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時間差勇者  作者: 稲荷竜
1章 異世界生活十年目
35/94

35話 世間と風聞

 結論から言えば、市井に混じることはできなかった。


 人は集まったのだけれど、全身黒統一で顔を薄布で隠したキリコが、俺や護衛の騎士たちを引き連れて街に出たものだから、見物人は多くても人を探す感じではなくなってしまったのだ。


 しばらくはそれでも目的の『純真無垢で騙し易そうな少年少女』を探そうという努力をしたのだけれど、そういった人材が野次馬の最前列にいるはずもなく、日が暮れる前にすごすごと退散することになった。


 そもそも『未亡人の貴人』という設定が何もかもよくなかったと思う。

 貴人設定にしてしまったので当然のように護衛がついたりなんかして、もう誰かに話しかけるどころじゃない。


 王女殿下はコンセプト通りのコーディネートを仕上げたが、そのコンセプトは『仲間探し』という目的にまったくそぐってなかったのであった。


「まあ、そうなるわよね」


 キリコは最初からわかってたみたいに言った。

 俺も最初からわかっていたのでなにも言わなかった。


 かくして神殿に戻った俺たちは、いつものように真聖堂に集まる。


 今日はこの場にエイミーもいて、天井に描きこまれた妙に写実的な絵画だとか、細かいところに貴金属があしらわれた意匠だとか、磨き上げられた白磁のような部屋の壁だとかをキョロキョロして、ふらふらしている。


 俺は『合成』で適当な椅子を仕上げようかと思ったのだけれど、真聖堂はマジで狭くって、椅子が二つ、テーブルが一つ以上にはどうしたってなにも置けない。

 だから仕方なくエイミーを俺の膝に乗せて、聖女服に戻ったキリコとテーブルを挟んで会話をすることになった。


「ひょっとしたら、私たちは『仲間探し』に向いてないのかもしれないわ」


 キリコはつぶやくように言った。


 なんにも反論がなかったので、俺は黙ってうなずくだけだった。


「仮によ、王女殿下が謎の使命感で私を未亡人に仕立て上げなかったとしても、たぶん、似たような感じになった気がするのよね」


「ああ、うん、俺もそう思う。なんていうか、お前は本当に目を惹くんだよ。特にこっちの世界だと、日本にいた時より目立つと思う」


「あなたは溶け込めてるのにね……」


「なんていうの? 顔面偏差値?」


「そこも否定は別にしないけど、それよりも『雰囲気』よね。こっちに来てからほぼ一年、神殿に引きこもっていたツケを払っている気分だわ。出ちゃうのよね、浮世離れ感」


「否定はしない。あとお前、いわゆる『町民服』が似合わないと思うから、王女殿下はあれはあれで最良の選択をしたと思う」


「……まあ、仲間にかんしては、王女殿下のために二枠とりましょう。そちらで探してもらったほうが、たぶん話が早いわ。一枠はどうしたって神殿から推薦されたメンバーを入れないといけないとは思うし、それで三枠埋まるものね」


「まあ、だろうな……俺がすべての決定権を持つなら身内だけで固めたいところなんだけど、そもそも『身内』がな……いないんだよな……」


「冒険者時代の仲間がいないなら、そうね。……膝の上のその子は」


「……『勇者の仲間』ってさ、『魔王と戦うためのメンバー』だろ?」


「まあ、無理ね。……今日、市井に出たじゃない?」


「ああ」


「その時にちょっと注意して観察したんだけれど……いわゆる『民衆』と比べると、やっぱり王族って半端じゃないわね」


「ええと、ステータスか?」


「そうそう。とはいえ、私には『剣術レベル1』と『剣術レベル2』のあいだに、どのぐらいの差があるかとか、そういう実感を伴った理解はないのだけれど、それにしても、今日見た『民衆』とくらべて、王族は半端じゃなかったわ。というか、民衆があまりにも雑魚なのよね」


「雑魚」


「もしもこの世界がゲームのようなもので、誰かがバランス調整を行っているのだとしたら、そもそも『民衆』カテゴリに入る人たちは、戦うと想定されてないんじゃないかしら?」


