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時間差勇者  作者: 稲荷竜
3章 異世界生活一回目
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94話 プロローグ アリス

「どこから来たかと問われれば、ハッピーエンドの未来から来たのさ」


 この上なくうさんくさい人ではあったのだけれど、優しくしてくれるし、見た目がいいし、嫌いになれる理由はぜんぜんなかった。

 ちょっと押しが強すぎるところがあって、そういう時には「未来から来たから」で押し切る癖があるのが玉に瑕ではあるのだけれど、たいてい押された時にこちらが折れると物事がうまく運ぶので、なんにも言えない。


 かくして異世界転移後の生活はうまくいっている。


 ……俺が『自称、未来人』を笑い飛ばせないのもそのへんに理由がある。

 自分が異世界転移者なのに、どうして未来人を『いるわけない』と言えようか。


 この人の『未来の記憶』は途切れ途切れだったり、言ってることが変わったりするので、本気でうさんくさいのだけれど、まあ、最近はそれも愛嬌だと思うようになってきている。


 それに、でたらめな未来の話でも、モンスター退治のあとの酒の肴として聞くなら、ちょうどいい。


 ぬるいエールをあおりながら、そろそろ賞味期限がやばそうな干し肉をぶちりぶちりと噛みちぎる。


 対面に座る彼女は、それはそれは楽しそうに、俺の食べる姿を見ている。


「それで、えっと、俺は……あなたの知ってる未来で勇者になったり、過去と未来を行ったり来たりしたり、はては世界まで飛び越える力を持ってるんでしたっけ」


「そうそう」


「老人になるまで魔王と一緒に過ごしたって話もしてませんでした?」


「その未来もあるね」


「……時系列がぜんぜんわかんねぇ。俺が勇者になるのは何年後の話なんですか」


「『年』とかいう概念じゃあ語れないなあ」


「じゃあ未来じゃないじゃん」


「未来なんだよね、これが」


 こんな調子だ。

 即興で語ったでたらめを嘘だと決め付けられないようにむやみに設定を複雑にしているというのか、嘘に嘘を塗り重ねているうちに一大サーガになっているというか、ともかく、この人は無計画な与太話をした責任をとる気がぜんぜんないらしい。


「そういやあ、アリスさん」


「…………」


「アリスさん?」


「……お、そうだったね。あたしはアリスだ」


「偽名ですよね?」


「いやあもう本名みたいなもんだよ。でも呼び掛けられるとちょっと遅れるね。君にはわりと本名も教えてたし」


「偽名じゃねーか」


「まあまあほら、本名を知るべきタイミングっていうのがあるからさ」


「いつだよ」


「結婚後とか」


 エールを吹きそうになった。

 いや、まあ、その、なに?

 ひょっとしてこの人、俺のこと好きなのかなーとか、思ったこともないではないけど。


「そ、それはその、未来では、俺たちは、そういう?」


「だから『未来ではそうなる』じゃなくて『そういう未来もある』って話かな」


「……ああ、なんだっけ、パラレルワールド概念?」


「そんなようでいて、そんなようではない」


「わかんねぇ。わかんねぇよ」


「今の君はそうだね、なんかすごく普通の少年って感じだ。すれてないよね。初々しくて新鮮だなあ」


「すいません、ほんとやめてください。好きになりますよ」


「君があたしを好きになるのと、あたしが君を好きになるのとは、ぜんぜん別問題だし、どうぞご自由に」


「っていうか、あの、ちょっと本当のことを聞きたいんですけど。……なんで、俺に声をかけてきたんですか?」


「未来の話はナシで?」


「なしで」


 すると、アリスさんは考え込むように唇を尖らせた。

 いつもにんまりしている口の端が珍しく下がり、大きな黒い瞳が天井のシミを追っている。


 そして、


「あたしは穴に落ちて、この世界に来たんだけどさ」


「……は? あんた異世界から来たの?」


「……そういやこの君には言ってなかったね」


「言ってよ!」


「っていうかそもそも言うつもりもなかったんだっけ。ああ、さすがに毎日三度の忠告をしてくれるおばあさんがいないと、言っちゃうよね、異世界転移の話」


「だからさあ!」


「まあ、その穴がね、複雑にねじれた世界の一番未来から、真っ直ぐに一番過去まで落ちていく穴だったんだよ。それで、あたしは未来の君と最初に出会ったわけなんだけど……あ、ごめん。未来の話はナシだったね」


