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時間差勇者  作者: 稲荷竜
2章 過去世界生活
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60話 安定期

 しかたなく国を名乗る羽目になった。


 国という概念を導入した、ということだ。

 ようするにユナイテッドステイツ。今まで大陸外周部に散っていた様々な民族を集めて形成されたこの場所に、ひとつの共通した旗印を掲げたということだ。


 これはもちろん現実的ないくつもの問題のせいだ。


 最初は『新たな広い土地に居を構えることができる!』という熱狂に支えられていた人々が、安定期に入り、熱狂がうすれ、『俺たちはなんのために集ってるんだ?』という疑問を意識し始めたのが理由だった。


 俺の能力により生活は各段に向上したので、俺のそばに集うメリットはある。

 しかし、目的がないのだ。

『集まった。それで?』ということで、彼らに『古文書再現をするために協力してくれ』と明かすわけにもいかないこちらとしては、次の熱狂できるイベントを提供する必要があったのだ。


 なにせ、俺とキリコとエイミーは、『未来に帰るための手段』として古文書再現をもくろんでいる。

 それは、俺たちがこの時代を去る目的を持っているということに他ならない。


 俺しか生み出せない技術作品がこの場所に集うもっとも上等な目的となっている現状で、俺がいなくなることを目的にしていると察せられるのはあまりうまくない……


 という、キリコの判断に、俺も納得して、俺たちが『未来に帰るために古文書再現をしようとしている』というのは、ごくごく一部を除いて、伏せられているのだった。


「どうあっても、世界を騙す運命なんだなあ……」


 罪の意識はあった。

 けれど、それで止まるなら、そもそも俺とキリコは始まってさえいないのだ。


 ……完全に割り切っているわけでもないので、悩むし迷うのだけれど、いざとなれば覚悟は固まる。そういうふうに俺の心はできている。


 そして。


 ……国が国を名乗り、安定して、さらに三年ほどが経つ。


 都市機能さえ整備できていればそのまま国を名乗っても問題ないだろう、だなんて甘い考えは国家を興して三日で消え去った。

 都市機能と国家機能は違う。国家というのは基本的に『俺たちのルールに従えないならお前たちは仲間じゃない』という集団だ。


 都市でしかなかったころにあった思想の違いや習慣の違いは『法』というかたちで画一化され、従わない者には罰則を与えなければならなくなる。

 その代わりにルールに従う者には相応の権利を与える必要もある……と、ここまでは都市でしかなかったころから変わらないことでもあるが、問題は『全国民』という膨大な数の、思想も習慣も違う者たちに、明文化されて動かし難いルールを呑み込ませなければならない、ということだ。


 呑み込めなければ国を割ってでも出て行く。

 しかし国を割って出て行った連中をそのままにしていると、国民が不安や怒りを訴えてくる。

 開発し尽くした土地が増えてくると『より広く』という願望がわくらしく、誰の所有物でもない土地もなくなれば、『自分たちと同じコミュニティじゃないやつらの土地を』という思考になるようだった。


 そして土地拡張の果てに『自分たちと同じルールで生きられない集団』が『隣人』になると、国民はこわがるらしく、こうして『不気味だし排除してもいい蛮族』という概念が生まれるのであった。


 排除してもいい蛮族が近くにいたら、どうなるか?

