『神様! 俺にチーレムを下さい!』『……そんなにモテたいの?』
俺は童貞のまま死んだ。
「女神様! 俺、モテたいです!」
「そうですか、頑張って下さい」
「頑張ってじゃなくて! 女神様! 俺モテたいのお!」
「童貞メンドクサぁ」
目の前の色っぽい女神様は、なんかウンザリした顔でノリが悪い。あげていこうよ?
「いや俺の転生の話なんすよね? もっとちゃんと気を入れて話をしましょうよ、ね?」
「いえね、もっとこう人類愛とか隣人愛とか、世のため人のためというのなら私も気合い入りますけどね」
綺麗な女神様は、はぁ、とため息つく。色っぽいです。
「欲求丸出しでゴネ得狙いのようなのは、ちょっと」
「そんな女神様あ、だって俺の次の人生がどうなるかなんだから、そりゃ力も入るってもんですよ」
死んだ後、俺はこの女神様の前にいた。で、俺の次の生まれ変わりの相談に乗ってくれるという。有り難いけど、俺の話も聞いて。ちゃんと聞いて。
「ところで、俺の死因というのは?」
「手術ミスですね」
「あはははは、いつも間が悪い人生でしたけど、人の手違いで死ぬなんて実に俺らしいですね」
「え? 笑うとこ?」
「え? 生き返れないのなら、もう終わったことですから、笑うしかないでしょ?」
そしてこの女神様から次の転生先の希望を、とりあえず言ってみて、という話になり、俺は素直にモテたぁい、と言ってみた。
「モテてモテて可愛い女の子とイチャイチャしたいです。ムニャムニャもしたいです。そのためにイケメンにしてください」
「あのですね。だいたいモテたいというのは、顔の話だけじゃ無いんですよ? 一緒にいると楽しい、性格がいい、頼り甲斐がある、信頼できる、トークが上手い、とかいろいろあるでしょ?」
「あ、そのあたり俺は全部ダメですね」
「もうちょっと頑張りましょうね」
「だって頑張ってもキモイと言われて終わったんですよ? 俺ってば。婚活パーティでも詐欺に騙されて、なけなしの貯金は全部奪われたし。俺の努力なんて無駄ですよ?」
「なんというか、ご愁傷さまです」
「はい、憐れんで下さい。なので、次の人生は苦労せずにモテたいです。あれですよアレ、チーレムがいいです」
「チーレム?」
「そう、チーレム」
女神様は首を傾げる。
「チーレムって、なんですか?」
「解説しよう! チーレムとは!
チーレムとはチートでハーレムを略した言葉である。
チートとはゲームのデータを改造し、自分に都合のいい状態を作り出して遊ぶことがもとになっている。
そこから本人の努力で手に入れたものでも無く、苦労して身に付けたものでも無く、棚ぼた的に運良く手にしたスゴイ能力のことを指してチートと呼ばれるようになった。
ハーレムとは、もとはトルコ語だが、イスラーム圏の文脈や後宮の概念から離れ、男性が多くの性的パートナーを持つ状態を、ちょいと不道徳なニュアンスと共に意味する状態のことを言うようになった。生物学においては一夫多妻制のコロニーを意味する。
ハーレムとは物語の中で一人の男性に好意を寄せる女性が何人もいる状態のことを言う。
つまり、チーレムとは、なんの努力もせずに運良く手にした能力で、多くの異性にモテまくることを言うのである!」
気合い入れて解説したら女神様に呆れられた。
「なんというか、身も蓋も無いですね」
「チーレム反対派の人は、本人の人格も性格もどうかと思うのに、運だけで手に入れた能力でモテる男が気に食わないとか、その能力だけ見て男にホレる女がどうかしている、という意見もあったりします」
「私もそう思います」
「一方で人の欲とは、できれば苦労もしたく無いし義務も責任も負いたくない。宝くじ的に運良く自分だけ美味しい思いがしたい、というのは否定できないものです」
「欲望むき出しは引かれると思います」
「そう言われてもですね、結果のためには手段を選ばず、手段に夢中になって目的を見失うのが、人間らしさというものですから」
「どういうことですか?」
「子供は欲しく無いけどエロいことはしたい、というのが人間です」
「業が深いですねえ」
「いやあ、それほどでも」
「褒めて無いです」
「でも、建前をひっぺがしたらそんなもんでしょ?」
「つまり、なんですか? そのチートがあって、ハーレムになるくらいモテたい、と」
「恥ずかしげもプライドも捨てて言えば、その通りです」
「そういうところだけ男らしいですね」
「ははは、二重の意味で男らしいでしょ? 男前と呼んで下さい」
「オス臭いです。その性格を直したらモテるんじゃ無いですか?」
「そのためには脳の手術でもした方がいいんですか? 頭蓋骨に穴を開けたりとか」
「モテるために努力する気は無いんですね?」
「昔はありました。でも燃え尽きました。今は努力せずに楽してモテたいです」
「潔い言い方ですね。生き方としてはどうかと思いますが」
「いろいろと取り繕って我慢した生き方してきて、それが人の手違いで死んだら、次はもうちょっと好き勝手しようかな、と思いまして」
女神様は深く息を吐く、そんな仕草も色っぽいです。女神様は手に持った本に視線を移します。
