29:正義の味方は激怒した
初めて抱きしめた蛍の体は、びっくりするぐらい華奢だった。
自分とは別の生き物のようだった。
そんな体を、自分は殴り、蹴り飛ばしたのだと思うと、ふつふつと怒りが湧いた。
自分自身と、それを指示したホッケーマスクへ。
ゆらり、と彼は振り返る。
ホッケーマスクも衝撃から立ち直っており、
〈ジュエルレッド、ジュエルホワイト。グリーンとベルフラワーを無力化しろ〉
今度はレッドとホワイトを操る。
木偶人形と化した二人が、樹目がけて武器を構える。
その様に、樹は笑った。喉の奥から、押し殺すような笑い声を零す。
「俺に蛍ちゃんを殴らせた挙句、今度はこいつらもけしかけるんか?」
怒りでぎらついた目が、ホッケーマスクを見据えた。びくり、と奴の肩が震えた。
「調子こいてんちゃうぞ、ゴラァッ!」
樹は額から流れる血をまき散らし、吠えた。
その彼目がけて、レッドとホワイトが飛びかかる──も、瞬く間に鎮圧された。
樹の両こぶしが、両者のヘルメットを粉砕し、そのまま顎を殴り抜いたのだ。
二人はうめき声と共に白目を剥き、無様にも倒れる。
〈ハルクか、コイツ! こんなの想定外じゃない!〉
思わずホッケーマスクも、素で叫ぶ。
しかし悪のスポンサーは、やはり用意周到であった。
孤立無援になったと思われた奴の背後に、真っ黒なバンが三台、横付けされた。そこから、マシンガンや拳銃、あるいは鉈を携えた、同じホッケーマスク姿の集団がわらわらと出て来る。
「人海戦術かよ。みっともないことすんなぁ、自分」
舌打ち交じりに、樹は呆れる。
しかし、事態は思わしくない。
満身創痍の蛍と宰二を庇って、この人数とやり合うのは──危険だ。
眉を潜めて短剣を構え直した樹めがけ、銃口が向けられた。
前を見据えたまま、樹は蛍を呼んだ。
「蛍ちゃん、今すぐ逃げ──」
彼の言葉は、途中で途切れた。
黒いバンから出て来たホッケーマスクの集団を、真っ赤なスポーツカーが猛スピードでなぎ倒していったのだ。ついでに、網にかかって捕らえられていた地上げ屋も、何人か轢かれた。
スポーツカーの扉が持ち上がり、中から顔を覗かせたのは宰二だった。
いつの間に、この場を抜け出していたのだろうか。
「ってか、なんでスポーツカーなんっ?」
「悪党がこんな、派手な車で移動するなんて思わないでしょう? ほら、逃げるわよ!」
「お、おお……」
彼の勢いに気圧される形で、へたり込んだままの蛍を抱えて助手席に転がり込む。
車は飛び込んで来た勢いそのままにUターンして、その場から逃走した。
去り際にバックミラーを見ると、さすがのホッケーマスクも呆然と立ちすくんでいた。そりゃそうだろう。
ほっと一息ついたところで。
狭い車内で蛍と密着している現状は、天国かつ地獄でもあった。
腕の中に、柔らかい感触と良い匂いがあるのだ。忍耐力が試される。
「あの、宰二さん……今度から、もうちょい広い車でお願いします……」
「安心なさい。もうちょっとで乗り換えるから」
そう言った宰二は、ちろりと隣を見る。面白がっている目だ。
「でも蛍ちゃんも樹君も、満更でもなさそうだけど?」
「冗談はやめてください」
安定の無表情に戻った蛍が、むっつりとそう言った。
彼の言葉通り、その後二度車を乗り換え、最後はホッケーマスクも利用したようなバンに乗車した。
後部座席でひと心地ついた樹を、バックミラー越しに見つめて宰二は唸る。
「でも不思議ねぇ。どうして樹君だけ、元に戻れたのかしら?」
「そういえば。後の二人は操られたまま、でしたね」
砂埃と擦り傷だらけの蛍も、車の天井をにらんで彼の疑問に同意。
血が固まりつつある額の傷をいじりながら、樹は乾いた笑いを浮かべる。
「年やからねぇ。一人だけ新しいことに、ついて行かれへんかったんかもしれへんなぁ」
「あらー、分かるわぁ……アタシもパンツとショーツとズボンの使い分け、未だに腑に落ちてないもの」
「あ、それ僕も分かります。イントネーションで、パンツの意味がちゃうって言われても……」
「そうそう。釈然としないわよねぇ」
最年少の蛍が、無表情に哀れみを載せて二人を眺める。
「お二人とも。悲しいので止めましょう」
「あ、はい……」
「そうね……不毛過ぎたわね……」
しょげた宰二の隣に置かれていた、タブレットの画面に突然、キング・モンクスフードの痩せこけた顔が映った。
「あ、父からの通信です」
助手席に身を乗り出した蛍が、そのタブレットを代わりに操作する。
「お父さん、どうしましたか?」
〈事態は、ロボット兵のカメラから見ていた。生憎、途中でバッテリー切れを起こしたが……皆、無事か?〉
蛍はこくり、と首肯。
「ええ、樹さんと宰さんのおかげで」
〈そうか。樹君、感謝するよ。さすがは歴代最年長のジュエルナイツだね〉
キングの声に、樹もタブレットを覗き込む。
「いえいえ……最年長言うても、後任が見つからへんだけでして」
苦笑いは、高笑いで吹き飛ばされた。
〈それだけでは務まらんだろう? スターコアとの共鳴値も、年齢と共に下がるだろう〉
実働部隊の力の源であり、ジュエルナイツ全体の極秘事項でもある、スターコアの内事情をあっさり暴露され、樹は目を白黒させる。
「へ? あ、はい……そ、そうです」
〈高い共鳴値を維持出来る。それも一つの才能だ。そして、それ故に強制支配という異物も、いち早く排除出来たのだろう〉
「随分と、詳しい……んですね」
実働部隊である、樹よりずっと。寒気すらする程に。
「お父さん。どうしてそんなことをご存知なんですか?」
蛍も柳眉を寄せている。
「うん。私が発見者だからな」
顎を撫でたキングは、事も無げに言った。
「はぁっ!?」
さらりと告げられた真実に、驚きの二重奏が、車内に響き渡る。
「そうなのよぉ。兄さんって昔は、超エリートだったのよね」
宰二だけが陽気に、カラカラと笑っていた。




