表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪の華に口づけ~正義の味方が女幹部に恋をした~  作者: 依馬 亜連


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/36

13:女幹部は知ってしまう

 事件が起こったのは、樹の冬物コートを求めて、二軒目の店に入った時だった。

 黒いロングコートを選んだ樹は、そのブランドの会員であるらしい。


 しかし、どこか抜けているのが彼らしいと言うべきか、会員カードを忘れて来たという。

「すんません。家に置いてきたみたいです……」


 ポイントを貯められないことがよほど悔しいのか、初めて聞く陰鬱な声だ。傍観していた蛍も、密かに驚く。


 そして小洒落た男性店員も、気落ちする彼に同情したのか、はたまたこういったハプニングには慣れているのか、爽やか笑顔で彼を慰めた。


「ご安心ください。ご登録時の電話番号を教えていただければ、こちらで会員情報を検索し、ポイントを付与することが出来ますよ」

「ほんまですか! 携帯の番号です!」

 途端に、樹の顔に光が差す。

 この現金さは、なにわの商人的口調にぴったりである。


 おたおたと、鞄から携帯を探そうとする彼より早く、蛍が自身の携帯を操作する。

 そして男性店員を見つめた。


「つきましては、こちらの粗忽(そこつ)な方の電話番号を、読み上げます」

「はい、お願いいたします」


 粗忽、という表現にひくりと店員の口元が震えたが、樹に気付く様子はない。

 禿げてもいないのに、キラキラ眩しい笑顔で蛍にお辞儀を繰り返している。


「ありがとう、蛍ちゃん!」

 樹の感激は無言で受け流し、彼の電話番号を淡々と読み上げた。男性店員がそれを復唱し、番号検索を行う。


 手持無沙汰になった樹は、蛍の手元を覗き込み、

「……なんで、登録名が『毛ジェイソン』なん……?」

泣き出す一歩手前の顔になった。


「しまった」

 本人に見られることはない、と登録した名前を見返し、蛍は思わず呻く。


 そして男性店員まで、ホッケーマスクの写真と共に登録された「毛ジェイソン」の名を覗き込み、口角と肩を震わせた。


「違うんです。殺人鬼のジェイソンではありません。毛量の多いジェイソン・ステイサムだな、という印象を持っていたので、こうなった次第です」

「それやったらせめて、ホッケーマスクは止めて! どう見ても殺人鬼の方ですやん!」

 ショックの余り、樹の方言が胡散臭いものになった。


 これには忍耐の甲斐なく、とうとう男性店員が大笑いした。


 無礼な店員め、とは思わなかった。自分が彼の立場であったと仮定すれば、笑うに決まっている。

 登録名が「毛ジェイソン」など。ふざけているにも程があるだろう。


 そこまで思案して、かなり不躾な名前だったな、と思い至って猛省する。

 生真面目さが取り柄でもある蛍は、深々と頭を下げた。


「すみませんでした。ホッケーマスクの代わりに、ジェイソン・ステイサムの画像に差し替えたいと思います」

「うん。あと出来れば『ジェイソン』より『ステイサム』を残して欲しいな。職場でも、ステイサムって呼ばれてんねん」

 再度、男性店員が笑った。これはさすがに失礼ではないか。


「すみませっ……言われれば、確かにそっくりだ!と思ったもので……あ、僕もジェイソン・ステイサム好きなんですよ」

「いえいえ。ファンの方に似てるって言うてもらえて、光栄です」

 震え声の店員にも、樹はあっけらかんとした笑顔で応じている。


 顔は妙に濃くて渋くて、意外に可愛いものが好きで、ブラックコーヒーよりカフェオレ派の甘党かつ、泣き虫であるが。

 度量の大きな人なのだろう、と推察する。でなければ、「毛ジェイソン」に激怒しているはずだ。


 自分も随分とジュエルグリーンに詳しくなったものだ、と蛍は呆れ半分感心半分で、電話帳の編集を行った。

 ジェイソン・ステイサムの画像は追々探すとして、登録名を「樹ステイサム」に変更する。


「それやったら許す」

「恐縮です」

 彼女の手元に注視していた樹も、それを見とめて納得顔だ。


 その後、無事会員情報の検索が行えた樹は、ポイントを付与してもらい、意気揚々と店を出た。


「蛍ちゃんにコートも選んでもらえたし、良かったわ」

「横で見ていただけですが」

「似合ってないヤツん時、めちゃめちゃ嫌そうな目つきになんねんもん。おかげで助かりました」

「そう、でしたか」


 自分はそんなに分かりやすいだろうか、と能面の如き無表情をそっと撫でる。

 そんな彼女を横目に見ながら、樹は自分の携帯を握ってため息。


「僕はちゃんと、『蛍ちゃん』って登録してんのになぁ」

「毛を付けていたことは謝ります。ですが、もう変更しました」

「そうやけど……」


 ぶちぶち拗ねる彼の指が、携帯裏面の指紋読み取りセンサーに触れた。

 その途端、ホーム画面がパッと映し出される。


「えっ」

「あ、やべっ」

 彼の手元に視線を落としていた蛍は、そのまま釘付けになった。


 ホーム画面には、蛍がいた。

 いや、ベルフラワーの隠し撮りと思しき写真が使われていた。


 いつ撮られた写真だろうか。

 撮ったのは樹だろうか。

 いつから、ホーム画面はこの写真なのだろう。


 ぐるぐると、そんな疑問が渦巻いた。

 蛍は混乱したまま、錆び付いた動きで樹を見上げる。

 いつも彼女をじっと見つめる彼が、大慌てでそっぽを向いた。


「これは、どういうことですか」

「それは、その……」

「どうして私の写真なんですか」


 かすかに震える自分の声に、蛍は驚いた。


 それでも詰問を止められず、

「私のことを、どう思っているのですか? ただのカモフラージュではなかったのですか?」

なじるように、そう問うた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