「とりあえず探してみますよ。チートな能力で異性にモテまくりの人生、と」
女神様の本が勝手にパラパラと捲られていく。
「えーと、努力もせずに何故かモテる人生は、と。そんな都合の良いものが……」
「女神様、やる気出して、俺のチーレムのために」
「あなたの願いを叶えていいのか、悩みますね。と、あ、あった」
「ありましたか! よっしチーレム、チーレムう!」
「特別な能力で異性にモテモテライフ、ありますね。しかも日本で」
「日本で? 戦国時代ですか? 一夫多妻の?」
「あれは正確には一夫一妻多妾ですよ。チーレム、日本のわりと近代にありますね」
なんだろ? 牛鍋チェーンの、いろは屋かな? 自分の愛人に店舗を任せて、い店から順番に、ろ店、は店、と、いろはにほへとと増やしていった、日本のチェーン店の元祖の。
「特に何もしなくてもモテモテに、めんどうなことは全部回りの人達がやってくれます。食っちゃ寝暮らしでハーレムですね」
「最高じゃないですか! じゃ、それでお願いします!」
「はいはい、では、転生、と」
そして俺は生まれ変わる。
俺の新たな人生が始まる。
「ンモ~~~~」
人生違った。牛生だった。
俺、牛になりました。
「よーしよし、元気に大きくなったなあ」
はい、成長しました。おいちゃんが俺の面倒を見てくれるおかげです。
だって俺、家畜だし。
うん、確かに面倒なことは回りの人がやってくれて、食っちゃ寝生活だ。俺、家畜だから。
食われるまでは呑気な暮らし? 時代的に俺の暮らしてた時代よりも昔みたいだけど。畜産も近代化されてない、のんびりした感じだし。のどかな農家。
「いっぱい食べて大きくなれよー、田尻号」
「ンモ~~~~」
名前をつけられて呼ばれてる。
俺の名前は田尻号。ただの牛だ。
◇◇◇◇◇
『田尻号』
日本では江戸時代まで、牛とは食用ではなく農耕用だった。
明治初期、日本は文明開化とともに牛肉を食べる食文化が広まった。
小柄な日本の牛を外国の牛のように体格の良い牛にしようと、品種改良が行われる。
しかし上手くはいかず、品種改良の失敗から和牛の純粋種が絶滅の危機に直面する。
終戦後、日本の和牛を取り戻そうと全国で本格的な取組みが始まるが、既に国内には純血の黒毛和牛が絶滅していた。
和牛復活を諦めかけていた時、奇跡的に香美町小代区の山深い里に、外国種や他の血統との交配を逃れた純血の但馬牛が、まだ生き残っているのが発見された。
この奇跡的に純血を保った四頭の牛が、一度は消えてしまった日本の黒毛和牛を復活させる大きな要因となった。
この四頭の内の一頭の子孫として生まれたのが『田尻号』である。
『田尻号』は、肉質のよい強い遺伝子をもった種牛で、当時はまだ凍結精液などなかった自然交配の時代、なんと生涯で約1500頭もの子孫を残した。
『美味しい肉質遺伝子チート』を持った奇跡の牛『田尻号』
美味しい牛肉を求めた日本人は、この『田尻号』の遺伝子を上質な肉を作る為に交配に交配を重ねた。
現代の国産黒毛和種の99.9%がこの『田尻号』の子孫である。日本の黒毛和牛とは『田尻号』を中心とした一大ハーレムによって作られた。
日本の黒毛和牛は、たった一頭の牛、偉大なる和牛の父『田尻号』から始まっている。
『田尻号』がいなければ、世界に広がる『和牛』は存在しなかった
――全国和牛協会の資料より
◇◇◇◇◇
牛の一生を終えて、俺は再び女神様の前にいる。
「どうでしたチーレムは?」
「メッチャ交配してメッチャ子孫を残しました、けどね女神様」
「よかったじゃ無いですか。チーレム堪能したでしょう?」
「でも、牛じゃないですか」
「そうですね、牛ですね」
「人間がいいです。人間でモテてイチャイチャしたり、デートしたりしたいんです」
「ワガママですね、もう」
「それが人間ってもんですよ」
「牛だったじゃないですか」
「魂は人間です。女性にモテたい欲求を拗らせた男らしい魂なんです」
「エロゲ脳メンドクサあ」
「という訳で次は人間で男でチーレムをひとつお願いしまーす!」
女神様は、はあ、とため息ついて、相変わらず色っぽいですね、手にした本を広げると、パラパラとページが勝手に捲られていく。
「えーと、あ、チーレムライフ、ありますよ」
「チーレム人生ですよね? 人間ですよね? エルフとかでもいいですけど」
「これは、あなたのいた時代より未来の日本ですね」
「未来でチーレム? あ、アレですか。男女の比率がおかしくなって、男と女が1対1000とかになって一夫多妻合法化とか」
「未来の地球で、他所の星から来た宇宙人に地球人は支配されてますね」
「地球、負けましたか」
「その宇宙人は地球を人間牧場にしてますね。地球人を食用肉として畜産してます。その中で『美味しい食用肉遺伝子チート』を持った男にあなたは生まれ変わります」
「わお、牛と変わんないじゃ無いですか」
「でも人間ですよ。相手も同じ人間です。メッチャ交配できますよ」
「じゃ、それで」
「はいはい、じゃ、転生、と」