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時間差勇者  作者: 稲荷竜
1章 異世界生活十年目
19/94

19話 ぶっちゃけ話

「ねぇあなた、私、思うのよ。状況によっては、本当の本当に『全部』をぶっちゃけてしまったほうがいいって。魔王なんかいなくて、あなたは勇者じゃないってあたりまで」


「そこの判断はキリコに任すよ。そういう思い切りはお前のほうがいいし、その後の展開も、お前の判断なら悪くはならなさそうだ」


「悪くなったら?」


「その時にまた二人で考えよう」


 そういったわけで二人して王宮に戻り、王女殿下に『内緒話』をさせてほしいと打診した。

 俺が王女殿下のご要望通りに『細工の過程』をご覧に入れるには、外に情報の漏れない舞台が必要だと申し上げたのである。


 だがそこには、まず、王女殿下と二人きりにしていただくというところにハードルがあった。


 得体の知れない村男と王女殿下を密室に二人きりはさすがにまずいというのだ。

 そりゃそうだね。

 許可が出るはずもなかったその試みを、しかし叶えてくれる奇跡のような存在がいた。


「わたくしも同席いたします」


 聖女さまである。


 次に部屋で交わされた会話、見たものを決して口外しないという約束をしていただかねばならなかった。

 さすがにこれは無茶すぎる。『幼い王女になにをするつもりなんだ』という側近たちの目は厳しい。三十男が未婚の王族と二人きりになれるはずはない。

 そこで聖女が言うのだ。


「わたくしも同席いたします」


 それでも侍従長の女性なんかは最後まで渋い顔をしていたものだが、こちらも説得のための一手が打たれた。


「どうせ秘密のお話をするなら、わたくし、聖女抜きでやりたいわ」


 スルーズ王女殿下のこの一言に侍従長がマジっぽい怒りを表明し、最終的には「聖女さま、スルーズ王女殿下が無茶をなさらないよう、どうぞ様子を見ておいてください」という流れとなる。


 すごい。

『得体の知れない三十路男と高貴なる十一歳少女が密室で内緒話をする』といういかにも無理っぽい舞台が、聖女一人挟むだけで完成してしまった。


 そんなわけで俺たちは分厚い扉の部屋に通された。


 中はドーム状の広い空間だった。

 しかし、広さに反して家具は丸いテーブルとそれを囲むように四つの椅子があるだけだ。


 部屋の壁と座る場所との距離といい、扉の不自然な分厚さといい、これは本当に『内緒話専用』の部屋なのだろう。

 俺はなんだかキョロキョロしてしまって、天井に描かれた『剣を掲げる裸の男』の絵を見ながら、二人から遅れること十秒ほどでようやく席に着いたのだった。


「それで、細工師のあなた、道具を持っていないようだけれど、どうやって細工の過程を見せてくださるのかしら?」


 王女殿下が身を乗り出してくる。

 俺はキリコに目配せした。

 キリコは花瓶に活けられた花のように存在感を消しながら、小さな動作でうなずく。たぶんガチ王族が目の前にいるので、付け焼き刃のマナーとかを看破されたくなくて、うまく動けないのだろう。


 まあ、二人の結論はすでに出ているのでよしとする。


 俺は、中空に腕を突っ込んだ。


「腕が消えているわ」


 王女殿下はあまりおどろいた様子がなかった。

 俺はキリコにこの能力を見せた時のように、説明をする。


 これはアイテムストレージというものです。

 この中にはいろんなものが収納されています。

 収納されているものと、収納されているものを『合成』します。

 すると、完成品が出現します。


 所要時間三十秒足らずでブローチを作ってみせる。

 テーブルの上に置かれたそれを手に取りしげしげとながめて、掲げて、腕を伸ばして遠目に観察して、それから王女殿下は丁寧な所作でブローチを置くと、大きく息を吸った。


「……今のはなに!?」


 ゲーム文化を知らない彼女にくわしい説明をするのは難しい。


 俺はぶっちゃけた。


「実は聖女と同様異世界出身でして、この世界に来る時にいくらかの異能を神より賜っているのです。私の行う『細工』は、その異能によるものなのですよ」


「なるほど、だから勇者なのね!?」


 それはちょっと違うような、合ってるような、回答の難しい質問だった。

 まあ嘘ではないし、俺が勇者に選ばれた経緯は俺とキリコと娘のエイミーだけのトップシークレットだったから、とりあえずあいまいにうなずいておく。

 そのへんをぶっちゃけるかどうかの判断とタイミングはキリコに一任しているので、俺は余計なことを言わない。


「すごい! あなた、冴えない平民だと思ったら、きちんと『勇者らしさ』があるじゃない! 見直したわ!」


「光栄です」


「あなたの後援はわたくしが行うわ」


「光栄……後援?」


「あなたの旅の資金よ。勇者なのだから、魔王を倒す旅をするでしょう? 謁見の時には、大店の商人や貴族たちがあなたを見て、あなたに支援をするか決めるのよ。まさかあなた、旅にはお金がかからないとでも?」


