宴も酣《たけなわ》
「知ってたのか? 大臣のこと…」
「孤児院に寄付してくれてる人がいるのは知ってた。それがバショウ大臣かもしれないって思ったのは、大学に行ってからかな。就職とか選挙とか、その時になんとなく気になって調べてみたんだ」
知った上でこの省に来ていたのかと、カドマツは驚きを隠せない。多額の寄付の理由、それを考えればその可能性にも行き着くはずだと。
「私が知っているのはそのくらいだよ。孤児の私が人並み以上に生きられる環境をくれた。そして、今も似たような人たちのために働いている。だから、そんなあの人の、恩人の力になりたいって思ったんだよね。正直な話、私よりずっと関係が深いっぽいお前に嫉妬すらしたもんだよ」
そう言ってサクラは苦笑いする。すると、一呼吸おいてカドマツが深いため息をつく。
「俺はお前に嫉妬している。バショウは俺にとっても恩人だ。だが… いや、やめておこう。とにかく、あいつはお前のことで頭がいっぱいだよ。俺の感謝の気持ちすら届かないほどにな」
酒の勢いのせいだろうが、こんな拗ねた子供のような顔もするんだなと、ついまじまじと見てしまう。
「てか、感謝してるならさ、ちゃんと伝えろよ。思うだけじゃなくてさ」
「………今さら、恥ずかしい」
「めんどくさっ!」
「私が先程『彼も君が?』と問いたのは、それだけカドマツ氏がバショウ殿に御執心だからだ。恩義と忠義の精神、なかなかのものであるぞ?」
バショウは盃を置いて両手で頭を抱え込む。
「はあぁぁ~ ほんとに私は愚かだねぇ。他人に指摘されるまで、一番長く共に過ごして来た身内の心情も読み取れないとは。召喚士としても政治家としても失格だよ…」
「いやいや、この私を召喚してみせたのだ。マスターは間違いなく一流の召喚士であるぞ。この世界の政治家としての裁量はわからんがな」
サフィニアはそう言って高らかに笑う。バショウもつられて笑い、互いに酒を注ぎ合い、再び乾杯をした。
ささやかな宴は続く。
ドンッ!!
大きな音と光が結界を破り、白銀に輝く光の柱が異世界召喚省の屋上に立ち上る。
「何事か?」
サフィニアがバショウをチラリと見る。バショウは汗を一筋流しながら首を横に振り、臨戦態勢に入る。
ピピピピピピ…
「何? 電話?」
「いや、これは魔力反応! しかも、かなりデカイ! 場所は… 異召省!?」
カドマツがそう言うと、二人ともコートを掴んで店の外に出る。
「オヤジさん、ツケだ!」
二人とも異召省へ向けて走り出す。酔いも満腹感も忘れて全力疾走…
するも、運動不足もあり、直ぐに立ち止まり嘔吐く。二人とも袖で口を拭き、再び走り出す。先程とは比べ物にならないスピードの遅さ。目も座っている。
「………タクシー、つかまえよう」
光の柱が徐々に収束し消える。そこには人間と思わしき姿が一つ。さらに集中するバショウ。しかし、サフィニアは逆に警戒を解いた。
「ん~? おい、もしやお主…」
心当たりがあるのか?とバショウもやや警戒を弛める。人影がこちらに向かってゆっくりと歩いてくる。
「もしやお主、じゃあないであります。やれやれでありますわ。妾がどれだけ苦労したと思っているんでありますか?」
よく通る高い声。女性のようだ。
「やはりサントリナか! 我が盟友にして、敬愛する国王より白金賢王の称号を与えられし大賢者サントリナ!」
「相変わらず、いちいち説明臭いでありますわね。我が盟友にして千年一人大勇者の称号を与えられし勇者王サフィニア。お元気そうでなによりでありますわ」
腰の辺りまである綺麗な銀髪を揺らしながら、一人の女性が歩み寄る。二人の会話を隣で聞いているバショウだが、さすがの彼も話の内容に困惑している。
「ええと…」
「聞いての通りだ。迎えのようだ。それとも、私の二つ名の方かな? 言っただろう。私を召喚したのだから一流だとな!」
我ながらとんでもない者を召喚したものだと、喜び呆れ項垂れる。やはりこの世界は面白い。私の思惑など、遥か斜め上にぶっ飛んで行く。
少しの会話の後、サクラとカドマツが到着した。やはり困惑する二人にサフィニアが言う。
「安心するがよい。我が盟友サントリナだ。私を迎えに来てくれた!」
ああ、と納得するカドマツの横でフリーズするサクラ。5秒程固まり、そして叫ぶ。
「はいーーーーっ!?」