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時間差勇者  作者: 稲荷竜
3章 異世界生活一回目
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86話 主人公

 人生のごく短い時期ではあるが、世界の滅亡を願ってしまう瞬間がある。


 それは世界のすべてが自分と関係しているような幻覚を見てしまう、思春期の出来事だった。


 自分は他者と『なにか』が違って、しかしその『なにか』がなんなのか、それを理解できる者は自分をふくめて世界には誰もいない。

 求めているのは理解者だった。自分さえ理解できない、『自分』という気難しい存在を理解してくれる、誰か。


 ほんの少しのことでひどく傷つき、その痛みをごまかすために強がる。

 嘘をついてでも自分を特別な存在という位置に置きたがり、それを真っ正面から他者にアピールしたりはしないけれど、ちょっとにおわせるぐらいのことはして、誰かがおのずから気付くように仕向けてみる。


 けれどなかなか思い通りにはいかない。


 世間は広いし、多くの人は自分へ興味なんか持っていないのだ。


 ごくごく一部の才能や能力のあるやつなら自尊心を満たす機会もあるのかもしれない。

 じゃあ、自分にはなにがあるのかとリアルに考えていくと、これが、ぜんぜん、まったく、なんにもないのだった。


 だから『隠された才能』などという、自分でもなんだかよくわからないものを軸に自分を形成していくしかなくって、そんなものは、当然のようにありえないという結論にしかたどり着けない。


 そういう時。

 世界が滅びてしまえばいいのに、と気まぐれのように思うことがある。


 周囲に『本当はなんにもない自分』を看破された時――

 勇気を持って話しかけた好きな女の子が、まるで知らない人に話しかけられたかのような戸惑った反応をして、自分に興味なんかぜんぜんないとなんとなく察してしまった時――

 大口を叩いてしまって、実現なんかできるわけがない目標を背負わされてしまって、その期日が明日に迫り、大恥をかく自分の姿がありありと脳裏に浮かんだ時――


 世界が滅べばいいのに、と思う。


 それは気まぐれではあっても本気の願いなのだ。

 一瞬しか持続しなくても高い熱量を持った祈りなのだ。


 たいてい、願っただけでは世界は滅びない。


 けれど、そういう瞬間にたまたま、世界をどうにでもできる力を手に入れてしまったら、その願いが叶ってしまうこともある。


 異世界転移者のあらゆるチートと、別世界はおろか、過去や未来にまで自在に移動できる能力があったとしよう。


『誰かにこの力を託したい』と思った力の持ち主が、その能力すべてを小箱に込めて、世界のどこかに落とした。


 それを拾った人物は、たまたま、世界を滅ぼしたい気分だったらしい。


 そうして世界は滅びたようなのだった。


「言ったらなんだけど、すごくくだらない理由で世界が滅びたのね」


 すべての記憶を取り戻して、今にいたるまでの全部を思い出して、それらすべてを語り尽くした俺に、キリコはいつもの調子で言った。


 だいぶ色々と情報過多だったと思うのだけれど、その中からキリコは『いるもの』と『いらないもの』をズバズバ仕分けたようだ。

 今、ここにいる俺以外の記憶や成したことについて、キリコはまとめて『いらないものボックス』に放り込んだらしい。


 急造の家の中でテーブルを挟んで向かい合う。

 キリコの物言いはあんまりにもあんまりだった。笑ってしまう。でも、笑い事じゃない。


 俺はけっこうな罪の告白をしたつもりなのだった。

 優柔不断極まる行動のおかげで世界をめちゃくちゃにし、時間さえめちゃくちゃにし、好き放題やってきたのだという告白。

 でも、キリコにとってはどうでもいいようだった。


 アイテムボックスの中にあった『この世界を滅ぼした誰かの記憶』を見てしまった俺は、つい、フォローなどしてしまう。


「いや、でもさ、人類を滅ぼすほどの情熱でなにかを願えるっていうのは、すごいことだと思うよ。俺にはなかった。今だって、当然、ない。思えば若いころから俺には目的意識っていうものがぜんぜんなくって、だからこそ、強い意思を持っている人には憧れる」


「うっかり世界を滅ぼすような願いにも憧れるの?」


「うん。願いの善悪はまた別な軸で考える必要があるとは思うけど、俺はやっぱり、モチベーションがないのが悩みだよ。アリス、エイミー、それから、キリコ。お前たちを助けたいっていうのは、あった。でも」


「でも?」


「…………それはたぶん、願いというよりは、責任逃れの意識だったと思う」


「ふぅん?」


 長い黒髪をわざとらしくかきあげて、長い脚を組み直した。

 そうしてかたちのいい眉をわずかに下げて、黒い瞳で俺をじっと見ている。


 俺は昔からこの美女にこうやってじっと見られるのが大の苦手だった。

 こうされるだけで、逃げ出したくなってしまう。


 でも、残念ながら、もう、逃げ場はないのだ。


「安全装置が働いてしまった。誰かが世界を滅ぼしたがって、それが達成される時に備えてたものが動き出して、俺たちはこうして過去にいる。そして、俺は過去で自分の記憶と力を取り戻した」