 お金がかからないとは思っていなかった。


 けれどそのお金は神殿が出すものと思っていた。


 というか、王様以外にも会うだなんて全然聞いてないんですが……


「あの、王女殿下、私はどうにも、勇者というもの、勇者が陛下と謁見するということ、その他勇者関連のあらゆることについて、受けるべき説明を受けていないように思えるのです」


「ああ、なるほど。でもいいでしょう? あなたの役割は『旅をし、魔王を封じること』なのだから。平民に旅のプランニングやら資金面の工面やら、そもそも路銀の計算やらができるわけがないものね。そのあたりは神殿がバックアップするから、明かされなかったのでしょう。出資者が神殿に支援金を送り、それを神殿が『適切に管理する』。そうよね、聖女」


 どことなくふくみのあるような、意地悪な感じの目配せがあった。


 一方聖女は『私もなにも聞いてない』みたいな顔をしていた。


 そのおったまげた顔を見ていて逆に冷静になった俺は、なんとなく俺も聖女も全然事情を聞いていない背景を理解してしまう。


 なんていうか……

 俺たちが後援者から直接資金を受け取ることになると、できないよね、中抜き。


 証拠はないのだが、神殿の拝金派閥の悪巧みがあるという確信が、俺の中で根強いものになってしまった。


 まあそうやって組織運営してるだろうし、甘んじて中抜き搾取を受けることで敵を増やさないのであれば、それにこしたことはないのだが……

 このぶんだと神殿側が俺たちに隠していることは他にもありそうだし、魔王を捏造しようっていう立場だと、一つでも多くの情報がほしいところだった。


「あーその、王女殿下、できれば私どもは、情報がほしいのです。使命をこなさねばなりませんので、そのためにも……」


「あなた聖女と仲がよさそうじゃない。聞けばいいのに」


「聖女さまとは、まあその、親しくさせていただいてはおりますが、なんというか、神がお選びになった聖女さまといえど、神殿のメンバーとしてはまだ新参で、なんといいますか、すべての有職故実(ゆうそくこじつ)に通じているわけでもなかろうというか……」


「あなたね、わたくし、まわりくどいのは嫌いなのよ。はっきり言いなさい」


「申し上げにくいこともございまして」


「ようするに神殿があなたたちを騙さないように知識がほしいのでしょう?」


 十一歳とは思えない(さと)さに、たじろいでしまう。

 俺が十一歳のころなんか漫画とゲームのことしか考えてなかったぞ。


「せっかく内緒話のできる部屋を用意してあげたのだから、気にせず普通に言えばいいのよ。それをあなた! 『申し上げにくいこともございまして』って! わたくしの知っている平民は、そんな貴族みたいな言い回しはしないわ!」


「そうはおっしゃられましても」


「いいのよ遠慮なんかしないで! あなたの勇者たる力をわたくしは認めました。これよりあなたは、神の叙任を受けた聖女より選ばれた勇者です。そしてわたくしは、神の叙任を受けた王の子です。立場はだいたい同じよ。そうでしょう?」


 どう答えたら機嫌を損なわないのかの判断が難しすぎる。

 ここは『おう、同格だな! よろしく!』とやるべきなのか、それとも言葉の裏を読んで『いえ、そのような、滅相もない』と引き下がるべきなのか……

 俺が普通に考えると後者なんだよな。


 と、決めあぐねいていると、ここで意外な方向から声があがる。


 それは格好つけるのが大好きなあまり、本物のロイヤルファミリーの前でみじろぎさえできなかった聖女キリコであった。


「もうこうなったら巻き込みましょう」


 この世界での生活が長いせいか、俺は王族に対して『畏れ多い』という感が全然ぬぐえないのだけれど、キリコは一度方針を決めると早かった。


「スルーズ王女殿下、私とそこの彼は、同じ異世界から来た者です。そして、将来を誓い合った関係です」


「まあ!」


 王女殿下の声のトーンが二段階ぐらい上がった。


「私たちはこの世界で結ばれるために、『聖女』と『平民』のあいだにある垣根を取り払う計画を立てました。そのために彼を『勇者』として使命したのです。つまり……」


 キリコは俺を見た。


 俺はうなずいた。

 すでに相談して、任せると結論づけている。


 キリコはうなずき返して、言う。


「私は魔王の存在を感知してはいませんし、彼を勇者にせよという神託を受けたわけでもないのです。私たちは、この世界でみなに祝福されて結ばれるための、茶番を計画しているのです」

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