第五部1 兄来たる
いつもお読みくださりありがとうございます。
誤字脱字報告も感謝です!
連載開始当初、3〜4部構成と書いてましたが結局5部までになりました。
今回のお話は本編と内容があまり変わりません。
もちろん、本編とは既に流れが変わってしまっているので全く同じではないですが……。
お楽しみいただけると嬉しいです。
兄上の、父譲りの黒髪が
男らしさの象徴に見えて、とても羨ましかったのを覚えている。
その兄上がゆっくりとした歩調で
僕とフェリシティ様の元へとやって来る。
「王太子殿下お一人ですか?陛下は如何なさいました?」
フェリシティ様が兄上に問われた。
「……鬼神が来たッと言って、寝室に篭っておられます」
フェリシティ様は
美しすぎる微笑みを湛えられたまま、
「チッ……まぁ、そうですの。どこかお体の具合でも悪いのかしら?後でお見舞いに伺いますわね」
と言われた。
え?今、フェリシティ様から
舌打ちのようなものが聞こえた気が……
いやまさか、
母上に次いでこの国の高位女性であるフェリシティ様が舌打ちなんてする筈がない。
僕は叩かれた頬をさすりながら
お二人を見ていた。
兄上も笑みを絶やさずに
フェリシティ様に礼を述べる。
「ありがとうございます。きっと陛下も喜ぶ事でしょう。ところで、随分と早い登城でしたね、ご夫君の侯爵はご一緒ではないのですか?」
「あの人は忙しい人ですもの。少し休んでいただきたくて黙って置いて来ましたわ。フェリシアの事が心配で、つい長距離転移魔法で文字通り飛んで参りましたの」
長距離転移魔法……
侯爵領は王都から駿馬を駆っても6日はかかる。
さすがはフェリシティ様……
「……フェリシア嬢には本当に申し訳ない事をしたと思っているのです。最初は彼女をエサにして癒しの乙女に教会を焚き付けさせ、教会がフェリシア嬢は王子妃に相応しくないと侯爵家に干渉をしてくるように仕向けたのですから」
「兄上!?」
兄上がフェリシアをエサに?まさかそんな。
あ、でも僕は完全にエサか。
まぁ僕は自業自得だからいいけど……
兄上は僕の顔を少し見て、
それから話を続けた。
「しかしその後のウィリーの変化で、ウィリーがどれだけフェリシア嬢の事を想っているのかを知り、せめてフェリシア嬢には事情をわかっていて貰いたくて侯爵家の意向も聞かずに独断で彼女に話してしまいました」
兄上の言葉をフェリシティ様が継ぐように言われた。
「そして案の定、行動派のあの子が動く事で、追い詰められた癒しの乙女が教会の者を手引きして引き入れたと……。わたしが手配した侍女のサリィのおかげで難を逃れましたけど、未遂でも拉致されかけるなんてシャレになりませんわ。あの子が人質に取られたなら、ウチは王家の方を切りますわよ?」
「本当に面目なかった。スキを見せ過ぎた」
「まぁ、サリィの話では応戦中にすぐに騎士が来たから、自分が居なくても大丈夫だっただろうとは話してましたけど。まったく……王族のくせに魔法を掛けられるヘタレ王子と腹黒王太子、父親を筆頭に王家には碌な男がおりませんわね。こんな家に大切な娘を嫁がせたくはありません、フェリシアはこのまま領地へ連れて帰りますわ。王子の新しい婚約者はホラ、そこに転がっている小娘、もう彼女でいいじゃないですか。王子、お幸せに」
「ちょっ…ちょっと待ってくださいっ!」
僕は心の底から慌てた。
すると兄上は
「ご容赦ください……身分云々の前に人間性に問題有りですよ……それに彼女は厳罰に処される身です」と言った。
「言ってみただけですわ」
悪びれた様子もなく言うフェリシティ様に
兄上は苦笑を漏らす。
「とにかく、ウィリーの魅了の事もフェリシア嬢が襲撃された事も全て王家の落ち度です。数々のご尽力を戴きましたのに、心苦しいばかりです」
