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時間差勇者  作者: 稲荷竜
1章 異世界生活十年目
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21話 謁見

 いくらかの相談をして解散となった。


 相談の中には謁見までに俺がすべきことが大量にふくまれている。

 それは礼儀作法とか立ち振る舞いがもちろんふくまれていて、現在までなんの教育も受けさせてもらえなかった俺は、謁見数日前にしてようやくコーチがつくことになったのだった。


 これについて王女殿下は不満を漏らしていらした。


「というか作法については神殿が教えるべきだと思うのよね。勇者の態度一つで後援者の数と金額が決まるのだから、そこの投資は惜しむべきではないわ」


 目先の手間を惜しんで必要な投資を惜しむ組織はダメね、と神殿をディスるのも忘れない。

 まったくもって同意なので俺は「そうですね」としか言えなかった。


 謁見は王女殿下と共犯者となった会合から、さらに四日ほど経ってから行われることとなった。


 王宮文官のサンドフォード氏が言った『早ければ二日』は、本当に目安でしかなかったようだ。


 その四日間はといえば、これが矢のような速度で過ぎていった。


 今までやることがなくて時間をもてあましていたのが嘘のようだ。

 王女殿下から遣わされた作法のコーチやらなんやらがひっきりなしに俺のもとに来て、四日という短い期間で俺は『まあ、これさえできれば首を刎ねられることはないでしょう』というレベルまで色んなことを仕込まれたのである。


 ちなみに着るものに使う布ももらった。

 仕立てについては俺が『合成』で行った。

 そうしてできあがったのは、丈と袖の長い古代中国宮廷を思わせる、でもズボンあたりはなんとなく西洋風という、この世界の貴族がよく着る服だった。


 この服の仕上がりについて王女殿下からコメントをいただけた。


「縫い目がないけど刺繍はあるのね。なるほど、あなたの能力はざっくりと『見てくれを整える』から、作製工程上どうしたって出てしまうような、縫い目や継ぎ目が存在しないみたい。これは細かいところを見る貴族なんかはほしがると思うわ。縫い目や継ぎ目はそれはそれで美しいものだけれど、『まったくない』という奇異さはうまくすれば流行するかも」


 あと王女殿下、どうにもアパレルブランドを出してるらしい。

 小物や服に対する興味はそういうことだったのだ。


 セレブの子がファッションブランドを立ち上げるのは俺がもといた世界でもそこそこ観測された事象だったけれど、十一歳でオーナーというのは俺の知らない世界すぎて、あらためて育ちの違いを思い知らされた。


 圧倒されているあいだに俺の作成したものの専売契約を結ばされてしまった。


 キリコは静かに深く喜んだが、俺はのしかかる重圧にだんだん胃が痛くなるのを感じている。

 そんな俺の希望もあり、『謎の職人』ということで名前は公表しないでくれることにはなった。

 普通、珍しいものを作る職人は名前を公表するものらしいので、これはけっこう、非常識なことらしい。

 名前を公表しない代わりとしていくつかのブローチやらイヤリングやらの作成も頼まれて、忙しくて判断が面倒だったので『手間もないしいいか』と引き受けたりもした。


 そうこうしているうちに謁見の日が訪れてしまった。


 RPGにおいて王様との謁見イベントなんてのは開始時にさらっと済ますものだが、実際にやるとなると、緊張感やら不安感やらで、人生の一大事という心地が非常に強い。


 もうここがゴールなんじゃないか、と感じるほどだった。

 が、あいにくと王様との謁見なんていうのは、俺たちにとってはゴールどころかスタートでさえなく、目的の途中で発生した避けられないサブイベントでしかないのである。こんな緊張するサブイベントがあってたまるか。


 当日は玉座に続く長いカーペットの上を、右に聖女、左に筆頭後援者であるスルーズ王女殿下を引き連れて歩くことになっているようだった。


「バージンロードみたいね」


 というのは聖女キリコの論であるが、両手に花な上に、抱えている花が二輪とも美し過ぎて手に余る。ますます緊張はひどいものとなっていった。


 俺は着付けをしてもらう最中、新婦の母みたいに部屋で控えていたキリコに、何度も「なあ、場違いじゃないか、俺、場違いじゃないか」と言っては「主役はあなたよ」と笑われた。


 その後も不安と緊張のあまりいろんなことを口走った気もするのだが、あまり覚えていないので割愛する。


 謁見は時間にすれば数分で終わったのだろう。


 扉が開かれるのを待ち、入る直前に神と王に一礼。

 まずは聖女が入り、差し出された手をとって室内に入る。

 入ったら横からスルーズ殿下が来るので、それを確認してから、歩き始める。

 歩調は遅すぎても早すぎてもいけない。が、特に会場がピリつくのは『早すぎた』場合のようなので(暗殺警戒だ)、緊張で早くなるのもあるし遅すぎるかなと思うぐらいでいけ、という事前のアドバイスに従う。


 こういう場のキリコは見事なものだ。

 高校のほぼ二年間で俺以外に隙を見せなかったキリコは、この世界の聖女としてあまりにも見事な姿を見せつけ、謁見の間に居並ぶ後援者候補から感嘆の息を誘ったりもした。


 王様の目の前にたどりついたあとは、膝をつき、顔を伏せて言葉を待つ。


 この機会にキリコが『普通のおじさん』と評した陛下のお姿を確認しておきたかったのだが、俺の方が精神的にいっぱいいっぱいで、その姿を直視することはかなわなかった。


 そもそも『謁見の間』という『場』と、『玉座』と『王冠』のせいでそのオーラは平常時の数倍にふくれあがっているだろう。

 たとえそこに人間がおらずとも、俺は玉座に王冠が置いてあるだけでひれ伏す自信がある。

 この世界で暮らす者にとって、王とはそのぐらいの存在なのだ。直接見たら目が潰れかねないので、直視しなかったのは正着だろう。


 王から何か言葉を賜ったのだが、耳を通り抜けていった。


 俺はとにかく『王の言葉が終わったら承諾して立ち上がり一礼して後ずさりせず回れ右して来た時と同じ歩調で謁見の間を出ていく』という工程を忘れないようにするのに精一杯だった。


 謁見の間を出ると背後で扉が閉じられて、ようやく俺の拝謁は終了した。

 その場で倒れ込みそうになったのを横からキリコに支えられる。


「お疲れ様」


「……キリコも。いや、すごいなお前。なんでそんなにこなせるんだ」


 するとキリコは意味ありげに微笑んでから、こらえきれないように吹き出して、言った。


「横にいっぱいいっぱいな人がいると、冷静になるわよね」


 ……。

 そうだね!

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