91話 エンディング2 エイミー2
望みは叶い続ける限り、疲れなかった。
夢を見るのが疲れるのであって、見た瞬間に叶う夢は、いつもの重い疲労を彼女にもたらさなかった。
彼女の願いはほんのささやかなものだった。
もともと欲を持たないように己を律してきた(というよりも、疲労を避けてきただけなのだが)彼女は、望むということに慣れていなかった。
明文化できない願いが胸の中にあって、父はそれを叶え続けた。
どうしても叶えられない時もあって、そういう時にはやっぱり望んでしまって疲れるのだけれど、彼女は自分の望みと折り合いをつけるやり方を年齢とともに身につけ始めて、倒れてしまうことはだいぶ減っていった。
その望みがなんだったのかはよくわからない。
ただ、甘えて、頼って、少しばかり困らせるというのを、したかった。
した。
父はそれをだいたい受け入れた。
たまに受け入れてもらえない時もあったけれど、そういう時にはなんらかの説明があった。
……説明されてもぜんぜんわからないのだけれど、『なにかを説明しようとしている』ということはわかったので、そういう時には、自分がなんらかの破ってはいけないルールを破ったのだろうな、と学習するようになった。
幼い子供にありがちなことに、親や大人の言うことは絶対に正しいのだと思っていたのだ。
不満や反感を抱くことはもちろんあっても、彼女は自分が『普通』ではないというのを身にしみて理解している。
だから自分の願望を叶えてもらえず、親が間違いを指摘しているような感じを出したなら、それはきっと自分が悪いのだと思う習慣ができていた。
普通でないことは、いけないことだ。
いつしかその考えは彼女の深いところに根付いていた。
誰に言われたわけでもない。
ただ、なんとなく、みんなの中に『この子は普通とは違う』という認識があるのが見えてしまって、同世代の子供が怒られるようなことでも自分だけ黙認されて、その結果、同世代の子からうらみがましい視線を向けられる背景を想像してしまったのだった。
普通じゃないから、みんなからの扱いが違う。
普通じゃないから、同世代の子たちとかかわることができない。
普通じゃないから、お父さんにいらない苦労をさせてしまう。
いい子であろうと決めた。
それは彼女が生まれて初めて夢見た『理想の自分』だった。
そうありたいと願う理想の姿――迷惑をかけず、役に立ち、邪魔にならず、愛される自分。
夢を見るのは、疲れる。
でも、彼女はその疲れを受け入れた。
それは生まれて初めておこなった、目的に向けての努力だった。苦しみを背負う代わりにでもつかみたいものを彼女は抱いたのだ。
生活はちょっとだけ大変になったけれど、体も大きくなったし、体力もついた。
最近は夢を見ながらでも一日に一回ぐらいは言葉を発することができる。
夢を見ながらの暮らしは思っていたよりは平穏だった。
父は家で仕事をこなす時間が増え、でも、その仕事はすぐに終わり、結果として、二人で向かい合って過ごす時間が増えた。
もともと言葉を発するのがとても苦手だから、会話はない。
その代わりにたくさん触れた。父も最初は戸惑いがちだったけれど、だんだんと慣れてきたのか、触り返してくるようになった。
楽しい時間だった。
希望は叶い続ける限り疲れない。
いい子であろうと望み続けるのはやっぱり疲労した。彼女の思い描く『いい子』になるためには足りないものがたくさんありすぎた。でも、その夢を抱きながらでも暮らしていけた。
夢のような生活。
言葉に出した願いは叶ってきた。それをなんとなく体感で学んでいる。
でも、なんでもかんでも願いを言葉にしたくはなかった。
『言葉に出せば叶う』と感じている自分が願いを言葉にするのは、とてもとてもひどいわがままだと認識していた。
そして、『いい子』はそんなわがままなことをしない。
幸いにも言葉にしてしまいたいという欲求を感じることもなく暮らしは続いた。
普通の幼い子供がそう思うように、彼女もまた、この生活を永遠だと思っていた。
大好きな父と自分はこうして二人でずっと生きていく。未来のことはまだ想像できないけれど、きっとそう変わらないだろうと漠然と感じていた。
けれど、変わってしまった。
「どうやらな、俺、『勇者候補』に選ばれたみたいなんだ」
変わってしまった。
そこから、すべてが、変わってしまった。




