92話 エンディング2 エイミー3
生活はまったく変わってしまった。
父は忙しくて村を離れることが多くなり、よく知らない女性が生活に入り込んできた。
少女は『いい子』を志していた。
少女にとって『いい子』とは、逆らわず、面倒をかけない子のことだった。
……そういう認識の根底には、やっぱり少女の『しゃべれない』という特性が無関係ではなかっただろう。
声を発するのはやはりひどく疲れる。
いや、疲れるのは、いいのだ。父が言葉を求めるなら、倒れたって言葉を発することができる。
だから問題は『倒れてしまう』ことのほうで、自分が他の子と違って、声を発しただけで倒れて、その結果、いろんな人に迷惑がかかるのが、いやだった。
もとより『他と違う』少女は、どうにか『他の子のように』なろうとしていた。
彼女にとってそれは『自分が生まれ持った特性からくる迷惑をかけない子』のことであって、ようするに、不可能なことだったのだけれど、彼女はそのことに気付けなかった。
空洞になりたかった。
お父さんと呼びかけるだけで倒れるのが嫌だった。他の子のように笑ったりしたかった。凍りついた表情。すべての言葉がひっかかる喉。欲を抱いただけで力を奪われる体。全部が全部、自分が自分であるがゆえの弱点だった。
迷惑をかけたくなかった。迷惑をかけて嫌われるのがいやだった。
いつだって『この人は本当の父親ではない』ということが頭の根っこには残っていた。そして、彼が義理や人情といったあやふやなもので自分を世話しているのもだんだんとわかってきていた。
だから、嫌われるような、嫌われるきっかけとなるようなことは、したくなかった。
面倒で、大変な子だと、思われたくなかった。
そばにいても、そこにいないような、気にならないような、空洞のような子に、なりたいと思った。
そばにいるために空洞になりたかったのだけれど、逆らわないように、機嫌を損なわないように静かにしていたら、そばにいる時間が減っていった。
どうしたらいいのか、わからない。
そんなある日、事態は急に解決した。
父が迎えにきて、王宮で暮らすことになったのだ。
断るはずがなかった。喜んでついていった。
街は大きくて、人がいっぱいだった。
王宮は豪華で、圧倒された。
そして、
「その子、誰?」
お姫様と出会った。
これがすごくすごい人だった。
なんていうか――強い。
興味のあることはなんだって聞いてくるし、すべてを知るまで決して引き下がることがない。
身分差というものがあるはずなのだけれど、それを気にした様子もない。
あるいは尊いお方というのは、自らが身分を気にすることはほとんどなくって、その人と相対するこちら側がついつい意識してしまうような人のことを言うのかもしれない。
とにかく、しつこかった。
最初の出会いでなぜか服を作ってもらうことになり、その後も色々と着せ替えられた。
父はいつもそばにいてくれるわけではなかった。そばにいられる時間はすごく増えたけれど、やっぱり忙しくて、なんだか剣術の訓練とかも始めてしまって、そういう時には部屋にひとりで取り残された。
ひとりでいるとお姫様が来て、服を見せられたり、王宮内を歩かされたり、時にはなぜか勉強や楽器の演奏なんかに付き合わされることがあった。
お姫様と一緒にいるのは、疲れなかった。
なにかを望む暇も、考える暇もない。
お姫様は洪水のようにいろんなものを与えてくる。自分はそれを受け止めるだけで精一杯で、ようやく受け止められたかと思うと、また次のなにかが投げつけられてくる。
疲れないのは好きだった。
父は黙ってそこにいて、自分がなにかを望めば、すぐに察して叶えてくれる。
お姫様はこちらがなにかを望む暇を与えてくれない。
だんだんと、お姫様が部屋から連れ出してくれるのがたのしみになっていった。
相手はどう思っているのか、わからないけれど。
たぶん、人生で最初の友達だった。
……だから、かもしれない。
ある日、父が消えた。
そして世界が滅んだ。
そのあと、お姫様についていくことにした。
長い長い、冒険の始まりだった。




