80話 異世界転移
俺が故郷の世界に空けた穴は、同じ時代にずっと空いているようだった。
忘れもしない、2020年。
異世界転移を繰り返して老いた俺が、高校生だった俺を発見し、そのショックから逃亡したものの、未練から空けてしまった『異世界への穴』は、ずっと、その時代に留まり続けていたらしい。
そうして老いて死んだ俺がそう設定したように(つまり、俺が死んでもアイテムストレージは消えなかったということになる。あるいはすぐに新しい『俺』が補充されたからそのまま受け継がれてしまったのかもしれない)、俺の記憶をアイテム化して奪い、この世界に放り出した。
……未来視点で、『俺』たちの記憶を閲覧し、抜けている部分を補足すると、そういうことが、あったようだ。
新しく転移してきた俺は、多くの転移者がそうであるように『よくいる出自不明の記憶喪失者』として人間の王国に保護され、当たり前のように、魔王を討伐するための一員となった。
とはいえそれは冒険者と呼ばれる食いっぱぐれの者としてだった。
いきなり一軍を与えられたわけでもなく、また、一軍に所属できたはずもなかった。
時代の流れにまったく影響しない、一粒の小石である。
この世界には当たり前のように『魔王』がいて、人間たちはそれを討伐するという目的意識で手を取り合っていた。
……まあ、人の意思を完全に統一することは不可能で、さまざまな思想はあるようだったが、社会の動きはおおむね、『魔王という脅威の排除』へと向かっていた。
魔王たちがなにをしたのかという話は正確なところが伝わっていなかった。
ただ、魔王討伐に行って帰らぬ人となった人間がたくさんいた。
報復の名目を掲げるには充分だった。
それが最初、人間側が魔王側を蹂躙しようとして起こった争いで――
魔王側は侵攻してくるわけでもなく――
ずっと同じ場所にとどまって、人間側からの侵攻に対し防衛し続けているだけにしかすぎないという事実は、報復の熱狂によって誰の目にも止まらなかった。
あるいは冷静に指摘する者もいただろうが、そういった者たちは『遺族の気持ち』『魔王許すまじ』『王命による討伐軍の編成』『魔王城そばまで迫った英雄』などにより言論を封殺された。それか、魔王信者として殺された。
そうなると記憶を失ってこの世界に来たばかりの俺も、なんとなく魔王を悪者扱いするし、そうやってふるまっているあいだに、魔王が悪者であること前提の人間関係ができあがっていく。
この世界に染まるまで、三年とかからなかった。
そのあいだ、魔王はさまざまな手段で人間からの侵攻を跳ね除け続けた。
世界には魔王の力で生み出されたとされるモンスターがあふれ、冒険者たちはもっぱら、モンスターの中でも小物とされるものを狩って生計を立てるようになっていった。
そんな暮らしの中で、血生臭い鎧をまとったままエールで乾杯する毎日にも慣れたころ、新しい『出自不明の記憶喪失者』が現れた。
とはいえ年間数十人のペースで発見されるから、その時の俺は気にも留めていなかったが……
その新人冒険者が、俺を見ておどろいたような、混乱するような顔をしたものだから、こちらとしても戸惑ってしまう。
「久しぶりね。覚えてる?」
いくらかの逡巡ののちに、その新人冒険者はそんなふうに声をかけてきた。
そいつは、ブスジマ キリコ と名乗った。




