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時間差勇者  作者: 稲荷竜
3章 異世界生活一回目
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76話 異世界転移

 次にアイテムストレージから出た時、そこには全然違う世界が広がっていた。


 大変に混乱した。ちょっと中で眠っただけだ。

 久方ぶりに空腹も恐怖も不安もなかったおかげか、大変よく眠れた。あとはベッドさえあったらよかったのにな、と思ったから、ベッドを求めて外に出た、というのが行動の動機だった。


 だというのに世界が全然違っていた。


 具体的に……具体的には、難しい。

 人々の装いは変わっていた。街の様子も変わっていた。


 せいぜい七階建ての、それも木製の建造物が多かった街には、石造り、というか……

 コンクリート。


 自然な石にはとても見えない、丈夫そうで、綺麗な石でできた、高い建物が並んでいた。


 そこに突如飛び出した俺は、大変な異物だったようだ。

 何せ身なりがボロボロな上に、道路のど真ん中にいきなり出てきたわけである。人々の視線に圧力のようなものを感じた俺は、物陰に逃げて、それからやけに荒くなる呼吸を整えるのに結構な時間を使った。


 街は、未来的、というのか。

 ……浦島太郎だ。俺はほんの一日中で眠っただけのつもりだったのに、一年二年、いや、十年二十年ではきかないぐらいの時間が、経っているような気がする。


 気がするばかりだ。確認のしようもない。

 とにかく時代的にか、あるいは位相的にか、別の世界に出てしまったことだけがわかって、それで……


 ……ここから、どうしたらいいか、全くわからない。


 俺の頭はまったく停止してしまった。

 ただ、もう一度アイテムストレージに戻るのがまずいことだけはわかった。

 あそこに入ったあと、もう一度同じ時代、あるいは世界に戻れるかどうかがわからない。

 わからないというか、現在のところ、百パーセント戻れてない。試行回数一回中一回という百パーセント。しかし繰り返す気にもなれない、あまりにもリスクの大きな検証。


 だけれどこの世界のことも、この世界で生きていく方法も全然わからない俺は、アイテムストレージ内の安息を忘れることができなかった。


 あそこには何もなかったけれど、だからこそ、安心があった。


『この世界で生きていくしかない』と決意して、その決意は時間と共にすり減って、異邦でたった一人生きる不安に耐えかねて、またアイテムストレージに逃げ込んだ。


 そうしてまた出た時、今度は未来感はないけれど、明らかにまた違う世界であることがわかって、最初のうちはまたそこで生きようとするのだけれど、また、辛くなって、逃げてしまう。


 そんなことを繰り返した。


 だんだん、『次のリセット先では、理解者が現れて、そこに定住できるはずだ』と、逃げる前に希望を抱くのがクセになっていった。


 いろんなものをアイテムストレージに逃げ込むたびにリセットしていく。

 わずかずつではあるけれど、俺の体にも時間が流れていき、新しい世界に挑戦するたびに、どんどん年齢を重ねていった。


 年齢を重ねるたびに新しい世界で生きるのは難しくなる。


 常識も教養もない年寄りの生きていける場所などなかったし、俺にはそれでも周囲から望まれるほどの才覚もなく、アイテムストレージを活かすアイデアはため込めても、それはすでに他の代替手段があったり、あるいは、周囲に受け入れさせるだけのプレゼン能力も根回し能力もなかった。


 生きているだけで生きていける世界を望んでいた。


 でも、それははるか昔に捨て去った世界でのみ得られた安息だったらしい。


 普通に勉強して、普通に就職して、普通に歳を重ねたかった。


 挑戦はもう疲れた。異邦を飛び回るのもたくさんだ。


 異世界転移。

 世界が変わって活躍できるようなやつは、最初から、どの世界でも活躍できる運勢や精神性を持っている。

 世界さえ違えば俺だって、なんて思えていたころが懐かしい。


 擦り切れるように世界リセットを繰り返す。


 どれほどいい異世界に出会ってもだめだった。もっといい場所があるんじゃないかと思ってしまう。

 いつしか『でも、前の方が良かったな』という、『前にいた場所の良かった探し』をするようになっていった。……それじゃあ見つかるわけがない。


 完全に理想通りの世界などあるはずもなく。

 そして俺は、自分がどんなものを理想としているか、具体的なところを全然描こうともしていないのだから。


 今の世界に文句をつけるだけの日々。

 幾度目かもわからない異世界転移。


 そしてその果てに、ついに俺は、たどり着くことができた。


 一回目の世界。


 コンビニの並ぶ街並み。スーツを着た人たち。学生。交差点、バス停、そして駅。

 生まれ育った、あるいは、そことよく似た世界にたどり着く。


 ここをゴールにしようと思った。

 ここなら俺を受け入れてくれると思った。


 そういう勘違いを、してしまっていた。

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