第二部2 魅了
ウィリアムくんのお兄ちゃん登場です。
あの時のウィリアムくんの行動でお兄ちゃんの行動がどう変わるのか。
それとも変わらないのか。
お楽しみいただけたら嬉しいです。
王城の図書室の最奥の部屋。
王家専用のその部屋に、その人はいた。
王太子アルバート。
ウィリアム殿下の五つ年上の実兄である。
わたしの事も、
幼い頃から妹のように可愛がってくれている。
文武両道にして魔力保有量もウィリアム殿下と
同等レベルであるにも関わらず魔力コントロールに長け、
魔術師よりも更に上の魔導士の称号も得ている凄いお方なのだ。
政治に無関心な現国王である父親から
内政も外交面も全て押し付けられてからは
忙殺されておられるとか。
その所為でお会いするのは実に久しぶりだ。
そのアルバート殿下がわたしに何のご用だというのだろう。
やはりウィリアム殿下の事だろうか。
「久しいなフェリシア嬢。息災にしていたか?」
アルバート殿下の声で我に返ったわたしは慌ててカーテシーをする。
「アルバート殿下におかれましては…」
「よい、あまり時間がなくてな。それにこんな密室で二人で会っている事をウィリーに知られたら面倒な事になりそうだからな」
わたしの挨拶を制してアルバート殿下は端的に話し出す。
「今日、キミにこの事を告げようかどうか、実はギリギリまで悩んだんだ。兄としての情を捨て、国益を優先する事が王族の務めだと思っていたからだ。大事の前の小事など、見て見ぬふりをすべきだと」
その考え方はわたしにもわかる。
そうなるように貴族として教育を受けて来たからだ。
民が懸命に働いて得たお金を、王侯貴族は税として得ている。
民の血税の上に、わたし達の生活は成り立っているのだ。
だからこそ有事の際には、自らを、家族すらも犠牲にして国の為に民の為に動かなくてはならない。
上位貴族とはいえ、末娘のわたしでさえこの様に教育されてきたのだから、王族なら尚更だろう。
ましてやアルバート殿下は王太子。
帝王学も学ばれ、その思考はわたしなどには計り知れない。
「でも先日、ウィリーが自分の体も顧みず、
キミと二人きりになることを選択したと」
確かにあの日ウィリアム殿下は
わたしとの話し合いを望まれた。
次の日には嘘みたいにリセットされていたけど。
「必死になって、争うように懸命にキミに縋ったと、彼から聞いた」
アルバート殿下の視線の先にいたライアン様をわたしも見る。
同じ部屋の一画で、ただ静かに立っておられた。
ライアン様はウィリアム殿下の十年来の側近だ。
その彼が何故、アルバート殿下と一緒なのか。
わたしの疑問を感じ取ったのか、アルバート殿下は答えてくれた。
「ある事情のため今、彼には秘密裏にわたしの手足となって貰っている」
「ある事情、ですか?」
「その前にキミに謝っておきたいんだ。私は、ある目的のためにキミと実の弟のウィリーを餌にしようとしていた」
「え、餌!?」
思いがけない告白にわたしは驚いた。
「いや、やろうとしている事はこれからも変わらないだろう。でもせめて、ウィリーのためにもキミにだけは真実を伝えておくべきだろうと思った」
ウィリアム殿下の事を弟として大切に慈しんで来られたアルバート殿下の言葉が俄には信じらなかった。
餌?何のために?
今までの話の流れから、内政に関わる重大な事だとは予想できる。
でも一体何が起きているのか。
「フェリシア嬢」
「はい」
わたしは居ずまいを正した。
「ウィリーには『魅了』が掛けられている」
「………は?」
え?何?今魅了と言った?
魅了……禁術とされる
最低最悪の魔法だ。
人の心に触れる、禁忌の術だ。
それがなぜ?
