第一王子アラン
ユエルを皮切りに私は今まで目をつけて軽く意地悪してきた子達全てに土下座した。本格的に虐めていた子は学園を辞めてしまったので、もはや取り返しはつかない。
次の標的にしようとしていたのがユエルだったので、ユエルに一番初めに謝罪した、というわけだ。
もはや学内で、エリナの「植物園呼び出し」は有名になっていた。エリナが目をつけてきた子達が次々と植物園に呼び出され、嬉しいような腑に落ちないような不思議な顔で帰ってくる。その異様な光景はたちまち噂となったが、帰ってきた子は皆、そこで何があったかは喋らない。
まさか公爵家の令嬢が地べたに頭擦り付けて謝ってきた、なんてエリナの名誉のために言えないからであるが、今まで敵対していたエリナの名誉を考えてくれる優しい子ばかりである、ことが判明してとても感動した。
そうしてお礼参り、ならぬ謝罪参りをやっと終えた日のことだった。
私はユエルに出来るだけ威圧的にならないように、優しく話しかけ続け、ドキドキ♡友達大作戦を決行中であった。
「ユエル、おはよう」
「あっ、エリナ様、おはようございます」
私より身分の低いユエルは、どんなにお願いしても様付けはやめてくれなかった。仕方のないことといえばそうだけれども。
はじめはびくびくしていた彼女も今ではだいぶ慣れたようで、普通の顔で返してくれる。できれば、普通の顔から、笑顔になってほしい。
「ユエル、今日のお昼休みは何か用事があるかしら?もし何にもなくて暇だったら私と一緒に食堂へ行かない?あっ、もし既に他の方とお約束があるならそちらを優先してね」
「エリナ様、ほんとに変わられましたね…」
「私は生まれ変わったのよ。もう誰にも迷惑はかけたくないの」
そんな時、ざわざわ…と周囲が動揺の波に包まれる。
何事か、と周りの生徒の目線の先を追うと。
プラチナブランドのさらさらした髪。
赤く燃えるガーネットのような瞳。
高く美しい鼻梁と形の良い薄い唇。
すらりとモデルのように長い足を進ませる、一人の美青年。
うわっ。出会ってしまった。
思わず顔を顰めそうになるのを堪えながら、出来るだけ視線が合わないように横目で見る。
彼こそが、このゲームの攻略対象の一人、第一王子のアランだ。
典型的な俺様性格で、学園内では生徒会長を務めている。学外でも学内でも権力ナンバーワンといったところだ。このゲーム、ヤバゲームなのでアランにも裏設定があるのだが…
「エリナ、婚約者のくせに俺を無視しようとしたな?」
そのプラチナブロンドのイケメンはつかつかと私のほうまで歩き、そして気に食わなそうな顔で私を見下ろした。
「アラン様、ごきげんよう。無視しようだなんてそんなことございませんわ」
「いつも視界の端に捉えたら一瞬で駆け寄ってくるお前が来ないばかりか、そっぽを向いた。どう見ても無視しようとしているだろ?何かやましいことでも企んでいるのか?あぁ、最近噂の植物園呼び出しとかいうやつと関係しているのか?」
アランが植物園呼び出し、と言いながらユエルをちらと見やる。
その瞳は冷たく、何を考えているのか分からない。
あー私二次元では俺様って攻略しがいがあって一番好きだったけど、リアルになると、あんま好きじゃないな。なんかめんどくさそう。
「やましいことは何も。少しばかり、女同士の秘密の話をしているだけですわ。ね、ユエル?」
「ぁえ!?あ、はい」
出来るだけ注意を自分から逸らしたくてユエルに話を無茶振りする。ごめん、ユエル。私のこと嫌わないでね。
「ふん、まぁいい。お前の心境にどんな変化があったかは知らないが、俺には関係のないことだ」
そう言って踵を返す王子は、王子見たさに集まった人だかりを割くようにして去っていく。
「はぁ〜緊張したぁ」
「アラン様はエリナ様のご婚約者でいらっしゃいますよね?それでも緊張されるものなんですか?」
「えぇ、ちょっとね、好感度がね」
「?」
アランは俺様系なのだが、このヤバゲームでは、一番好感度変化によって多数のエンドを生むキャラだ。
プラスにしても、マイナスにしても、何かしらのルートフラグを踏むことになる。
つまり、平穏に行きたければ、好感度5くらいの、顔を知ってる他人くらいの好感度を保つのがいいはず。
好感度によるルート分岐が悪役令嬢である私にも適用されれば、の話だが。
夏に転校してくる主人公の一生懸命な姿に俺様王子のアランは次第に興味を惹かれていき、その冷たい心を溶かしていく。その途中沢山の初見殺しイベントがあるのだが、最終的には、現婚約者のエリナは婚約破棄を言い渡され、居た堪れなくなったエリナは国外へ逃亡する、というシナリオだ。
このルートの良いところは一つ、エリナは死なない。という点だ。
婚約破棄は正直どうでもいいし、国外にも良いところは沢山あるからむしろ歓迎だ。ただ、主人公にアランルートを辿られると、道中で主人公に死亡リスクがあるので、そこだけが心配。っと他人の心配してる余裕はないか。
「で、ユエル。今日のお昼、どうかしら?」
「え?あ、はい。ご一緒させていただきます」
今は俺様王子のことよりも友達作りが優先だ。
せっかく転生したのだから、友達の数人は欲しい。前世では友達とは社畜になってから皆疎遠になってしまって、寂しかったから。
それに、まだ主人公がくるまでは平気なはず。
と、思っていた私が甘かったことはのちに知るのだった。