「……あー……俺さあ、思いついちゃったんだけど」


「なに?」


「RPGとかでもさ、主人公と敵以外に戦闘能力なかったりするじゃん」


「そうね」


「この世界はさ、『RPGの主人公たちが魔王を倒して、それから貴族化した世界』なんじゃないかな」


「……わかるような、わからないような」


「『戦う前提のステータス設定』の人たちが、戦った結果偉くなって、血筋にその力が宿って、今にいたってるんだよ。だから王族や貴族は強かったり、魔法使えたりする。で、民衆は戦えなかった人たちの子孫だから、弱い」


「……なるほど。オールド&ステレオタイプのRPGの、『その後』の世界なのね」


「いやまあ、だからなんだって話でもあるんだけどさ。もしもその想定が正しいとすると、民衆の中から『対魔王』の人材は生まれないってことになる」


「仮に生まれるとしたら、それが『勇者』っていうスキルを持った突然変異になるわけね」


「だと思う。努力すれば騎士ぐらいまではいけると思うんだけど、英雄になれるかどうかはたぶん、生まれつき決まってるんだと思う。……この言い方だと『そりゃそうだろ』って感じもあるけど、なんていうの? 俺らのもともといた世界よりも、どうしようもなくハッキリした『才能格差』があるような気はするんだ」


「そのあたりが無意識に働いて、この世界の人が神と自分たちのあいだに王族・貴族をおいている、っていうのの背景になっているのかもね」


「かもしれない。……と、なると、やっぱり王族・貴族から仲間を出してもらうのが正着だとは思う。いや、魔王とかいうどう考えても国家が一丸となって立ち向かうべきっぽい敵に、勇者と聖女と三人の仲間で挑むっていうのは、なにか不自然だったんだけど……この世界では『少数精鋭』が普通なんだろうな。敵が強ければ強いほど、自然と対応するのも少数になるっていうか……」


「弱い味方ほど邪魔なものはないものね……」


「無双ゲームの味方NPCが、予期せぬタイミングで敵を浮かせちゃったりするアレな。すごい邪魔だよな」


「そう、それ!」


 俺たちは元いた世界のゲーム知識を思い出してたいへんはしゃいだのだが、俺の膝の上でエイミーがきょとんとしていた。

 咳払いして、まじめな話題に戻す。


「……まあ、だから、仲間探しはもう、王女殿下に打診して、触らないことにしよう」


「そうね。早いうちに王女殿下を味方に引き込むことに決めた私、すごくない?」


「素直にすごい。俺はちょっと踏ん切りつかなかった。というか俺一人だったら、相手が王族の時点でいっぱいいっぱいだし、大過なくやり過ごそうとは思っても、味方に引き入れようっていう発想はなかったと思う」


「しかし王族の威光が通じるあなたが、よく私に決断を任せようと思ったわね。というか、開き直って味方に引き込んだあと、もうちょっとなにかあなたから言われると思ってたんだけど」


「任せたって言っておいて、あとからグチグチと?」


「私たちって、けっこう、お互いのこと知らないじゃない」


「……まあ、ゲーム好き漫画好きぐらいが接点だったしな。それ以外の『一緒に過ごすうえで』みたいな部分は、たしかに知らなかったかも」


「性格的な相性が予想よりいいのには、おどろいているわ」


「そうだな。言い出したらキリないけど、実は俺も、お前に普通に捨てられる覚悟は常にいくらかしてるんだ」


「あら奇遇」


「王女殿下が俺を鍛えてくれようとしてるの、実際、ありがたいよ。いくらかの不安は払拭できそうだし」


「ああ、そういえば、そのことでちょっと気になったことがあるのだけれど」


 キリコは口ごもった。


 こいつの沈黙と無表情はどうにも俺を不安にさせる。


 しかしなにかしら迷うだけの理由があるのだろう。そう思って急かさず言葉を待つ。その時間はやけに長く感じた。

 じりじりとイヤな予感が膨らみ始めて、あと数秒もしたら『なにを言いたいんだよ』と急かしてしまうなと思ったその時、キリコが重苦しく口を開く。


「これはなにか物証があるとか、そういう話じゃなくって、空気を読んだ予測でしかないのだけれど……」


「お前の空気読み力の強さはよく知ってるから、遠慮なく言ってくれよ」


「そう? じゃあ、言うけれど……あなた、メイドたちから誤解を受けてるわよ」


「誤解?」


「そう。スルーズ王女殿下の想い人だと誤解されてる気配を感じるのよね」


 気のせいかもしれないけど、とキリコは付け加えた。


 あんまりにも意外すぎて、俺はしばらく絶句していた。

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