85話 動機
過去に戻った俺は、未来を変えることに成功した。
このまま行けば俺と出会って崩れ去るはずだったエイミーがそうならないようにしたのだ。
そうして幸せな結末を迎えたはずなのに、悪夢ばかりを見るようになった。
最初、悪夢の原因は『罪の意識』かと思った。
エイミーを生かすために、手段を選ばなかったのだ。
けれどどうにも、悪夢の主だった要因は、そちら側にはなく……
自分の中の自分たちが叫ぶのだ。
『お前の願いは叶ったかもしれない。じゃあ、俺たちの願いはどうなる?』
エイミーをもっとも大事だと考える俺がいた。
キリコとの青春に救いを見出した俺がいた。
そして……
一番最初の、俺が、叫ぶ。
『アリスを救え』
それは、エイミーとともに過ごすよりも前の俺らしかった。
その当時の記憶はアイテム化して封印してはいないはずだった。でも、能力を奪われた人たちに能力の残滓が残るように、俺のアイテムストレージには、『俺たち』の記憶、あるいは想いの残滓が残っているようなのだった。
それらすべての想いを遂げるのは、とても不可能なように思われた。
けれど一人だけハッピーエンドを迎えて終わることを許せない俺たちの情念はいよいよ暴れ出し、アイテムストレージを通じて好き放題にいろいろな場所に穴を空け始めた。
縁がある場所に、想いが集う。
それはとてもよくある話だと思った。
いわゆる『主人公補正』だ。
物語の主人公は想いの力で絶対的ピンチから逆転したりする。スペック差をひっくり返したりもする。
強いモチベーションの成せる逆転劇。作劇上許される超展開。
それが、起こっている。
ただし、事態をより混迷化させる方向に向けて、起こっている。
これは最初から最後までそういう話なのだった。
格好よくスッキリと終われない、そういう人格の持ち主である俺が、うだうだして、グダグダして、『もっといいもの』を期待し続けたせいで始まってしまった物語。
完璧なやり方があるんじゃないかという妄想をもとにトライアルを繰り返し、繰り返したぶんだけエラーを吐き出し続ける、一回きりで終われなかった人生と、その未練のお話。
だから俺は、俺たちに提案した。
『空間と、時間に穴が空いた』
『過去が変われば、未来も変わる』
『そのぶんだけ、世界の可能性は分かれる』
『だから、それぞれの世界で、それぞれの幸せを追い求めよう』
それぞれ違う過去を過ごした『俺たち』は、もはや同一人物とは言えなかった。
俺たちはそれぞれの幸せを求めていろんな世界を繰り返した。
繰り返すうちにコツがわかってきて、世界の戻し方も作り方もうまくなっていった。
そうしてあらゆる願いを叶え続けて、その果ての果て……
力の手放し方を知った。
俺は、集積した力を手放して、それぞれ、愛した人たちに分けた。
望みを叶えてほしかったのだ。
だから、俺の今、いる世界は――
俺が勇者に選ばれ、キリコが聖女をやって、スルーズ殿下たちとあれこれやって、そのうちほとんど滅びてしまった世界は。
あれもまた、力ある誰かの願いが叶った世界なのだった。




