初めての謝罪
私、エリナ・アインツは身震いしていた。
それもそのはず、これまで重ねてきた数々の悪行を皆に謝らなければならない。いくら前世を思い出して人格が改まったとはいえ、過去は変えられないのだ。
いままで罠に嵌めてきた女の子たちのほとんどは退学してしまったので謝るすべがない。
本当に申し訳ないことをしたと思う。私が今こうして生きていられるのは貴族であり護衛があるがゆえだ。じゃなきゃとっくに夜道で刺されてる。
そして今は4月のおわり。この乙女ゲームの物語が実際に始まるのは夏から、主人公が転校してきてから、なので、まだ主人公には会っていないのでセーフだ。
しかし主人公に嫌がらせをするエリナは最終的に、主人公を慕うモブ生徒に突き落とされて死んだり、王子に処刑されたり、事故で消息不明になったり、いろいろと死ぬ。
そのフラグを全て折るのも大事だが、まずは自分の気持ちとして、今までの行いを悔い改めたかった。
「えっ、あれってエリナ様…?」
「なんかいつもと雰囲気違う…」
「しっ、聞こえたら何されるかわからないわよ」
私が通った後に聞こえるヒソヒソ声。
皆一様に驚いた顔をしている。それもそのはず、今日の私は見た目からして一味違うのだ。
いつもの派手な色のドレスはやめ、紺色のワンピースにした。
そして、ひっつめて頭の高いところで結んでいた髪は下ろし、緩く編み込んだ。ポニーテールは顔を全体に釣り上げるので、きりっとするが、エリナの顔だと目つきがキツくなるのだ。私、今まで自分の美しさにあぐらをかいて、努力と研究を怠ってきたのね。
メイクも目尻を強調したものから、出来るだけ丸く優しい目元になるように心がけてしてもらった。
マリーはこの服装とメイクに本当に嬉しそうな顔で、お美しいです、と言ってくれたので、きっと似合っているに違いない。
私は4月から通っているこの学園、コルニカ王立高等学園の一年生でありながら、すでに学校の女王のようなポジションだ。
皆恐れをなして遠巻きに見てくるだけで、できるだけ近寄ろうとしない。
私は探していた人物の後ろ姿をようやく中庭で発見した。
「そこにいたのね、ユエル」
ユエル、と呼ばれた少女は肩まで伸びたふわふわの栗色の毛をびくっと揺らしながらおそるおそる振り向いた。
できるだけ優しい声色で呼びかけたのに…私の声、怖いのかしら?
「エリナ…様?何か御用でしょう…か?」
最後が少し素っ頓狂な声になっているのは、エリナの風貌のせいだろう。
いつもと全然違うエリナに戸惑ってはいるが、その警戒と怯えは手にとるようにわかった。
「ユエル、あなたに話があるの。ちょっと植物園まで来てくれるかしら?」
ユエルな可憐な美少女だ。
しかしエリナはそばかすのある彼女が、王子と授業でたまたまペアを組んだのが許せず、嫌がらせやパシリ行為をした。
ユエルはきっと、今度は何されるんだろう、と戦々恐々だろう。
ほんっとうに申し訳ない。
今すぐ全力で謝りたかったが、公爵家の長女、そう安安と頭を下げるのはお家柄的にできないのだ。
だからこっそり呼び出して、全力で謝る。
「断りたいけど断れないよ…わかりましたエリナ様、参りましょう」
前半の本音が漏れ出ているのが気になるが、気にしないことにして、ユエルと共に植物園へと向かう。
取り巻きたちがついてこようとするのを制して、さらに植物園に誰も入れないように、と釘を刺した。
ユエルの顔はもう真っ青だ。無理もない。恐ろしいエリナと二人きりにされるのだから、とびきり恐ろしいことが待っているに違いないと思うだろう。
植物園のさらに奥、大きな木の葉が周囲を隠すエリアまで無言でユエルを連れて行き、そして対峙する。
ユエルはもはや極寒の中の生まれたての子犬のように震えていた。可哀想に。
「ユエル」
「な、なんでしょうかエリナ様」
震える声を絞り出す彼女は本当に怯えた顔で私をじっと見つめる。
あぁ、なんてことをしたんだろう私は。
後悔の念に苛まれながら、私がゆっくりと息を整えた。
そして、私は。
「今まで酷いことして本当に申し訳ありませんでした!!!!!」
私はジャンピング土下座した。