78話 伝説のはじまり
一度空いた穴を閉じることはできなかった。
人が吸い込まれてくる。
その人たちはアイテムストレージの中にとどまり、俺の許可がないと出てくることができなかった。
アイテムストレージの中に知らない他人が入っているとわかったころから、俺は、自分で中に入ることをやめてしまった。
たまに人を吸い込んでくるアイテムストレージという空間は、俺にとってもはや安息の地ではなくなってしまったんだ。
だってそうだろう、事故的に吸い込まれた人たちに、なんと言い訳をすればいい? 『あなたは二度と元の世界に戻れません』だなんて告げるほどの勇気も責任感も、俺にはなかった。
それでもどうにかこの穴をふさぎたくてアイテムストレージをいじっているあいだに、さまざまな機能を拡張することができた。
中でも役立ったのは『概念のアイテム化』だ。
アイテムストレージに吸い込まれた人たちの記憶をアイテム化して収納しておくことで、その人たちはまるで最初からこの世界にいたかのように錯覚してくれる。
……まったく、嫌になる。
重すぎる責任を少しでも感じないようにするためなら、俺は素晴らしい行動力を発揮するようだった。
楽したい。恵まれたい。責任をとりたくない。努力が嫌いで、いつでも言い訳を探していて、自分だけは悪くない、むしろ自分は不幸な被害者なのだと思い込みたがる、俺の精神。
こうして俺は終の住処となってしまった世界に、次々と記憶を抜いた転移者を放り込んでいった。
転移者たちの多くはなんの力もない、記憶がないだけのただの人だった。
けれどたまに異常な力を持つ者もいた。そういった連中がこのなにもない世界で活躍し、人心を集め、英雄となっていく。
俺はそういった人たちの活躍を、少し離れたところで見ていた。
人々の輪の中に入ることはできなかった。
彼らの無邪気な活躍、命を懸けた大冒険、生まれていく英雄譚……それらは素晴らしいものだった。胸を打つ感動があった。
けれど、そんな彼らは俺が世界に穴なんか空けなかったら、そんな綺羅星のような人生を生きる必要はなかったのだ。
責任を感じたくない俺は、彼らを避けた。
罰せられたい俺は、彼らのそばで、彼らの活躍をながめ続けた。
背負いきれない罪をすべて受け止めることはできない。償いの方法さえ思い浮かばない。
けれどすべての責任を完全に忘れ去ることもできなかった。……能力的には、可能だった。けれど、そこまでしてしまうことを許せなかった。
自分を責めることで初めて安息できる。
もう、歪みきって、なにがなんだかわからなくなっている、責任能力。
……ずいぶん長いあいだ、そうして、世界に転移者を放り込み続けた気がする。
もはや意識も摩耗するほどの年月だ。
いつしか『アイテムストレージに入ってきた人物から記憶を抜き、世界に放り込むこと』は自動化され、この世界には人ざとにほどほどに近い場所に、いくつもの『転移者排出口』を空けていた。
俺が死んでも、吸い込まれた人は『異世界転移』を続けることだろう。
俺が死んでアイテムストレージが消えれば、もう、そんな心配もないだろう。
やるべきことをやり終えて、のうのうと寿命を待った。
生活には不自由しない。会話相手がいないだけの隠遁生活。それはあまりにも穏やかで、分不相応なぐらいに平和だった。
胸の底にはいつだって罪悪感がうずまいていたけれど、もはやそれさえ意識しないと浮上しなくなっている。
最悪のことをした俺が、誰にも裁かれずに、おだやかに寿命を迎えようとしている。
そんな時。
隠遁している俺のもとに、ある集団がおとずれた。
それは、異世界転移者たちに排斥された現地民の集団だった。
土地を切り拓き、自分たちの住み良い環境を作る中で邪魔になった、土着の信仰を持ち先祖伝来の土地に住まう人々だった。
人に獣の特徴を混ぜたような人種である彼らは、その見た目もあって『退去する』か『飼育される』かという二択を突きつけられ、どちらも拒み、そして力づくで追い落とされたのだという。
俺は彼らを保護することに決めた。
ひどい二律背反だ。彼らを排斥した人々をこの世界に放り込んでおいて、彼らを保護する。アンビバレンツ、いや、マッチポンプか。
彼らはおだやかだった。そもそも、戦いというものがこの世界にはなかったのだ。
彼らはその人数で俺を殺して俺の住まう土地を奪うこともできたはずだ。俺の耳のかたちを見れば、俺の人種が彼らを排除した者と同じだとわかっただろう。けれど彼らは、あくまでも交渉によって俺の住まう場所への間借りを求めた。
俺は彼らにアイテムストレージの恩恵を与えた。
食料を出し、家具を出し、住居さえ木材と引き換えに与えてみせた。
彼らは俺を崇め、愛し、感謝した。そのたびに心が痛んだ。罪を償えず、真実を告白できず、寂しさにさえ耐えきれない自分の心の脆さを憎んだ。
中でも彼らの長の娘であった子を特に愛した。
それは性愛とはほど遠い愛情であった。生まれつき言葉を失っているその少女は、みょうに俺の心をくすぐるところがあったのだ。
晩年、俺は彼女に身の回りの世話を依頼した。
彼女は喜び、俺の巫女となった。
その少女は、名を『エイミー』といった。
次回更新は8日月曜日予定です
最近ぐったりしてて時間通りに書けないこととか多いですががんばります
あと7話ぐらいで終わる予定です(20話ぐらい前からその予定でいる)




