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時間差勇者  作者: 稲荷竜
3章 異世界生活一回目
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93話 エンディング2 エイミー4

 長い長い、長い冒険だった。


 保護者はいなくなってしまった。

 それどころか、国さえなくなってしまった。


 すべてが滅んで、人々は散り散りになって、そして多くが死んでしまったり、消息不明になった。


 絶望の中で、なにかを望まないのは難しかった。

 でも、なにかを望んでしまえば、疲れて、倒れてしまう。


 欲望はエネルギーを食う。それが叶わないものならば、なおさらだ。


 冒険の中で、どうしてこんな体なんだろうと神さまを恨まない日はなかった。自分という足手まといが消えてしまえばいいと思わない日はなかった。

 でも、こわくて、消えることもできなかった。


 お姫様と旅をした。


 最初たくさんいた人はどんどん減っていって、かおなじみの人も、かおなじみになった人も、生涯仲良くできそうだと思った人も、みんなみんな、死んでいった。


 涙を流すことはできなかった。

 そういう体に生まれついている。


 生きていてほしかったと望むことも禁じた。

 そういう体に生まれついている。


 お姫様も、泣かなかったし、泣き言を言うこともなかった。


 彼女はただただ気高かった。

 泣ける体で、死んでしまった人を『生きててほしかった』と望んでいい心で、それでもずっと前を向いて、うつむきもしなかった。


 モンスターたちに追い落とされた王都に戻ってきたあとに、事態は急に動き始めた。


 大人になった自分と出会って、過去に飛んで、そこにいる父に事情の説明をして、それからまた冒険して、未来に戻って、未来から突き返されて……


 そうして、世界は救われたらしい。


 気づけば体もずいぶんと大きくなっていた。


「お前の能力は、もうすっかり取り除くこともできる。これからは、しゃべってもなんにも疲れないだろう。その代わりに、願っても簡単に叶うこともなくなった。その体で、これからやりたいことはあるかな?」


 夢を見ても、いいらしい。

 正直なところ、まだまだ全然事態に追いつけていなかった。

 自分のしたことはメッセンジャーでしかなかった。どうやらすごい力を持っているらしい自分が、伝言付きで未来と過去をいったりきたり……


「もちろん、俺たちと一緒に過ごすことはできる。というかまあ、基本的に、その路線のつもりだ。突然『やりたいこと』なんて言われても、正直、困るだろうしな」


 すごく、うなずいた。


「でも、俺たちの知らないところで、お前は冒険をしたんだろう?」


 反射的に、うなずいた。


「だったら、冒険の中だか、果てだかで、なにかを思うこともあったんじゃないかなって、思ってさ。……うん、あのな、正直なところ、俺は娘との接し方がわかってないし、これからもわからない。だから、かなり不器用で、ぐだぐだした聞き方になってる気がするんだけどさ」


 父はそこで、どこか遠くを見て、考えてから、


「夢は、あるか?」


 …………ああ、そうか。

 もう、なにかを、望んでも、いいんだ。


 身の丈にあまる欲望を持ってもいい。

 大きな目標を口にしても倒れることがない。

 

 空洞のような人生。なにも望まない癖を身につけた暮らし。

 迷惑をかけず、普通に、他の子のように生きることをもっとも大事だと思っていた子供時代。空っぽになって、悪目立ちせず、ずっと父と一緒にいたかった幼い日々。


 父に対する感情は初恋と呼ぶしかなかったものだった。

 それはとても子供らしい恋心だった。大人になって振り返ると恥ずかしいぐらいに懐いていて、愚かしいぐらいに父を信奉していた。この人に見放されたら絶望で死んでしまうのだと常に恐怖していた。


 でも、冒険をした。


 その中で、父の大事さは変わらなかったけれど、同じぐらい大事な人がいることがわかった。


 常に居場所を探していた自分は、やっぱりここでも居場所を探す。

 なにかにくっついて生きてきた自分は、やっぱりその癖が抜けないらしい。


 願いはきっと、最初からこの胸にあった。


 安らげる場所と、よりかかれる人を探していた。


「私は、誰かの役に立ちたかった」


 自分の夢を聞かれているのに、誰かの役に立ちたいだなんて、おかしいだろうか?

 でも、それが正直な望みなのだった。誰かを支えるという自分の夢。役立つという理想。それは、普通ではない自分にとって、いつだって過ぎた夢だった。


 けれど、願ってもいい。


 役に立つ自分を望んでもいい。誰かを支える自分を思い描いてもいい。


 最初、父のかたわらに立つ自分を思い描いてみた。

 けれどそれは、ぜんぜんしっくり来なかった。ピントがずれている、というのか、うまく噛み合っていない、というのか。

 そこを目指すには違和感があって、きっと十全にがんばることができないのだろうなという予感がある。


 だから、彼女のことを、思い出した。


「スルーズ様のところに行きたい」


 未来の滅んだ世界はなかったことになったらしい。

 スルーズ様と自分の出会いもなかったことになったのだろう。


 自分はもうだいぶ大人になってしまっていて、そもそも『勇者』という縁なしで王族と出会うことさえ難しくて、今までなんにも積み上げてこなくって、願いを叶える異能も、もうない。


 でも、しゃべっても倒れない健康な体と、夢を見ても軋まない丈夫な心を手に入れた。

 全能でなくなったのに、全能感がある。

 その全能感は、いつか現実の難しさを知ったあと、絶望感に変わるかもしれない。

 けれど、そのたびに思い出せる冒険がある。


 滅んだ世界で旅をした。

 すべてが失われていく中で、最後まで、あきらめることだけはしなかった。


 だからきっと、折れない。


「そうか」


 父は短くつぶやいた。

 そして、長く目を閉じて、


「なるほど。……娘が独り立ちするのは、こんな気持ちなのか」


 俺たちの出発は少し後になるけれど、あの村にいるから、いつでも戻っておいで、と彼は言った。

 だから、こう答えた。


「夢を叶えたら、必ず」


 叶うかどうかわからない夢について語る時――


 人生で初めて、満面の笑みを浮かべることができた気がした。

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