覚醒した悪役令嬢
落ち着いて、整理しよう。
私はエリナ。前世の名前は宮原絵里だ。
なぜ急に前世なんて馬鹿げたことを言い出したかって?
そりゃ、階段から落ちると言う臨死体験でなんか、うまいことなったんでしょう。
とにかく、私にはエリナである前の記憶がある。
しがない社畜で、毎日会社と寝床を往復するだけの日々だった。
私は夏の暑い日、熱中症になりふらついたところで階段から落ちたところで記憶はとんでいるので、きっとそこで死んだに違いない。
正直あまりそこに未練はない。社畜の人生など、特に戻りたいとも思わないからだ。
問題は今生きている今世だ。
私は確か…
「あ、あの…エリナ様?さきほどからぶつぶつと何かを呪文のように呟いていらっしゃいますが、ほんとにもうどこも痛くないのですね?」
心配そうに、愛らしいメイドが私を覗き込む。
「ええ、大丈夫よマリー、ありがとう」
「エリナ様がお礼を!?」
マリーが驚きのあまり口をあんぐりさせながら数秒固まる。すぐに我に戻った彼女は、では、しばらくお休みくださいませ。私はお部屋の外で控えておりますので。と言って、下がっていった。
そう…そうなのだ。
マリーの反応。お礼を言っただけであの驚きぶり。
それもそのはず、私は悪役令嬢のエリナなのだ。
ババーン。と効果音でもつけたくなるくらいだが、そんなことも言ってられない。
私はエリナ。エリナ・アインツ。
そして、この見た目。
まだ持っていた手鏡には、アーモンド形の薄青の瞳、筋の通った鼻、薄く整った唇、長い金色の髪は頭の高い位置できっちりと結ばれている。
その顔には見覚えがあった。
なぜなら、この顔に何回ゲームオーバーさせられたか…。
忌まわしき顔を忘れるわけがなかった。
エリナ・アインツ。アインツ公爵家の長女。意地の悪い性格と狡猾な頭脳で主人公を陥れる、恐ろしいラスボス的存在。
私が社畜時代に唯一の癒しとしていた乙女ゲーム「花たちは微睡みの夢で」の悪役令嬢だ。
悪役令嬢といえば大抵のゲームで悲惨な末路を辿るのが定番だが、このゲームは一味違う。
初見殺しの選択肢でさまざまなバッドエンドが存在するのだ。そう、悲惨な末路を辿るのは悪役令嬢だけではない場合が多々ある。
これはヤバゲームなのだ。
乙女ゲーとは思えない恐ろしい展開に全プレイヤーが衝撃を受けた問題作。
その、悪役令嬢に転生してしまったのだ。
前世の記憶を突如思い出し、性格が限りなく前世寄りになったわけだが、今までの悪役令嬢らしい過去は消せるわけではない。
傲慢で、自己中心的で、狡猾で、人を馬鹿にした性格。
今までマリーにも辛く当たってきたし、もう思い起こせば胃が痛くなるばかりだ。
はぁ、どうしよう…。まずは今の状態で登場人物の好感度を確認しないと。
「マリー、いる?」
「はい、お嬢様」
部屋の中から声を上げるとすぐに外から声がかえってくる。こんな性悪な女に大人しく仕えるなんて、なんて健気なメイドなんだろうか。
「マリー、部屋に入ってちょうだい」
失礼いたします、と扉を開けたマリーが部屋に入らないうちから口を開く。確認したいとこが山ほどあった。
「今は4月の終わりよね?私が学園に入って1ヶ月が経った」
「ええ、仰る通りでございます」
「私の成績は優秀。学園での地位も高く、王子たちとも親交がある」
「?その通りでございますが…」
「よし、決めた。明日学校で皆に謝るわ」
「かしこまりまし…えっ!?」
マリーが目を見開く。
それはそうだろう。今まで高慢で鼻持ちならなかったお嬢様が急に、皆に謝るとか言い出したのだ。
頭がイカれたと思うのが自然だろう。
「エリナお嬢様?一体どのようなお心で…?」
「私、いままでほんっとに最悪なやつだったわよね。だから謝らなきゃと思って。謝って過去が無くなるわけじゃないけど。マリーにも今まで辛く当たってごめんなさい」
「おおおおお嬢様!?謝らないでください!エリナ様にそんなことをされてはメイドとしての立場が!」
マリーは本当にいい子だ。
そう確認し、笑顔になった私は、いいのよ、とにっこりしてみせた。
その夜、どうしても一人で風呂に入りたいとマリーに頼みこみ、前世と、今までの今世での所業を思い出す。
王子たちには沢山気持ち悪い媚を売ってきた。
ライバルになりそうな女の子たちには沢山嫌がらせをしたり、罠に嵌めたりした。
逆らえない女の子たちを侍らせて女王を気取っていた。
あああああ、どう考えても私が悪い。
自己嫌悪し、いくら生まれ変わったからとはいえ、性格悪くなりすぎだろ…と自分で自分に呆れる。
はぁ、と深いため息をつきながら、風呂からあがり、ふかふかのタオルで長い金髪をとって鏡の前に立つ。と、そこにいたのは私の知ってるエリナではなかった。
エリナは鋭く釣り上がった目つきが印象的な冷酷な美女だ。
しかし、どうだ?髪を洗ってメイクを落としたその顔は、年相応にあどけなく、目つきも優しい。
あー。
女って髪型とメイクで如何様にもなるのよねぇ。