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時間差勇者  作者: 稲荷竜
1章 異世界生活十年目
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4話 テハイサ村への帰省

 だだっぴろい平原が終わるころ、丘と言うには高く、山というには低い、地面の隆起した場所が見えて来る。


 夕暮れの光に照らされて黄金に輝く草原の中にぽつりとあるその隆起した地形の上には、広い面積の中にまばらに木造の家屋がいくらか乗っていた。


 そこが俺の今の故郷テハイサ村だ。


 主な住民は獣人族。

 主な産業は畜産。馬や乳牛などを育てている。


 他にも畜産動物にまつわる様々な器具などを作っており、俺の主な仕事はそちらの鍛治、細工のほうだった。


「故郷、とは言っても住み始めてから、まだ十年も経ってないんだけど、ようこそ、俺の村に」


 俺たちの乗ったものの後ろにも、聖女の荷物やお付きの者などが乗った馬車がいくらか続いている。

 俺はあくまでもうやうやしく、失礼のないように、一足先に馬車を降りて聖女キリコをエスコートした。


 キリコは慣れた様子で俺の手をとって馬車から降りる。

 もしも制服ではなく、袖のたもとも裾も長い聖女服(と、呼ぶのだろうか?)で来ていたら、この草地ではただ歩くのも大変だっただろう。

 キリコもそのへんを見越して、動きやすい服装ということで制服姿になったのだろう。


「ご苦労様です、勇者よ。では、わたくしは同行したみなさんを労ってまいりますね。先に村に入り、我らの来着を知らせておいてください。先触れは出しましたが、村の方々がおどろかないようにね。それから、今晩はわたくしも村に泊めていただきますので、寝床の用意をお願いいたします。お付きの者は馬車で眠りますので、食事も寝床も、わたくしだけで結構です」


 俺のやることを柔らかい口調で、しかし極めて事務的に告げると、制服をまとった聖女は後ろの馬車のほうへと歩いて行った。


 指示されたタスクをこなすべく、村へと入る。


 小高い位置にある村からは、すでにぞろぞろと馬車がおとずれた光景が見えているようで、中はもう、ちょっとした騒ぎになっていた。


 俺が入ると、集まっていた三十名の村人たちは、いっせいにこちらを見て、それから、犬耳の老婆へと視線を移した。


 彼女はこの村の村長だ。

 正しくは夫が村長なのだけれど、そちらは病気がちであまり活動ができないので、実質的にはこの老婆が村長としてみんなに認識されている。


「いやはや……」


 老婆はちょっと困ったようにうなってから、


「まさか、本当に勇者さまになって帰ってくるとはねえ」


「俺もおどろいています。ああ、おわかりかとは思いますが、あの一行は聖女さまとそのお付きの方々ですので、村に来てもあまりおどろかれませんように。それから、聖女さまがこの村で宿泊なさるようなので、食事と寝床を確保してください。ほかの方はいらっしゃらないそうです」


「ああ、ああ、早馬で連絡をもらった通りだね。できているよ。……それで、勇者ってのは、なにをするんだい?」


「さあ? 聖女さまには深いお考えがあるのでしょうが、それはまだ明かされていないのです。さしあたっては、そうですね……この村の牛乳を、『勇者牛乳』とでも銘打って売り出してみましょうか」


「そりゃあいいね!」


 老婆が笑う。


 すると緊張したようにこちらを見ていたみんなも、どっと笑い、口々に『勇者さま!』と温かい、からかいの言葉をかけてきた。


 俺は居並ぶ村人たちの中に娘の姿を探す。

 その様子に気づいたのか、老婆が困ったような微笑を浮かべて、口を開いた。


「あの子なら、さっきようやく寝ついたところだよ」


「……『さっきようやく』? まさか、俺が行ってから一睡もしてなかったんですか!?」


「あんたがいないあいだ、あとを追いたくってたまらない様子で、大変だったんだからね。いや本当に、あんたはあの子の救いなんだね」


「まいったな……ちゃんと『帰ってくるから大人しく待ってろ』って言ったんだけど……」


「心細いんだよ。許してやりな。それで……『勇者』ってのは、なんだ、その、この村から出て、旅をするってことは……ないと思っていいのかね?」


「わかりませんが、そのあたりは聖女さまが配慮を約束してくださいました」


 さっきから聖女のお考えとか聖女の約束とか、けっこうテキトーなことを言ってしまっている。

 まあ、してもらえるだろう、という予断に基づいた話なのだけれど、してもらえなかったらどうしよう。


「ともかく、起こすつもりはありませんが、娘の顔を見に行っても?」


「ああ、いいよ、いいよ。あんたの家にいるからね」


「……俺が出る時には、村長宅であずかっていただけたものと思っていたんですが」


「自分で戻っちまったのさ。連れ帰ってもまた暴れそうだし、様子を見つつ好きにさせてるよ」


「申し訳ない。ありがとうございます」


「いいからいいから、行ってやんな。あたしらは鼻が利くから、ひょっとしたらもう、あんたのニオイに気付いて目を覚ましてるかもしれないよ」


「……そんなににおいますか?」


「そういう話じゃあないんだよ」


 老婆はなんとも言えない顔をしていたが、俺の隣に来ると、「行きな」と俺の背を叩いた。


 村人たちの人垣が割れて、俺の進む道ができる。

 そこを通って、俺は自宅へと向かう。


 俺の家は、村から少し外れた、森にほど近い場所にあるのだった。

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