「わかっていただけているのなら、もう結構ですわ。教会を何とかしたいとは思っておりましたし。ご安心ください、ウチに喧嘩を売ってきた者をタダでは済ませません。社会的にも物理的にも、完膚なきまでにボッコボコにしてやりましたわ。アラ嫌ですわ王子、青い顔して。正当防衛ですわよ、正当防衛」
「はははは……」
僕はもう、乾いた笑いを浮かべるしか出来なかった。
「では兄上、このリリナの処分はお任せしてもよろしいですよね?僕はこのままフェリシアの所へ行きます。事の顛末を話さなければ」
「ああ。わかった、フェリシア嬢によろしく伝えてくれ」
兄上はとても優しげな眼差しを僕に向けてくれた。
「フェリシアに、
母が後で会いにゆくとも一緒にお伝えくださいませ」
「承知しました」
そう言って、僕はその場を辞した。
「さて、アルバート殿下はこのリリナをどうなさるおつもり?」
「どうなさるも何も、牢に入れて裁判にかけます」
「魅力魔法を用いるような危険人物よ」
「もちろん、魔力封じの手錠をかけますよ。あれをすると手錠が魔力を吸い取り、魔法が使えなくなる」
「……ねぇ、お願いがございますの」
「なんですか?……怖いですね」
「この小娘、私に預からせて貰えないかしら?」
「なんですって?何故そんな事を?」
「可愛い娘とアホでも可愛い甥がお世話になったのだもの。お預かりして丁重におもてなしがしたいわ」
「……で?本当のところは?」
「可愛くないわね。裁判の手続きを待つ間、裁判中、判決後の刑の執行を待つ間、遊ばせておくのは勿体ないわよね」
「法に触れるような事は許可出来ません」
「いやね、そんな事する筈ありませんわ。私の立場をわかってらっしゃる?王妹であり、侯爵夫人であり、次期王子妃の母なのよ。小娘の持ってる力を正しく世の為に活かすだけですわ」
「……………………」
「熟考ね」
「……わかりました、いいでしょう」
「ありがとう、それからもうひとつ」
「まだあるのですか?」
「いいじゃないの、お国の為に働いたのだから、このくらい我儘聞いてもらってもバチはあたりませんわ」
「内容によります」
「……王太子殿下、貴方はそう遠くない将来、この国の王となる覚悟はありますか?」
「!……そう遠くない将来とはどの位ですか?」
「正規の手続きを踏まえて、少なくとも2年以内には」
「……………………」
「現国王には退位していただきます。もうこれ以上、政治に無関心な王を国の頂きに据え続けるわけにはいきません。以前までなら『時期尚早』とかなんとか言って教会が横槍を入れてきたけど、もうそれも無くなった。アルバート、貴方にこの国の全てを背負ってゆく覚悟はありますか?我が身が八つ裂きになろうとも、国民のために血の涙を流し続ける覚悟はありますか?」
「無論のこと」
「わかりました。では私はお兄様のお見舞いにでも行きましょう。ふふ、久しぶりに兄妹水入らずで楽しい時間を過ごして参りますわね」
「…………お手柔らかに」
「ふふふ」
「本当にですよ?」
「ふふふふふ」
「叔母上?」
そうして私は
お兄様を見舞うために国王の自室へと向かいましたの。
お兄様が即位されて早いもので20年。
音楽や芸術など
文化面にばかり力を注ぎ、
難しい政には無関心であったお兄様。
何度お諌めしても
聞いてはくださらなかった。
今や内政も外交も全て王太子任せ。
その後継者も育った今、
いつまでも玉座に座らせておくわけには参りませんわ。
まぁきっと、
もう楽が出来ると喜んで玉座を明け渡すでしょうけれど。
教会上層部と癒着していた分は
しっかりお仕置きをせねばなりませんわね。
さぁお兄様、お覚悟を。
それから数日後
現国王が退位し、
王太子アルバートが新国王に就く事が
正式に発表された。
お兄ちゃんと叔母さんとの話を終えて、颯爽と去ってゆくウィリアムくん。
それがフェリシアの元である事に作者も感無量……。
次回、いよいよ最終回です。
最後までお付き合いいただければ嬉しいです。