現れ、勇者たちを大魔王の攻撃から守った。
『この世界の事だから、この世界の者の手に任せるべきだと思う。けれど回復する猶予くらいはあってもいいよね? いくら何でも不公平だよ。だから……そう、君がいい。シリアヌス、君の中にこの大魔王を封じよう』
指名された戦士は、異界の神の申し出を受け入れた。
『次代の勇者が生まれ、成長し聖剣を手にするまで待つように』
異界の神は魔族が自領から出れないように結界を張り、魔族側には大魔王の返還と同時に結界の解除を約束した。
◇◇◇◇◇◇
大魔王が封印されて二十年が過ぎた。
新しい勇者が無事聖剣に認められたと聞いたシリアヌスは、人々の前に姿を現す。その出で立ちは、かつてと大きく異なっていた。
足元まで届くマントの下は鍛えた肉体を誇示するかのように黒いブーメランパンツ一丁。パンツの前側には「封」後側には「印」という異界の文字が書かれており、その文字はそれぞれ体の凹凸に合わせて歪んでいる。(マントで後側の文字は見えないが)
正直ぶっちゃけとてつもない変態スタイルなのだが、当人が堂々としているので群衆は誰も思った事を口に出来ずにいた。
人々が戸惑っている中、三人の男女が彼に近付いていく。一人はかつての勇者であり、残りの男女はその仲間だ。顔半分を覆う派手めの仮面(より変態度がアップ)があったものの、かつての仲間たちは一目でシリアヌスと認識した模様。
いくつか言葉を交わすと、彼らは近くの酒場に入っていった。
◇◇◇◇◇◇
「異界の格闘競技を色々見せてもらってな、取り入れたのだ」
このブーツも……と解説が続く。
「ああ、お前の暑苦しさにピッタリだよ」
「とても似合っているわ」
それぞれの言葉には皮肉が込められているが、これは二十年ぶりのいつものやり取りだった。
「仮面は色々候補があったのだが、我が神に世界観を合わせた方が良いと言われてこれにした」
「うん、仮面舞踏会で見るデザインだな」
「これと組み合わせるなんて……。でも目的の為にはいいわね」
「ああ、最高だ」
「やってくれ、シリアヌス」
「成功を祈るわ」
「任せろ」
シリアヌスは歯を煌めかせた。何だそれ、と笑いが起きる。
仲間と語り合い、挨拶に来た新しい勇者に渡された色紙にサインをした翌日、シリアヌスは魔族領に向けて旅立った。
◇◇◇◇◇◇
シリアヌスは神の力で結界をすり抜け、魔族領に足を踏み入れた。
程なくして魔族に見つかるが、彼らはシリアヌスの姿に気圧されたのか攻撃してくる様子は見られない。
しばらくすると人集りが割れ、一人の戦士が歩いてきた。
「当時と随分出で立ちが違うが、その暑苦しさ……もしやお前はシリアヌスか?」
「いかにも。久しいな、名は……ガルンだったか」
かつて戦った魔族の戦士ガルンは、苦々しく思いつつも案内役を買って出た。
「助かる。実は道をうろ覚えでな、少々困っていたのだ」
「……フン、やはりか。我々としても大魔王様を取り戻したい。だが帰りは知らんぞ。俺の地位は上の方だが、配下でない者たちの行動まではどうにもならん」
「承知の上よ」
シリアヌスは不敵に笑う。変態装備の分、妙な恐怖が加わったのだろうか。ガルンの後ろの方で何人かが小さく悲鳴を上げた。
◇◇◇◇◇◇
魔王城の玉座の間に案内されたシリアヌスは、人払いを頼んだ。ガルンも他の魔族も受け入れてくれた。多分遠くから監視する装置を使っているからだろう。
「ふむ、しかし同時に神の加護も発動する」
シリアヌスは玉座の前まで来て、しかし座らなかった。クルリと背を向け、マントを脱ぎ捨て、そして身体に力を巡らせ、あらかじめ決めてあったポーズをとる。
「封・印・解・除!」
「封」と「印」の文字が光を発する。そして閃光と共にパンツがはじけ飛んだ。
ブシュウーッと紫色の煙が玉座の間を満たす。その煙はシリアヌスの尻から出ていた。
シリアヌスは両足で踏ん張り腰を落とし、二十年間溜めてきた思いを口にする。
「このクソ野郎っ! クソは糞として排出してくれるっ!」
◇◇◇◇◇◇
ブリブリともブシューとも聞き取れる音が続く。監視カメラを見張っていた魔族たち以上に慌てたのは大魔王だった。
目論見通り魔族側の勝利を得られると思っていた所に異界の神の横槍が入って暑くむさ苦しい男の中に閉じ込められ、その後はグルングルン回ったりちょっと前まではグネグネ動かされたりと訳の分からない状況だった。今、その答えを得ている。あれは腸のぜん動運動のような物だったのだ! 理解したとたん凄まじい抵抗感と焦りが大魔王を襲ったのである。
『待て待て待てーっ! 何でそっち!? こう、肩のあたりから禍々しいオーラが立ち上って、やがて余・復・活! じゃないのー!?』
この威厳ゼロの絶叫クレームはカメラの向こうの魔族たちにバッチリ伝わっている。しかし大魔王に気付く余裕はない。
「フンッ! そんなありきたりな復活、我が神は望んでおらん! 当然我と我の仲間たちもな!」
