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時間差勇者  作者: 稲荷竜
1章 異世界生活十年目
40/94

40話 それぞれの思惑

「……不自然よね」


 俺たちの密談は『勇者になるためにこんな修行をしたよ』という雑談から入り、その修行の模様にキリコは首をかしげた。


 俺としてはなにが不自然なのかわからず、手狭な真聖堂に不意に落ちた沈黙をもてあましながら、正面に座る聖女の美しい顔をぼんやりとながめるしかない。


 するとキリコは補足が必要なことを察してか、口を開く。


「いえ、魔王っていうのは、どうにも、『人』なんでしょう?」


 異論はない。辺境伯の口ぶりだと、そう解釈できた。……というか、他の解釈を探したが、発見できなかった。


「『人』を相手にするのに、そんな巨大剣を振り回すっていうのは、いかにも非効率じゃないかしら?」


「ああ、まあ、そんな気もするけどさ」キリコに魔法で治療された手を握ったり開いたりしながら、「そこはほら、剣が先か、人が先か、みたいなアレでは?」


「どういう意味?」


「勇者が剣を選んで聖剣としたんじゃなくって、まず剣があって、それを振れるやつが勇者に選ばれたんじゃないかってこと。で、その時に使われた剣が、伝統になって、今に伝わってる」


「……なるほど。つまり初代聖女は熊系男子が好きだったのね」


 趣味が合いそう、とキリコは冗談めかしてつぶやいて、


「なににせよ、魔王は実際にいたのね。神殿が私を急かしたことも、急かしたように思えただけ、なのかも」


「そうかもな。探せばマジの勇者と魔王が見つかるかもしれない。見つかったらどうする?」


「勇者をうまくだまくらかして仲間に引き込んで、その人に魔王を倒させるようになる感じかしら……困ったわ。人を騙すのは好きじゃないのだけれど」


「本気で言ってる?」


「どういう意味?」


「いや……外面を塗りたくるのは、ある意味で人を騙してることになるんじゃないかなって」


「それはそれ」


「アッハイ」


「うーん、でも、そうね、勇者と魔王は、もう少しがんばって探したほうがいいのかもしれないわ。いちおう、神殿が戸籍を管理してる村については回ったのよね。半年もかけて……」


 どうやら聖女としてこの世界で過ごした期間の大半が、『勇者探し』に費やされていたようだった。


 いきなり異世界に呼ばれてわけのわからない宗教行事により旅暮らしを強いられるのは、なるほど『誘拐された』と言いたくなるぐらいのストレスがかかりそうだった。


「お疲れ」


「ありがとう。……転生者、転移者はそこそこの数いたのだけれど、『勇者』も『魔王』も見つからなかったのよ。近々また出張かしら……まだ見ぬ魔王を求めて。勇者は見つかったって公言しちゃってるけど、私、魔王にかんしてはまだなんにも言ってないのよね」


「次の出張は俺もついていこうか?」


「スケジュール次第かしら? あなたのほうも、やることがあるんでしょう?」


「まあ。たぶん王宮にこもって剣術修行をやるとは思う。そのほかにも王女殿下からいろいろ教育を……あ、そうだ」


「なあに?」


「王女殿下が俺のことを好き、みたいな噂な。実際に流れてたらしい」


「ああ、やっぱり」


「で、それについてなんだけど、噂が流れてる事実を王女殿下に伝えてもいいのかどうか、相談したい」


「……なるほど。まあ相手は王族だし、噂を消すのに変に燃え上がられてスキャンダルにされても困るわね」


「そうなんだよ。なんでも、王女殿下が男に服を贈ることが今までなかったあたりから出た噂らしいんだけど……王女殿下はべつに、俺を相手にどうこうは思ってないはずなんだよな。ほら、俺らのこと応援してくれてるし」


「私はまだこの世界の感覚がよくわからないのだけれど、一夫多妻が普通だったりとかはしないの? 第二夫人の座におさまろうとしてるとか」


「一夫多妻は……うーん……村民の立場からすると、普通とは言えないな。ただ、陛下は実際に第七まで夫人がいらっしゃるし、貴族の人たちも夫人を二人ぐらい迎えるのは普通っぽい」


「案外、王族の感覚で、横恋慕の意識もなく、普通にあなたと付き合おうという意図があるのかも?」


「なんでそんなに『王女殿下、俺のこと好き説』を推すんだよ……ないってば」


「私は案外嫉妬深いし、あなたは案外魅力があるわよ」


「そう言ってもらえるのは嬉しいけどさ」


「あと、美女が好意を寄せてる男は、四割増しぐらいで素敵に見えるものじゃない?」


「お前ほんと『強い』よな……」


「どうも。でもまあ、そうね、どうにかして噂を潰しましょう。空気感ができあがってあなたと王女殿下がくっついたあと、長編連載のラブコメみたいに私がどこぞのモブ的な第三王子とテキトーにカップル処理される展開はごめんだもの」


「第三王子をモブ扱いするな」


「というかどんなに思い返してもその第三王子とは顔を合わせたこともないのだけれど、『第三王子、私のこと好き説』は本当なの? 王女殿下があなたに恋してる以上にありえないと思うのだけれど」


「さすがに王族の感覚まではわからないけど、どこかでお前を見かけたことがあれば、惚れることもありうるんじゃないか?」


「今度から神殿以外では顔を隠しておいたほうがいいかしらね……」


「……いやしかし、王族に惚れられたって、ちょっとは心動くもんじゃないか?」


「私、男の肩書には興味ないから」


「格好よすぎる」


「肩書なら自分で持ってるし」


 聖女はドヤ顔で言った。

 それから思いついたみたいに口を開く。


「あと私、エイミーちゃんとあなたの仲の良さにもじゃっかん嫉妬してるから」


「あの、親子です」


「いいことを教えてあげる。女の子はね、十歳ぐらいになってそこまでパパにべったりしないものなのよ」


「いやあ、それは家庭によるのでは?」


「黙って。今、『常識』という圧力でエイミーちゃんの行動を牽制してるところだから」


「容赦がねぇ」


「彼女に母親と認めさせるためには、なにか策を講じる必要がありそうよね。やはり最大の急務はそれ……」


「今度、三人で街でも散歩してみるか?」


 もちろん冗談だ。

 キリコが街を歩くと大変なことになるのは互いに承知している。

 俺と、キリコと、エイミーが三人で出歩けば、まだ勇者お披露目前の現在、あまりよくない噂が広がる可能性もあるだろう。


 だが。


「いいわね、それ」


 キリコは真剣な顔で述べてから、無表情になって黙り込む。

 それはいつもの、『俺にとってよくないこと』を考えている顔だった。


「そうしましょう」


 その言葉に対して、俺はなにも言わない。

 今の言い方は、絶対にまげない決定をした時の口ぶりだと、俺はすでに知っているからだった。

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