「そのようね」


「そんでもって、未来で世界改変をしてほしいってお願いされた人は、『そんな力があるなら自分でおやりなさい』ってエイミーを突き返してきた」


「そのようね」


「だからもう、覚悟を決めるしかないんだよな」


「あなた、平和が好きだものね」


 まったく予期せぬ言葉が飛び出して、つい、口ごもる。


 キリコは顎を上げて、得意げな笑みを浮かべて、言葉を続ける。


「本当になんにも願いがないなら、世界が滅びたっていいじゃない」


「……」


「あなたが世界滅亡に備えて、安全装置とやらを設定して、安全な過去に自分と必要な人を逃して、自分に記憶を取り戻すための時間と、能力を取り戻すための機会を用意したのは、全部『平和な世界』のためでしょう?」


「まあ、そうかもしれないけど。でも、平和を願うのは別に、普通のことだろ? 自分が無責任に放流した力で世界が滅びたらと思うと、さすがに……」


「記憶を取り戻す機会がなければ、そんなことは思わないでしょうに」


「……」


「あなたはね、平和な世界でぐだぐだするのが好きなのよ。平穏の中でそれっぽい議題を与えられて、それを目の前にしてウダウダ悩む時間を愛しているの」


「……すごいな。なにも言えない」


「そして、そういう無駄話を、私とするのが、なにより好きなのよ」


 なにも言えない、すらも言えない。


 すごい。そうやって話を結ぶのか。


 手腕というか、なんというか……


「……キリコのさ、『相手の興味関心が絶対に自分へ向いてる』っていう、その断固とした態度は、やっぱり、すごいと思う」


「憧れる?」


「いや、愛してる」


「……」


「ああ、うん、そうなんだよな。俺はやっぱり、どうあがいても、お前を愛してるんだと思う。なんべんも繰り返した人生だけど、そのうち一回あったかなかったかの不思議な青春だったけど、俺の原風景は放課後の教室で、そんでもって、窓際の一番前の席で外を見てる、お前の後ろ姿なんだ」


「なんとなく許せないわ」


「許してくれよ、それぐらい」


「このあとの展開で決めることにするわ」


「ぐるぐると世界を回るうちに、俺の中に四本の柱ができたように感じる」


「話が長くなりそうな導入ね」


「……お前と、エイミーと、アリスさんと、そして、世界に対する罪悪感だ」


「校長先生みたいな枕だったけど、案外短かったわね」


「なあ、その、俺はさ、これを全部、どうにかできたことがなかった。三人を一緒に救えたことはなかったし、今回にいたっては世界を滅ぼした。でもさ、その、高すぎる望みだから、口にするのも恥ずかしいんだけど……」


「実は私、人に恥ずかしい告白をさせるのが趣味なの」


「聖女っていう立場を考えるとなかなか最悪だな……」


「私は話の腰を折りにいったけど、あなたはもっと折れないようにしなさい」


「理不尽……いやまあ、うん、言うよ」


 異常に緊張してきた。


 きっと、初めて心の底の底から湧き出た望みを人に語る時には、誰だってこうなるのかもしれない。


 しかもそれが今まで一度も達成できなかった夢なのだから、なおさらだ。


 でも、ここで口にしないと、俺はまた、ぐだぐだし始めるだろう。

 だから、キリコに宣言しよう。


「全部、救いたい」


「……」


「この時点から、いろんなからまった因縁を、取り戻した力でどうにかして、未来ではすでに死んでしまったアリスさんも、因果がぐるぐるめぐったおかげで聖女とか魔王とかになってしまったお前たちも、世界自体も、救いたい。一度も叶わなかった願いだけど、できるかわからないけど、救いたい」


「そう」


「遅すぎるかな。『お前が今さらなにを』って思われるかな。最初からそうしろって言われるかな。……っていうか、まあ、これは全部、俺自身が思ってることなんだけどさ。……なかなか最悪なことを言うと、初めて俺は、そういう願いを抱けたんだよ。人生で一回も抱いたことがなかった熱い気持ちが、今、初めて、わきおこってて、それで……」


「まあ、そんな話はどうでもいいのよ」


 キリコは俺の言葉を打ち切って、テーブルに身を乗り出して、


「全部救うのも、救わないのも、好きにしたらいいじゃない。私が気になっていることは、ただ一つ」


「な、なんでしょう」


「主人公になる決意をしたあなたにとって、メインヒロインは私よね」


「……」


「異世界で再会してからかれこれもうすぐ十年ぐらい経つんだもの。今さら降格させられても困るわ」


 笑って済ませようと思った。

 いくつかの疑問が頭にわいた。

 余計な装飾が口をついて出そうになった。


 全部呑み込んで、ただ、うなずいた。


「なら、いいのよ」


 キリコは椅子の背もたれに体重をあずけて、


「あなたを捨てなくてよかったわ」


 笑った。

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