『ありきたりでいいの! やめてっ、今からでも上にっ、あーっ!!』
「そもそも魔王戦の後に大魔王が出てくるなんて聞いておらぬわ! しかも直後に現れた上、ウキウキしながら攻撃を開始しおって!!」
『違うもん! 千数えたもん!』
大魔王のキャラ崩壊が止まらない。ヒトは余裕がなくなると色々な物が剥がれ落ちるのだ。
「オッサンが「もん」なんて言うな気色悪い!」
心なしか、大魔王を押し出す力が強くなった。
「それに「千」だと? 空間が歪んで貴様が現れるのを含んでも三十秒にすら届いていなかったぞ!」
『数えた! 千数えたのは本当だー!』
「では今、数えてみろっ!」
『一、十、百、千! ほら千数えた!』
「バカヤロォッ!! 一の次は二だ! 飛ばすんじゃねぇっ!!」
より一層押し出す力が増した。
『いやあぁぁぁぁーッ!! やだやだウ○コになるのやだぁーっ!!』
「これが我らの報復だ! おとなしく排泄物となれっ!」
『やだあぁっ! やめてぇー!』
ぼとんっと玉座に何かが落ちる音がした。
◇◇◇◇◇◇
大魔王の威厳を傷付け、心に傷を刻む。それが勇者パーティーの総意だった。提案は異界より訪れた神である。
「ふっ、実に清々しい気分だ。我が神の素晴らしい計画に感謝する」
玉座には強者オーラが全く感じられない大魔王がいた。彼は玉座にもたれ掛かったまま動かない。
シリアヌスはどこからか取り出したパンツ(黒いブーメランパンツ。前後に「封」と「印」の文字あり)を履くと、マントを拾い身に纏った。
紫色の煙が晴れていく中、シリアヌスは玉座を背に歩みを進める。そして扉の前で振り返った。
「やーい、うんこ大魔王。ざまぁ」
扉を開くとガルン他数名がいた。ガルンを先頭に、身分の高そうな青年を囲う戦士たち。青年はおそらく次代の魔王だろう。先代の面影があった。
彼らは何かを言おうとしていたが、一斉に硬直してしまう。
「ここまでしてくださるとは。本当にお人好しな方だ」
何事もなく城の外に出たシリアヌスを、十歳程に見える少年が迎えた。
「やあ、楽しませてもらったよ」
「それは何よりだ。我が神よ、次の試練は何であるか」
「今回の封印で力の使い方は覚えたよね。今度はその応用だよ」
異界の神は無償で手を貸したのではない。神の用心棒と呼ばれる闘神になれそうな戦士を探していて、シリアヌスを見つけたのだ。
「さあ行こう、僕のシリアヌス。勇者の旅を時々眺めながら神修行だ」
◇◇◇◇◇◇
実は大魔王は力を失っていない。しかし心の傷は深く、本来の力を出せないまま今代勇者とその仲間たちに倒された。
排泄物扱いされた事実を知るのは先代勇者とその仲間のみ。人々には「シリアヌスが大魔王の力をいくらか削いだ」という事にしてある。
ガルンをはじめとする目撃者たちもさすがに真相を口に出来ず、事実が表に出る事はなかった。
そして異界の神がシリアヌスを選んだ理由は……当の神が語っていないので、後に出版された勇者物語には記されていない。けれどシリアヌスは強い戦士だったので、誰も疑問に思わないのだった。
以下、魔王戦中の異界の神と現地の神とのやり取りである。
「あの戦士が見込みあるね。名前は?」
「シリアヌスと申します」
「シリアヌス!? シリ、ア、ヌ、スーッ!! ぷーっ! 最っ高!! シリアヌス、君に決めた!」
このように実は結構酷い理由で即決したのだが、多分きっと知らないままの方がよい。
シリアヌスの偉業を称え、人々は彼をこう呼んだ。
封印勇者シリアヌス
・異界の神の裏話
十歳くらいに見えるが実は十二歳時の姿。
双子の妹と一緒に世界造りをしていたが、クソッタレな連中に台無しにされてムシャクシャしていた。作品中の世界に訪れていたのは比較的近所だったから。
・現地の神について
現地の神たちはどこかで大魔王の存在を勇者パーティーに知らせるつもりだったが、すっかり忘れていた。魔王戦終了間際になってから気付いたという。(これが異界の神が客人という名の部外者でありながらしゃしゃり出て来れた理由である)
青ざめた現地の神たちは神からの労いという名目で、両腕が潰れたり片足を失ったりしていた勇者とその仲間たちの肉体を治す事で誤魔化したのだった。
・大魔王について
魔族たちが知恵を振り絞って生み出した渾身の勇者対策。神たちにとっては咎める程の行為ではなかったので「物語を盛り上げるため、逆に利用しよう」という事になった。(そして忘れた……)
そもそも「地上の覇者となる種族を決める」という名目で始まった「勇者と魔王計画」である。魔族側が勝利しても良かったのだ。しかしシリアヌスがあのまま死ぬと、宇宙樹の枝(霊脈とも呼ぶ)を通って死者の宇宙に到着するまで接触出来ない羽目になる。「面倒くさい、今すぐ手に入れたい」と考えた異界の神が行動を起こし、今回の結果となったのだった。大魔王も哀れである。