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時間差勇者  作者: 稲荷竜
2章 過去世界生活
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62話 勇者と魔王(真)

 王位を(いただ)いてからしばらく経っているせいか、人前で感情をあらわにしない癖がついていた。


 権力というのは厄介なもので、良い行いをすれば『そうあるのが当然だ』と言われ、悪い行いをすれば『なんと横暴な!』とまたたくまに怒りをかう。


 だから、どんな話を聞いても心を落ち着けておくのは、身についた処世術のおかげなのだろう。


「エイミー様は、見つかりません」


 彼女が失踪と呼ぶべき唐突さで城から消え失せて、もう、数週間が経っている。

 営利誘拐の可能性は警戒していたのだが、犯人から要求があるということもなく、ただただエイミーは消えていて、そうして足取りはつかめていない。


 その報告に俺が玉座に腰掛けたまま「そうか」とだけ返したのは、王という公人ならではの処世術であるはずだ。


 ……そうであって欲しい、というのが、俺自身の願望だ。


 自分でも思うところがある。

 エイミーがいなくなったことを知ってから、足取りをつかめていないこの数週間、俺は、まったくと言っていいほど、焦りも後悔も抱いていなかった。


 抱くべきだ。


 あれほどかわいがっていた愛娘なのだから、それが消え失せれば取り乱して、今あるすべての力を用いて捜索をするのが、人の心に起こるべき影響として、自然だろうと思っている。


 けれど実際の俺の行動はまったくの正反対だった。

 もちろん捜索隊を編成していないわけがないのだけれど、それはあくまでも王都内をぐるりと回るのに不都合のないだけの人員と予算しか割いていないものだった。

 とてもじゃないが『愛娘を血眼になって捜す』といった規模の部隊ではない。


 エイミーの捜索だけにすべての力を投入できない理由は、いくらでもあった。


 近頃急に増え始めたモンスターへの対処だとか。

 そのモンスターの動きに人為、あるいは神意を感じた人々が興した過激派宗教への対策だとか。

 相変わらず続いている『蛮族』への派兵だとか……


 公人ゆえにやることも多く、権力者ゆえのしがらみも多い。

 俺には俺以外のたくさんの人の人生を抱えているという事情もあったし、体面のために感情を殺さなくてはならないという事情もある。


 それでも。


 そんな誰でも言えそうな、額面通りの『全力でエイミーを捜せない理由』なんか踏み越えてでも、エイミー捜索に躍起になるのが、親の愛ではないか、と俺は思う。


 けれど俺の心は、その愛を発揮する様子がない。


 愛を発揮できない自分。娘の失踪よりも優先すべき種々の問題を、普通に娘の失踪より優先している自分。


 そういった人間味のない自分に対する悩みを吐き出す相手は、もはや、この世界に一人しかいない。


 その一人も、すっかり忙しくなってしまって、なかなか、会うタイミングを得ることができなかった。


 あいつは、エイミーの失踪についてどう感じているのだろう。


 もしかしたら……

 俺と同様に、『そうなると思っていた』という感慨を抱いているのだろうか?


 彼女がいなくなったあとからだけれど、様々なものが付合しているような感覚がある。


 エイミーが持っている魔王というスキルはなんなのか?


 この時代が正史であり、俺が王家の祖であるならば、なぜ俺の娘であるエイミーの獣人としての血は未来世界の王家に存在しなかったのか?


 どこかのタイミングで、エイミーという血は王家から完全に排斥されたのではないか?


 失踪か。

 あるいは、討伐か。


 ……一人きりで考えていると、どうにも悪い方向にしか想像が及ばなくなってくる。

 信頼できる仕事仲間はたくさんいる。優秀な部下もたくさんできた。


 けれど。

 世界の秘密にまつわる内緒話をできる相手は、やっぱり、キリコとエイミーしか、いない。


 どうにか話すタイミングを取れないだろうか。最近はそればかり考えるようになっている。


 玉座にあってたくさんの人に囲まれ、日々を忙しなく過ごしながら、なんとも言えない孤独と焦ったさを感じる日々が続いている。


 そんなある日のことだ。


 キリコがあらゆるスケジュールを放り出して、謁見の間を訪れた。


 あまりにも突然のことで戸惑いはしたものの、あいつがあいつと俺のスケジュールを棚上げしてまで謁見をねじ込んでくることは珍しい。

 先約のお歴々に割り込みを許してもらい、キリコと二人で対面することにした。


 俺は玉座に座したまま。

 キリコは五歩ほどの距離で立ったまま。


「お久しぶり。あなた、会うたびに老けてない?」


「お前は本当に、あきれるぐらいそのまんまだな」


 お決まりとなったあいさつを交わして、キリコはすぐに本題に入った。


「勇者が見つかったわ」


 ……前置きというか、情緒というか、そういうのがなさすぎて、話を理解するのにしばらくかかる。


 キリコは俺が話を飲み込む時間を完全に把握しているように沈黙してから、


「勇者というスキルを持った、いかにも主人公っぽい若者が見つかったわ。……古文書再現を終えるための最後のひとピースが、見つかったのよ」

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