魅了魔法の管理は教会が行なっているはず。
「!………魅了を掛けたのはリリナ様ですか?」
「話が早くて助かるよ。あれは教会が第二王子を籠絡するべく送り込んできた女だ」
「ウィリアム殿下を?一体何のために?」
言い方は悪いかもしれないが、
籠絡して大きなメリットがあるのは第二王子より王太子の方だろう。
アルバート殿下にはまだ婚約者もいない。
政務に忙殺され、今はその余裕がないとアルバート殿下がお断りになっているからだ。
決まった相手のいない王太子を籠絡し、
教会になんらかの便宜を図るようにする事の方が良いはず。
そのアルバート殿下を差し置いて何故ウィリアム殿下を……。
わたしはある事に気付いた。
「……わたし、ですか?わたしが至らない為に、生家の侯爵家が教会から圧力をかけられているのは知っています。それを利用すれば与み易しと侮られてこんな事に…?」
「いや違う。キミの所為ではない。確かに今、教会はそれを理由に侯爵家に圧力をしているが……。むしろキミは被害者だ。そもそもの事の発端は、私が命を下してキミのお父上が教会の不正を暴いた事に始まる」
「お父さまが?」
「陛下から政務を押し付けられ、そこで初めて教会の金の流れがおかしい事に気付いた私は侯爵に命じ、調べ上げさせた上で証拠を叩きつけ、ヤツらの不正を公の下に晒した。それ以外にも出るわ出るわ…あいつらは聖職者でありながら、かなり非人道的な事も平気で行っていたんだ」
そんな事が起きていたなんて……
全く知らなかった。
「教会の上層部を引き摺り下ろし、さぁこれから教会内部を変えてゆこうとしていた矢先に、ウィリーの魔力障害が酷くなり、新しい癒しの乙女が送り込まれてきた」
わたしはぎゅっとスカートを掴んだ。
「あの女は着任して直ぐにウィリーに魅了を掛けた。
まさか王族が魔法に掛かるとは思わず、油断していたところをしてやられたんだ。
教会の改革は本来はもう少し長期戦のつもりだった。侯爵の協力を得て教会幹部の不正を暴き、案の定奴らは一部の人間に責を負わせ、トカゲの尻尾切りをした。
そんな上層部のやり方に不満を覚えた教会の下位聖職者の後ろ盾となり、根本から教会内部を変えようとしている最中だった。
そんな中、ウィリーに魅了がかけられた。
あの女の真の目的は知らないが、不正発覚により常時国から監査が入る事により教会幹部の奴らは美味い汁が吸えなくなった。
その腹いせに第二王子を籠絡し、キミを貶めることで、
王子の婚約者の生家である侯爵家と王家に嫌がらせ紛いの報復を仕掛けて来たんだ」
「な、なんて卑劣な…!」
「でもすまない。私は、これを好機と捉えた」
「好機?」
「キミとウィリーをエサに、癒しの乙女と教会を調子づかせ、派手に動いて貰って証拠を掴みやすくして一網打尽にする好機だと」
「なっ……」
「今、キミの生家では現教会を潰す総仕上げに取り掛かっていると聞く。
フェリシティ様が直接動かれるそうだよ」
「お母さまが?
それは……血の雨が降りそうですわね……」
「自らの弱みを突かれたウィリーはともかく、キミにまで辛い思いをさせるとわかっていても、これが上手くいけばあっという間に片が付く、その魅力にどうしても抗えなかった」
「……」
「本当にすまない、フェリシア嬢。
でもあともう少しで終わるんだ。だからもう少しだけ耐えて欲しい。ウィリーの事はなんとかするから、どうかあいつを見捨てないでやってくれ」
「わたしに何か出来る事はありませんか」
「何も。何もしないでくれ。
キミのお母上に言われているんだ、キミは猪突猛進タイプだから何をしでかすかわからない。そこを教会につけ入れられるとキミ自身の身が危ない。
だから事が全て終わるまでキミには何も知らせないはずだったんだ。
でも……魅了に抗ったウィリーを見て、あいつにキミを失わせてはいけないと思ったんだ」
「アルバート殿下……」
なんということだろう……。
まさか殿リリのイチャイチャに、
こんな壮大な政治的思惑が絡んでいたとは。
でも、これで合点がいった。
なぜ殿下の態度がリセットされたのか。
リリナ様に魅了魔法の上書きをされたのだろう。
今までの殿下の様子を鑑みると、
もしかして魅了魔法は完全にはかかってないのだろうか。
もし魅了が完全にかかっているのなら、
殿下はリリナしか眼中にないはずだから。
わたしと共に生きてゆきたいと言ってくれたあの言葉はやはり本心であったと思うから。
でも……私が許せないのはやっぱりリリナ様だ。
禁忌の術を良心の呵責もなく用い、ウィリアム殿下の体質につけいった。
許せない……。
何もするなとは言われたけれど、
わたしにはわたしの、出来る事があるはずだ。
わたしは負けない。
ウィリアム殿下を絶対に取り戻してみせる。
反撃だ。
わたしは一人、決意を固めた。
今作では大人しめのフェリシアですが、
本編では街へ行ったり体当たりで告白するほど肉食だったり。
次回からはそんなフェリシア本来の姿を書けたらなぁと思っております。