30話 方針と訓練
ステータス閲覧については、ある程度の壁などを透過できるらしい。
また、視界内にいれば、距離は関係ない。
ただし、遠くにいるほどステータスの文字は小さくなり、小さい文字を読めるかどうかは、肉眼視力に依存するようだった。
「いろんな土地をめぐって『勇者探し』をしたわ。まあそれは建前で、『転生者』『転移者』のステータスをもつ人を探したの。あなたの住んでる村も遠目から見たわ。あなたはたぶんその時、家の中だったんでしょうけれど」
きっとそうだろう。
聖女一団が巡礼しているという噂は聞いたことがないでもなかったが、俺はあんまり興味もなく、家で娘と遊んでいた気がする。
当時は聖女がまさかキリコだなんて想像もしていなかったし、聖女が転移者だという話も、俺は知らなかった。
というかたぶん、神殿で実際にキリコを召喚した連中以外、知らないようなことなのだろう。
ちなみに王都にある石造りの家屋程度なら、外から見ても中の人のステータスを透視できるようだ。
そんな視界は疲れるので、普段はオフにしているらしい。
「あとあなたの言う『口伝部屋』ね、あれ、たぶん、私のステータス閲覧がギリギリ通じない壁の厚さが確保されていると思う。それか、なにかステータス閲覧を阻害する魔法がかかっているか……」
「魔法の気配みたいなのはわからないのか?」
「『気配』ってなによ」
問われると俺も困る。
俺はこの世界で、軍隊についていって、モンスター退治のための肉壁なんかもやったことがあり、その時に恩人を亡くしたりもしているので、まあまあ死線はくぐっていると思うのだけれど……
それでも、『音』や『におい』以上の『気配』となると、さすがによくわからない。
「というか、ステータスがわかるなら、俺の『アイテムストレージ』についてもわかってたんじゃ?」
「あなたのアレは『スキル』とかじゃないみたいね。本当におどろいたんだから」
こういう感じで、俺はキリコの能力について思いついた質問を次々とした。
キリコも言いたいタイミングで自分の優位性についてひけらかすのは好きなものだから、いろんなことを教えてくれた。
ただ、雑学としては面白いのだけれど、その知識を俺が活かせるかというと、かなり微妙なところだと言わざるを得ない。
また、キリコは『聖女』というスキルについて、先ほど示した以上のことは教えてくれず、そちらについては大して新しい情報はなかった。
「まあとにかく、そういうわけで、『勇者』スキル持ちが見つかっても、見なかったことにするから」
俺を勇者にしてしまった以上、たしかにそうするしかないだろう。
……まあ、ちょっとは? 本当に俺が『勇者』なら、それは素晴らしいことだなーとか思わなくもなかったけれど?
スキルというかたちで明文化されるのであれば、俺がいきなり覚醒する展開もないだろうし、やはり奇跡にすがるよりも、持っている手札でゴールを目指すしかなさそうだった。
「というか、私の能力が過去の聖女を再現してるとして、この聖女がいてもなお『勇者』と『仲間たち』が必要だった『魔王』ってやばくないかしら」
「間違いなくやばい。ステータス的にやばかったのか、相性的にやばかったのか、それとも『仲間のいる勇者でないとトドメを刺せない』みたいな条件があったのかはわからないけど……少なくとも俺は、魔王の眼前に立っただけで死ぬ気がする」
「蘇生魔法を覚えたいけれど、そういうのは見当たらないのよね」
あながち冗談でもないような声音でキリコは言って、
「まあそういうことだから、もしも本当にモンスター討伐をしてるなら、私がこっそり力を貸して、あなたに『SSS級モンスター討伐!』みたいな実績をたくさん立てさせようかと思ったのだけれど……」
「そもそもこの世界、依頼の難易度にSランクとかそういう基準を使ってないからな……」
「どういったランク付けが行われているの?」
「いや、拘束時間と給金を見て各人が勝手に判断する形式だな。親切にランク付けとかはされてない」
「バイトかなにか?」
「まさしくバイトかなにかなんだよ。まあ、多くの人が文字は読めないんで、給金の額と拘束時間を表す記号が用いられてるから、『拘束時間が長い』を指して『横棒級』とかいう言い回しを使ったりはするけど」
「横棒っていうのは?」
「縦棒六本で半日って感じなんだ。で、縦棒は六本までで、それ以降は『一日仕事』ってことで六本の縦棒の真ん中あたりを横切るように、横棒を書くんだよ」
「なるほど」
