17:正義の味方と司令官
意外にも、倉間司令官は樹の失敗を叱責しなかった。
いや、それどころではなかった、と表現すべきか。
テレビもネットも、キング一味で持ち切りだったのだ。
彼らの今回の獲物は、振り込め詐欺の一団。
詐欺集団を、ご丁寧に一人ずつ亀甲縛りにした後、駅前広場に放置したのだ。その旨をSNSで拡散させるのも、もちろん忘れずに。
これまた親切にも、近くの街頭テレビは電波ジャックされ、詐欺グループの犯行を裏付ける映像が流されていた。
当然マスコミは、食いつかずにはいられなかった。なにせお仕置きの対象が、社会問題となっている犯罪グループなのだ。おまけに放置されている絵面も、悪い意味で絵になる。
あるテレビ局は、詐欺グループの被害者へのインタビューも敢行し、キング一味への感謝の言葉まで引き出していた。
それがまた、倉間の機嫌を損ねた。
薄暗いミーティングルームにおいて、空っぽのお誕生日席を眺めた樹は、次いで秘書官の添金へ視線を向ける。
まっすぐ前を向いたまま、彼女は定位置に座っている。
「秘書さん、司令官は今どこに?」
「申し訳ありません。執務室に籠もられております」
いつも温和な添金が、気のせいか苛々を醸し出している。
彼女の雷を受けた経験がある炎司は、早くも及び腰だ。黙りこくったまま縮こまり、じっとテーブルを見つめている。
「あの、僕が遭遇した、ホッケーマスクの不審者については……」
「私から報告を上げておきます。後日また、詳細を伺うことになるかとは思いますが」
「了解です」
そうなる予感は、帰りの車中で薄々していた。
軽く肩をすくめて、樹はあっさり引き下がる。
そして肝心の司令官が来ないミーティングルームを、三人で後にした。
何のために招集されたのか、という一抹の疑念を抱えつつ、途中のドリンクコーナーで各々の飲み物を取って控室に戻る。
誰かに指図されるでもなく、全員が控室の隅に設置された、談話ブースに座った。
「司令官のキング一味嫌いも、相当っすよね」
ちびちびホットココアを飲みながら、炎司が嘆息。
ブラックコーヒーを所望した深雪は、男二人を順々に見遣る。
「どないしたん、深雪ちゃん?」
「これ、事務員さんから聞いたんですけど」
深雪はそう前置きした。他言無用の合図だ。二人もこくこくと同意する。
それを確認して満足げに笑み、彼女は続けた。
「倉間司令官、キング・モンクスフードに嫉妬してる説があるそうです」
荒唐無稽な説に、樹はつい半笑い。
「なんでや。あのマスク被りたがっとるんか?」
ちなみにキングのマスクは、金色である。首領なだけあり、一番派手だ。
先輩にも、深雪は遠慮がない。樹の肩を粗雑に叩いた。
「いてぇ」
「マスク目当てなワケ、ないでしょ。司令官、元々技術畑出身だそうですよ。ファセットブレス開発にも貢献したんですって」
「それで現在の地位に……ってことっすね」
炎司の言葉に深雪も同意。
「だから、えげつないロボット兵をこれでもか!と投入して来るキングに、対抗心燃やしてるそうですよ」
はぁ、と呆れ気味のため息を、男衆は同時に吐き出した。
「自分の方がお偉いさんやのに……隣の芝生は青う見えるんやろうなぁ」
「嫉妬するなら、キングとガチンコ喧嘩すりゃいいのに」
「ですよね。ほんといい迷惑」
「やね」
その嫉妬心に振り回される三人は、似たりよったりのうんざり顔を浮かべていた。
ここで会話が、束の間途切れ。
ドリンクコーナーで頂いたホットカフェオレを飲みながら、樹は何の気なしに携帯を手にした。
そして微かに目を見開く。
蛍から、メッセージが届いていたのだ。
慌てて前のめりになりつつ、そのメッセージを開封する。
──ご相談したいことがあるので、穂坂さんのご都合が良い時に、お電話してもよろしいでしょうか?
彼女らしい几帳面な文面に、樹は小さく微笑んだ。
それを眺め、後輩二人が大きな声でヒソヒソ話をする。
「見てごらん、炎司君。ステイサムが笑ったよ」
「わあ、本当。笑っても怖い顔っすね」
「君ら失礼やない!? 人の容姿をどうこう言うたらあかんって、親御さんに教わってへんの!?」
温厚な先輩で通している樹も、さすがに怒った。




