別れ?
今日はずいぶんと人が多い。他省庁の人も来ているようだ。何かあったのだろうか?
いや、『何か』はわかっている。リナたちの実験が終わったのだ。それはつまり、勇者サフィニアの帰還を意味する。今日がその日なのだろう。
(というか、私は身元引受人だったはずなんだけどなぁ… 何も知らされてないんだよなぁ… 忘れられてるのかなぁ…)
クラスに一人はいる『知ってると思ってた』で誰にも教えてもらえないやつ。私はそういう部類ではなかったはずなんだけどなぁ…
そんなことを思いつ、とぼとぼ歩く。こんな精神状態じゃ今日もあんまり仕事は進まなそうだなぁ… などと考えため息をつくと
「おや、サクラくんじゃないか。久しぶりだね」
と声をかけられた。後ろを振り返ると、そこにいたのはなんと総理大臣ではないか!?
「ふぇ!? ヤナギ総理!? お、お久しぶりです!」
あわてふためく私に、落ち着きなさいと笑顔で気を遣ってくださる。
「いろいろ大変だったね。もっと早くに労ってあげるべきだったんだけど、私も何かと、ね。まぁ、全てはこれからだ。お互い頑張ろう!」
そう言って総理は右手を私の左肩にポンと置く。その手は熱く、力強い。不思議と私もやる気がこみ上げてくる。そうだ、総理は何故ここに? やる気と共に冷静な思考が駆け巡る。全部聞くチャンス!
「あの、総理!」
意を決して質問をしようとすると
「あ! おいこらバショウ! お前なー」
バショウ大臣を見つけた総理は、そう声をあげて小走りに立ち去ってしまった。あぁ…せっかく溢れ出たやる気が乾いた砂に撒き散らしたが如く消えていく…
(もういいや。さっさとデスクに行こう。今日は資料整理だけちゃんとしよ… どうせ何かあるなら仕事なんてまともに出来るはずないし…)
自分のデスクに着いてふと外を見ると、報道陣も多数来ているのが確認できた。この数、政権交代やビックカップル結婚の時以来だ。つまり、それクラスの事があるのだろう
今でも私は後悔している。何故この時、私はネットニュースやSNSを見なかったのだろうと。そんなことも頭から抜け出るくらいに私は… あぁ…
そうこうしているうちに、何の事かもわからないまま大臣に呼ばれ、この建物で一番大きな部屋、第一会議室へと連れられた。そこは既に報道陣で埋め尽くされており、部屋の奥左には総理を始め政府高官が関係者席に、奥右にはサフィニアとサントリナ、そしてカドマツと同じく開発部のスギさんがいた。そして何かしらの機械が設置されている。おそらくあれが研究の成果なのだろう。私は大臣のあとを歩く。モーゼの十戒の海ように報道陣が割れる。普段の精神状態なら、さぞ気持ちよかっただろう。
「それでは始めさせていただきます。まずは…」
と司会らしき人の声が聞こえる。
(あ… 山ちゃんだ… あとでサインもらえるかな…)
不思議なものだ。さっきまでは「いったい何が?」と思っていたのに、今はもう何も耳に入らない。心外である。よもや、迷惑極まりないとさえ思っていた勇者の存在が、自分の中でこんなにも大きくなっていたとは。親友でも恋人でも、ここまではなかった。ふと隣を見ると、その勇者様は相変わらずの自信満々で力強い笑顔である。帰れるのが嬉しいのだろう。私の存在など所詮その程度のものだ。あぁ… なんと悔しいことか。
「それでは続きまして、今まで勇者サフィニアを支えてきたサクラ担当官に一言お願いしたいと思います」
司会者の声で一斉にカメラが私しか向けられる。一瞬何が起きたかわからなかった。考えが纏まらない。でも何か言わなきゃ。でも考えが纏まらない…
「あの、あまりに突然のことで… そもそも、出会ったのも突然で… 今でも、これまでのことは… これまでのことは… 夢のような、いや、悪夢のような…」
ウケを狙って言ってるわけではない。が、私たちの事情を知る人からすると、思わずクスクスと笑ってしまう人もいるようなものだったようだ。その笑い声でさらに思考が混乱する。
「私は… 」
報道陣の一部がざわつき、カメラのフラッシュが一斉に光る。机に置いた手の甲に水滴が落ちる。
(え? 何? 私の… 涙? 私は泣いているのか…?)
そんな私の背中をサフィニアが軽く叩く。お互い顔を見合せる。そして
バウ~ン… ジジジジ…
ラジオの周波数を合わせる時のような雑音が響き渡る! 設置されている機械、それが急に起動したのだ。そして、その機械には画面があり、何かが写ろうとしている。
「あーあー聞こえるかな? おーい? む?通じていないのか?まだ早かったか?」
初老の男性の声? サフィニアが目を輝かせ、サントリナが右手を顔にあてため息をつく。それを尻目にカドマツは無表情で機械を起動させた。
会場が「おおっ!」と盛り上がる。画面にはどこかの王様の姿が写し出された。
「我が王よ!!」
「おお!勇者サフィニアよ!!」
あれ? 王様? どういう状況? この機械って転送装置とかじゃないの?
(これ、サントリナと開発した異世界との通信機な)
カドマツが耳元でこっそり教えてくれた。
はあ!? じゃあ今日のこれって、勇者帰還のお見送りじゃなくて、異世界との初交信の生中継ですか?
一気に力が抜ける。
「え? お前、帰るんじゃないの?」
サフィニアに聞くと「ん?なんでだ?」と不思議そうに返し、直ぐに王や報道陣の対応に戻る。後から聞いた話だと、ニーレンベルギア王が私を労ってくれていたらしいが、茫然自失状態だった私は「はあ、どうも…」くらいしか反応出来なかったらしい。王には申し訳ないのだがそれよりも、さっきまでの私の感情の起伏。思い返すのも憚られるくらい恥ずかしい。私の涙、返して…