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時間差勇者  作者: 稲荷竜
1章 異世界生活十年目
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6話 フライドポテトの呪い

「それにしても、いるのね、獣人。ちょっとイメージとは違ったけれど」


 ベッドしか座る場所のない家なので、硬い寝台に腰掛けたキリコは、そんなふうに言った。


 視線は正面に立つ俺……の腰にすがりつくようにしているエイミーに注がれている。

 キリコがその外面のよさを支える聖女のような笑顔を浮かべても、エイミーはますます怖がって、どんどん俺の腰に回された力が強くなるばかりだった。


「……ところで勇者さま、ちょっと内密の話があるのだけれど」


「この子は大丈夫だ。ちゃんと言いつければ、たいていの秘密は守れる。あと……事情があって、声が出せない」


 まったく出せないわけではないものの、ややこしい説明を避けるために、簡単にそう言った。


 キリコはしばらく疑り深そうな顔をしていたが、俺がぜんぜんエイミーを追い出す気がないのをわかってか、ため息をついて、話を始める。


「垂れ耳の獣人しかいないわね、この村」


「え?」


 もっと大事な話を切り出されると覚悟していたのだが、キリコはそんな雑談から入った。


「ほら、獣人ってもっとこう……耳がピンと立ってて、あと犬系なら犬みたいな、こういう……」


 鼻のあたりでなにか細長いものをしごくようなジェスチャーをしている。

 その意図に気付いて、俺は思わず笑った。


「ああ、『マズル』?」


「たぶんそれ。顔が人間みたいなんで、びっくりしたわ。耳としっぽの生えた人間って感じね」


「神殿じゃ獣人は見なかった?」


「そうね。私が行動を許されている範囲では見なかったわ。もしくはほら、神殿だとだいたい、帽子をかぶるのよ。顔の横に布が垂れてるやつ。だから獣人はいても、帽子で耳が隠れてたり、丈の長い神官服でしっぽが隠れてたりして、人間と見分けられなかったのかも」


「なるほど」


「ところで聞いてもいいかわからないことを、さっきから聞きたくてたまらないんだけれど……」


「実の子じゃないよ」


 視線がエイミーを見ているので、なにを問いたいかはまるわかりだった。

 いきなり獣人の話を始めたのも、そこへ持っていくための枕のつもりだったのだろう。


「この子には全部、最初から、この子の事情を説明してある」


「あなたはそういうところあるものね」


「いや、この世界のことでまだ微妙にわかってないことがあるらしいんだよ、俺。だからさ、みんなが『常識』と思ってることを知らなくて、発言のあとにきょとんとされたりするのがあるんだよ」


「それはあなたの知識不足っていうか、個性のせいなんじゃ……」


「まあそのへんの見解は今度詳しく聞きたいけど、とにかく、嘘をついたり、隠し事をしたりしたら、どこでボロが出るかわからないから、なるべく正直に、隠し事なく、全部話すようにしてるんだ」


「異世界関係のことも?」


「隠してはないけど、信用されなかったから、言わなくなった。わざわざアピールするほどのことでもないし」


「……まあ、実質的なことを言えばアピールの必要性はないんでしょうけど……心情的にアピールしたくならない?」


「昔はそういう時期もあったけど、今は全然」


「そういうところが許せないのよ」


「なんでだよ……」


「……ともかく、じゃあ、その子の前で配慮は必要ないのね?」


「必要ないよ。ちゃんとお前のことは友達だって言ってあるし。な?」


 腰にへばりつくエイミーの頭をなでる。

 彼女は使命感をにじませるうなずきかたをした。


「……あきれるぐらい懐いているわね。嬉しいでしょう?」


「嬉しい。でも、それも良し悪しだとは思う。まあ今はまだ幼いし、もう少し過ぎたら自然と男親から離れていくんだとは思うけど」


「許せない」


「どこに反応したんだ」


「あなたの大人の一面を見せつけられるたびに、なんだか後引くフラストレーションがたまっていくの。私の前ではもっと日本の高校生みたいな言動を心がけてちょうだい」


「無茶言うなって……」


「今後、高校生らしからぬ振る舞いをするたび、あなたにはフライドポテトが恋しくなる呪いをかけるから」


「恋しくなれば食べたらいいだろ」


「できるの!?」


「塩も油も芋もあるんだから、そりゃあできるよ。まあ、『揚げ物』は油がもったいないからなかなかしないけど、耐えきれないほどの気持ちになるなら、やったらいい」


「ちょっとそれ、一両日中にやってもらえない? というか塩は貴重ではないの? これだけ中世感あるのに?」


「いや別に……というか中世で貴重だったのはスパイス類の方だろ。その前にさ、神殿の食事はどうだったんだよ。塩ぐらい使ってただろ?」


 そう問いかければ、キリコはうつむき、肩を震わせて、ささやく。


「……すごく、薄かった」


「……」


「『いい材料ですね』っていう感じで……いえその、裏ごしをしたり、野菜やお肉でスープをとったりするのは、やってるのよ。丁寧な仕事ぶりはうかがえるの。でもね、私は技術の粋を尽くした薄味料理より、塩をがっつりかけた揚げ物が食べたかった」


「それは……大変だったな」


「あまりにも塩気がないものだから、夜な夜な厨房に忍び込んで塩を舐めていたわ。『貴重なんだろうな』と思っていたから、罪の意識を感じつつ、控え目にペロペロと……」


「妖怪かよ」


「しょうがないじゃない! コンビニがないこの世界が悪いのよ!」


「わかったわかった、ちょっと待っててくれ」


 俺は中空に手を入れた。


「なにそれ!? 肘から先が消えてるんだけど!?」


「ああ、『アイテムストレージ』だよ。俺の異世界転移特典だな。お前のほうにはない?」


「ありませんけど!?」


「んー……お、あったあった。ほら」と、アイテムストレージから真っ赤な、人間の頭部大の木の実を取り出し、「これを絞ると食用の油が出るんだ。でっかいオリーブみたいな感じ。これでポテトを揚げよう」


「その油を絞る作業はどのぐらいかかるの?」


「今、俺の目の前には、『ラビの実』という項目がある。そっちからは見えない?」


「見えないわよ!」


「じゃあ、この『ラビの実』という項目を指でタッチする。と、いくつかの選択肢が出る。『使う』『捨てる』『加工する』。『加工する』を選ぶと、『合成』が出る。で、『ラビの実』とアイテムストレージ内の『ビン』を『合成』すると……」


 手の中のラビの実が、一瞬消え去り、次の瞬間には、『中に黄金の液体がなみなみと入った一升瓶のようなもの』が出現した。


「こうやって、油が手に入る」


「許せない」


「まあいわゆるチートだからな。そっちにもあるんだろ? なんか、転移者を見つけられる能力みたいなの」


「あるけど、詳しくは明かしたくないわ。今の超常現象を見せつけられたあとではしょぼく感じるから。なにかあなたの度肝を抜くような紹介のタイミングを狙っておくから、覚悟しておきなさい」


「楽しみにしてるよ」


「許せない」


「許せよ」


「ほんとは許してる……」


 その表情が屈辱的なのは、たぶん、食欲に負けているのを自覚してるからだろう。


 あんまり意地悪するのもかわいそうなので、俺は笑って言う。


「じゃあ、この油で、フライドポテトを作ろうか」

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