 弱いなら、排除する。

 強いなら、より明確な敵意をもって排除する。


 国家として一丸となり、便利な生活と軍隊という武力を得た集団の熱狂は、国王一人で止められるものではなかった。


 俺が国家元首となっているのは、いつかキリコが言っていたように、『流れに乗れた』だけなのだろう。

 流れを強めることはできても、止めることは、できない。


 俺は。

 国民の熱狂を制御しようとしながら、最後には周辺の『蛮族』へ軍隊を差し向けるということを、繰り返した。


 俺の作り上げた鎧と剣で武装し、広大な草地でのびのび育った馬に乗った軍隊は、苦戦こそたまにあったが、さしたる問題はなく、周辺を併合していく。


 ……すべての人を等しく豊かにすることはできない。


 すべての人を等しく貧しくするか、周囲の人を優先して豊かにするか、どちらかしか、俺にはできなかった。


 そして俺は後者を選んだ。

 見知らぬ遠くの誰かのせいで自分たちは豊かになれないのだ、と周囲の人に嘆かれるのがイヤだったからだ。


 仕事で忙しい俺とキリコは出会う機会も減っていき、それでも、たまに、人払いをして私室で話をした。


「老けたわね」


「お前は若々しいな」


 俺たちは実際の年齢差以上に見た目が離れていった。

 俺は心労が多く、また、年嵩(としかさ)があるように見えたほうがハッタリがきく立場だったのに甘えて、どんどん老けていく。

 いっぽうでキリコは教団の聖女という立ち位置で、若く美しい見た目のほうが神秘性があるらしく、若さの維持に余念がないようだった。

 とはいえ、まだ二十代前半ではあるはずなのだが。


 俺たちはだんだんとこの時代に骨を埋めざるを得ないかなと感じるようになっていた。

 互いにはっきりとは口に出さないけれど、言葉のはしばしからそんな意思がうかがえる。


 ただ、最後の一線として、俺たちは……王と王妃という立場ですでに国民に扱われていながら、子供ができないようにしていた。

 この時代で子供ができてしまえば、それはきっと、俺たちにとってとどめになる。

 ほんのりあきらめてはいても、完全に、未来に帰ることを受け入れる気にはなれなかったのだ。


 俺たちは仕事を忘れてひとときの雑談に興じた。


 それも本当に短い時間のことで、扉がノックされればこの時間は終わり、そうしてまたせわしない日常に戻ることになる。


「古文書再現は、あと、『魔王の封印』だけね。……いつ始まるのかしら、そのイベントは」


「……俺たちがこうして、国を興すのは、古文書に記された歴史の通り、なのかな。ひょっとしたら、俺たちではなく、ここにおさまるような人がいて、俺たちのしたことは……」


「そうかもしれないわね。でも、もう、やり遂げる以外で確かめる術はない」


「……そうだな。その通りだ」


「どこかに『封印できそうな魔王』が現れるのを待ちましょう。軍隊を鍛える目的は、周辺の土地を攻め落とすことじゃなかったはずでしょう?」


 俺が軍隊を組織したのは、いずれくる魔王や、それ以外の脅威から国民を守るためだった。

 盾のはずの彼らはしかし、もっぱら、矛としての活動しかしていない。


 別れはあっさりしたもので、俺たちは雑談のような、事務的なような、もう判別もつかない話だけして、また別れた。


 エイミーとは。


 エイミーとは、なかなか話せない。


 機会は作っているのだが、短い時間を細切れにとるみたいなことしかできず、自分の意思をうまく伝えられない彼女にとって、その時間はあまりにも短すぎた。


 そして彼女ももうすっかり大人になってしまって、昔のように抱きついて甘えてくるでもなく、その内心は俺にさえわかりにくいものとなってしまっていた。

 ……なにより、昔に比べて、心を閉ざしているような様子も感じられる。


 放っておきすぎたことはわかっている。

 どうしようもなかった、なんていうのが、子供にとってなんの言い訳にもならないのもわかっている。


 だけれど、本当にどうしようもなかった。


 ……ああ、周囲の人を幸せにすると決めたならば、最初から、徹底的に、そうすべきだったのだ。


 キリコとエイミーだけを見ていればよかった。へんにバランスをとろうとした。この時代で会った人たちを幸福にしようとしてしまった。

 時にはエイミーよりも、優先してしまったかもしれない。


『忙しいから、ちょっと、留守番してて』


 言わないようにしようとしていたその言葉は、俺が勇者に選ばれた時から増え始めた気がする。

 未来に戻ろうだなんて希望さえ、エイミーと比べれば、どうでもいいものであったはずなのに……

 未来に戻るためにたくさんの人を巻き込んだおかげで責任を感じてしまって、どんどんあとにひけなくなっているのが、自分でもわかった。


 どうにかしたいと思いながらもどうにもならず日々が過ぎていく。


 そうしてさらに一年が経ったころ。


 魔王が出た。


 いや。


 最初からすぐそこにいた魔王が、いよいよ、脅威として人類の前に立ちはだかったのだ。

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