「いやようやくあんたの言う『未来』がちょっとつかめそうな説明だったのに!?」


「色んな世界に引っかかりながら落ちてきて、そのどれもがたいてい君のそばで、あたしは君の話を一番最後から逆に見ている立場なわけだよね。そうするとさ、愛着もわくじゃん。それが声をかけた理由かな」


「……今、俺は『聞かなきゃよかった』と思うぐらいに、わけわかんねぇなって感じです」


「あたしは、君を助けたかったんだよ。どうにもあたしが落ちた『穴』も、君が空けたっぽいしね。死ぬつもりで飛び込んだけど異世界で案外いい暮らししてるし。君には感謝ばっかりしてるんだよ」


 それでおしまい、とばかりに彼女は黙った。

 けっきょくわけがわからなかった。なんにも総括せず、なんにも判明せず、なにひとつ解決せず、代わりに謎が増えた気がする。


「……ほんとにさ、そういうところですよ」


「なにが?」


「発言に信用がおけないっていうか……いや、『この人マジで未来見えてんのかなー』って思うこともたまにあるけど、かといって信じて行動したら痛い目に遭いそうな感じがアリスさんにはあるんですよね」


「そう?」


「そうですよ。あんたの話が本当だって確信できるなら、俺も『勇者』目指して色々努力するんですけどね。どうにも時間をドブに捨てそうで……そもそもこの世界に『勇者』っていう概念があるかもわからないんじゃあなあ」


「なりたいんだ、勇者」


「そりゃあ……異世界転移ですからね。慣れてきたとはいえ、冒険者稼業はきついし、そのわりには評価もされない。俺の才能じゃ、いいとこ冒険者界隈でも中の下止まりでしょう。なれるもんならなりたいですよ、『勇者』」


「へぇ。なるほどなあ」


「……だからその『全部わかってますよ』みたいな顔やめてください」


「全部わかってるからね」


「……じゃあ教えてくださいよ。俺は本当に勇者になれるんですか? まあ、呼び名はなんだっていいんだけど、なんかこうチヤホヤされる英雄に」


 アリスさんのふくむような笑みを見て、自分がとんでもないカミングアウトをしてしまったと気付く。

 普段の俺はもっとクールで、ちやほやされたい願望はあっても、それを言わないぐらいの節度はあったはずだ。

 だから慌てて付け加えた。


「ほら努力したら認められたいっていうのは一般論っていうか……英雄なんて誰でも憧れるものだし、俺だって普通には憧れますよ。普通に、一般的にそう思われるぐらいには……」


 おどろきの言い訳がましさだった。


 アリスさんはニヤニヤしている。

 俺が『もういいです』と話を打ち切りかけるまで、たっぷりにんまり笑ったあと……


 彼女は述べた。


「勇者にはなれるよ。君はちやほやもされる。大冒険もするし――あたしより素敵な女性とも巡り合える」


「いや、別に新たな出会いがほしいとかじゃなくって……」


「まあ、でもそれは本当にずっとずっと先の話で――」


 ――その願いが叶うまでには、だいぶ時間差があるんだけどね。


 相変わらずわけのわからないことを、確信的に話す人だ。

 きっとこれからも、こうやってこの人に振り回されて人生を送っていく気がする。

 俺はまだ未来を知らないけれど、そのことだけはなんとなく確信できた。

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