歴戦の勇者だからね
異召省、他の省庁とは見た目から異なる古びた建物。当時はまだ珍しかった、魔力に関する研究施設を買い取り改築させて作られた。そう、当時はまだ珍しかった。というよりも異世界の存在や魔力がほとんど認知されておらず、召喚被害者も法律上存在していなかった。召喚されていった者も、されて来た者も…
その省の屋上、昼休みにバレーでもやれそうな広さの空間に男二人。大臣と勇者。レジャーシートを敷いて屋上のど真ん中に座り込む。
「いやいや、すまないね~ 何しろマイナーな部署だから安月給で。でも、ここは眺めもいいし、周囲にはこちらを覗き見れる場所もない。安酒を揃えて無礼講で飲むには最適なところなんだよね~」
「うむ。盗撮、盗聴、張り込みに潜入、ほぼ不可能だな。おまけに結界で魔力による介入も不可。我が公国の重要施設並であるな。他の省庁とは一線を画す」
二人の視線が交わる。お互い笑顔だが、目が笑っていない。相手の出方を伺い、直ぐにでも攻撃に転ずれるように… そんな空気を発していた。
「いや、探り合いはやめよう。せっかく無礼講と言ってくれたのだ。素直に受け入れ、素直に問いかけるのが一番。それに…」
「それに?」
「はやく飲みたい! そのツマミは何だ? すごく美味しそうじゃないか!」
直前までの張りつめた空気が嘘のようにほんわかムードになる。
「はっはっは~ 私イチオシの一品だよ。ぜひ食べてみてくれ」
しばしの御歓談。互いに持ちよった酒とツマミの品評会。オッサン二人の宴が続く。
「へぇ、個室なんだ~」
ほぼ同時刻、サクラとカドマツは、カドマツ行きつけの居酒屋にいた。
「オヤジさんが優しくてね。一人の時も使わせてもらってる」
コートをハンガーにかけながら会話をする。チラリと目に入るオススメのメニューに心引かれ、サクラのお腹がくぅと鳴る。それを聞いてカドマツはいつものように呆れた顔をする。仕方ないだろと言うと、フッと笑いながら先ずは注文してしまおうとカドマツが座る。せり鍋、美味しそうだなぁ♪
「なんと、そんなお値段でこれが!? むむぅ、やはりこの国、侮れん!」
「これを見つけるまでは外れも引きまくったよ~ 安月給は困るけど、ならではの出会いだねぇ」
「いや、月給は安くはないだろう。手元に金が無いのは寄付をしているからでは? そなたは自身に責任を感じすぎている」
大臣の顔が一瞬真顔になる。そして直ぐにいつもの柔らかい顔に戻る。
「知っていたのかい?」
「皆の素性や発言、世界の状況、いろいろ考察して先程確信したのだ。もしや、いや、やはりとな」
バショウは参ったなという顔をする。そして頭を掻きながら話す
「数人しか知らない機密事項だ。内密に頼むよ」
「賄賂を頂いてしまったからな。それにマスターの命だ。秘密は守ろう」
勇者はニヤリとして盃を掲げた。
「お前はいいよなぁ。人助けして走り回っていてぇ。俺はぁ、大臣に無理難題言われまくりでぇ。ほんとはもっと違う研究だってしたいのによぉ…」
意外や意外。カドマツがこれ程に酔いやすく絡み酒だったとは。しかも、ほんとに愚痴。しかも大臣の。
「私は、お前は得意なこと、好きなことで仕事をしているんだなと、大臣からも信頼を得ているようで… 羨ましいなって思っていたよ。だから、まさか愚痴られるとはね」
その言葉に反応したのか、こちらをじっと見つめてくる。え?何?と酒を飲むコップの手が止まる。
「むしろ逆だな。バショウが気にかけてるのはお前だし、信頼されてるのもお前だ」
そう言ってコップの酒を飲み干して追加の注文をする。サクラは一呼吸おいて、器に残っていた鍋の汁を飲み干して応えた。
「じゃあ、孤児院に寄付していたのは、やっぱり大臣なんだね」
「察しの通り、君を召喚したのは私だよ。そして、かつてあの子を召喚したのも私だ」
「未熟さ故の召喚事故か。サクラは異世界人だったのだな」
バショウはコクりと頷く。
「異世界より傑物を召喚し、この世界を治めてもらおう。そんな若い召喚士の浅はかで歪んだ願い。それが一人の子供の人生を狂わせた。まだ赤子と言ってもいい年齢。私は無我夢中で知り合いの孤児院に走り、あの子を預けた。そして、罪悪感から逃れるために寄付を続けた」
「その後、政治家になり同じような者たちを救おうと奔走しているわけだな。カドマツも異世界人のようだが、彼も君が?」
サフィニアの言葉に驚くバショウ。
「そこまで気づいたか。まったく、君は恐ろしいな」
「歴戦の勇者だからね。推理と考察は歴代トップと自認しているよ」
「いやはや、感服だよ。彼は別の事件の召喚被害者だ。私が身元保証人になり、その知識を利用しようと部下にしたんだ。いつかは彼にもちゃんと謝罪しないとねぇ」
「その必要はないだろう」