「定職に就きたいやつはだいたい、同じ発注先の『横棒』を連日受けるな。こういうあたりから、将来を考えてるまじめなやつは『横棒』ってちょっと馬鹿にされた感じで呼ばれることがある」
「まじめな人が馬鹿にされやすいのは、どこの世界もそうなのね」
「まあそもそも、『冒険者』っていうのが『能力も知恵もなくって日々を冒険するように生きるしかない連中』みたいな意味合いだから……まともな生業に就くなんていうのは『夢みがち』みたいに思われる土壌があるんだよな……それに、発注先も、そもそも正社員として雇う気ゼロだし……」
「異世界ファンタジーのくせに世知辛くない?」
「なんとなくなじみのある世知辛さではあるかな……あと、やっぱり一度冒険者に落ちたようなやつは、わかるんだよ。『あ、こいつ冒険者だな』って。そう見られると信用度が低いっていうかさ」
「それは『気配』?」
「いや……衛生的にするのってさ、習慣じゃん。で、冒険者みたいな連中は、衛生に使えるほどの過処分時間がないんだよ。だから、習慣がないから、なんていうか、小汚い」
「……」
「俺はもともとの習慣があったし、アイテムストレージのおかげで人よりも可処分時間が多いし、なにより『石鹸』とか『綺麗な水』とかを『合成』できるもんだから、他の冒険者よりは気を遣ってると思う」
「そうね。……私、転生者・転移者に面談してたじゃない?」
「うん」
「神官から『小汚いやつが多くていやになりますね』ってげんなりした様子で話された時は、『なんて差別的な考え方をする人なんだろう』と思ったけど、あれは物理的な話だったのね……」
「うん、その、なんか、ごめんね」
「ちなみに私は清潔だからね。聖女として過ごす時間の六割ぐらいは自分磨きに使ってるわ」
「それ、俺と同じぐらいの身分のやつに言わないほうがいいぞ。かなり贅沢な時間の使い方だから。この世界での『可処分時間』はマジで『資産』なんだよ」
「気をつけるわ。それはそれとして、石鹸はちょうだい。できたらシャンプーとリンスもほしいんだけど。この世界に来て何が一番強いストレスって、髪の艶が日毎に減っていくことなのよ。一刻も早く解放されたいわ」
「えーっと……ああ、うん。シャンプーとリンスできそう。俺はまあ全部石鹸だけど。個人使用にとどめるなら作るよ」
「売り出したら儲かりそうじゃない?」
「素材がわりと貴重。手広い商売をしたくない理由は前に言った通り」
「私、価値観が違う発言を思い出すのが苦手なの」
「リスクヘッジ。あと、『合成』できても『作製』できないから、俺にしか作れないものが流通するとこの世界がおかしくなる」
「オーケー。尊重するわ。でも、私はこの世界をおかしくすることになんのためらいもないことを覚えておいて」
「俺らが死んでもエイミーとかその子供が生きていく世界なんだよ」
「……なるほど。その視点は本当になかったわね」
ごめんなさい、とキリコは謝った。
そして、
「私たちの娘ですものね……」
「お前とは十歳ぐらいしか差がないけど、まあ、俺の娘だし、そうなるな。なんだか妙な気分だ」
「しかし、完成品をもとに作製方法を割り出してもらうことはできるかもしれないわね。私としては、あなた産以外にもシャンプーとかリンスとか化粧品とかケア系商品全般がほしいわ……」
「用意するけど。多少なら完成品の仕上がりにも融通はきくし」
「いちいちあなたに美容品をお願いするのは恥ずかしいでしょう? メイク道具だけならまだしも、用途を言いたくないものもあるし」
「ああ……ううん……でもなあ、こればっかりはなあ」
「王女殿下に『この完成品をもとに製品を作れないか』を打診してみてほしいんだけど……」
「すげー怖い。すごい熱意で商品化されそう」
「その流れでの商品化なら、あなたの危惧する『異世界がめちゃくちゃになる』みたいな杞憂をクリアできるとは思わない?」
キリコはこれでけっこうこっちの考えや事情などを斟酌してくれるほうなのだが、この話題にかんしては、やけに押しが強い……というか、引き下がりが悪い。
よほど腹に据えかねるものがあったのだろう。
「……前向きに検討するよ」
「お願いします」
頭を下げられてしまった。
ガチで検討するしかなさそうだ……
「とにかく、勇者の一般お披露目まではまだ時間があるから、それまでに、あなたの地位を上げておきたいわね」
「時間があるって言っても数週間程度じゃないのか? 下手すると数日とかもありうるんじゃ?」
「いえ、一年ぐらいあるはずだけれど」
「え?」
「だってあなた、これから戦闘訓練とかするじゃない。……あれ? 王女殿下からそう聞いているのだけれど、あなたはまだ聞いてないの?」




