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悪の華に口づけ~正義の味方が女幹部に恋をした~  作者: 依馬 亜連


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18/36

18:女幹部は変人受けが良い

 樹へメッセージを送った。家族以外の異性へメッセージを送るなど、蛍にとって、人生初の出来事だ。

 彼とは以前、電話で話したこともあるが、あの時は深く考えずの突発的行動だった。


 だが文章を考え、打ち間違いがないか確認する間に、人はどんどん冷静になる。

 送信ボタンを押す段階に至って、蛍の緊張感は否応なしに高まっていた。それに呼応して、余計な心配事が渦巻く。


 迷惑ではないだろうか、嫌がられないだろうか──といった懸念が、胸に去来する。

 それらを封じ込め、半ばやけくそ気味になって送信ボタンを連打。


 携帯の画面を睨んだまま、大学図書館前のカフェテリアで時間を潰す。

 仕事で忙しいかもしれないが、少しだけ待ちたかった。どうせこの精神状態では、勉強にも身が入らないだろう。


 十五分ほど経っただろうか。

 メッセージに既読マークが付くと同時に、樹から着信があった。

 こうなるとは考えていなかったので、振動する携帯片手に無表情で焦る。


 無意味に周囲を見渡した。視線のかち合った何人かの学生は、怪訝そうに蛍を見つめ返す。

 カフェテリアは通話禁止でなかったことを、次いで思い出した。


 それでも背を丸めて口元を手で覆いつつ、蛍は通話ボタンを押す。

「も、しもし」

 さっきまでアイスカフェオレを飲んでいたはずなのに、喉がカラカラだった。


〈もしもし蛍ちゃん。相談ってどないしたん?〉

 いつもの快活なそれと違い、樹の声には心配の色が伺えた。


「はい、大したことではないのですが……それより、返信していただければ、私からお電話しましたが」

〈駄目です。学生さんに通話料、負担させられません〉


 豪快そうな外見と異なり、樹は案外律儀で細かい。


「ありがとう、ございます。あの、詐欺グループの件はご存知でしょうか?」

〈うん。ニュースで見た見た。大金星やね〉

 我が事のように嬉しそうだ。正義のヒーローとして、それで良いのだろうか。


「いえ……そのことで少し、心にもやもやしたものがありまして」

 緊張感からつい、タイトスカートの布地を握りしめる。

〈それが相談内容?〉

「はい。気軽に話せる方が、あまりいなくて」

〈やろうな〉


 電話の向こう側で、樹が笑う。


〈せやったら、会って話そうや〉

「でも」

〈僕ら友達やろ? 気軽に頼ってや。それに僕も、夕方から手ぇ空いてるし〉


 不思議なことに、樹と会うことが少しずつ楽しみになっている自分がいた。彼の提案に、知らず胸が弾む。

 己の内なる変化を持て余しつつも、蛍は会うことを承諾する。


「ありがとうございます。今、大学にいるんですが」

〈僕もあと二時間ぐらいで上がりや。そのまま、大学で待ってられる?〉

「はい。ちょうど勉強しようと思っていたので」

〈相変わらず蛍ちゃん、真面目やなぁ〉


 少しからかうような口調に、蛍は背筋を伸ばし、澄まして応える。


「こちらが本業ですから」

〈言うて副業も熱心やん。ほどほどにね。車で迎えに行くから、十七時半ぐらいに、駐車場来てもろてええ?〉

「はい。あ、駐車場の場所は分かります?」

〈うん。ウチの司令官がそこで、何回も講演やってるんよ。嫌でも覚えたわ〉


 そういえば、そんな案内ポスターを見かけた記憶がある。悪の組織の矜持として、蛍は講演に参加したことはなかったが。

 送迎は樹がしていたのか、と感心半分呆れ半分で驚く。実働部隊をこき使い過ぎではないだろうか。


「お仕事、お疲れ様です」

〈いえいえ、どうも。じゃあまた後でね〉

「はい、失礼します」

 電話を切った蛍は視線を上げ、わずかに身じろぐ。


 二人掛けのテーブルに、一人で掛けていたはずなのに。目の前に女友達が座っていた。

「いつの間に」

「気付かないぐらい、電話に夢中だったんだ。彼氏?」

 にんまり、と友人が問う。慌てて首を振ろうとしたが。


──俺、前から君のファンやってん。


 いつかの言葉が脳裏をかすめ、否定することを躊躇させた。

 ファンというのは、どういう意味なのだろう。

 アイドルを応援するような感覚だったのだろうか。


 蛍はしばし考えて、もごもごと答える。

「……分かりません」

「分からないって、なんで?」

 曖昧な回答に、友人は興ざめとばかりに唇を尖らせた。


「告白された記憶はありませんし、勿論恋人関係に同意した記憶もありません」

「あー、なんかなし崩しで関係続いちゃってる感じなんだ。あるある」


 身に覚えがあるらしく、訳知り顔で友人はうなずく。

 よくある事例なのだと知り、蛍は幾分ホッとした。


「よくあることなんですね。相手の方からファンだと言われて、意図が分からず困っていたのです」

「いや、それはあんまないわ。ごめん」

 額に手を当て、友人はうめく。


「蛍に惚れるようなヤツだから、やっぱ変人なのかぁ」

 蛍は少々ムッとするも、自分が変わっているという自覚は薄々あるので押し黙る。

 また、樹も結構変わっていると見ていたので、その点については大いに共感だ。


 自分に惚れているかどうかはともかく、として。

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