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時間差勇者  作者: 稲荷竜
1章 異世界生活十年目
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14話 勇者伝説

「いくつかの古文書をあたってみたわ」


 礼拝をやめさせる権利は国王にさえない。

 まして聖女に選ばれた勇者が、聖女のいる神殿へ参りたいと言うのを、誰が『やめろ』と言えようか。


 だいいち、俺は自由行動が許されている身分なので、そういうわけで夜、神殿へと聖女に会いに行った。


 この世界でキリコと再会した場所であるこぢんまりとした真聖堂で、再びテーブルを挟んで向かい合う。

 彼女の服装は制服から聖女服に変わっていた。

 たもとの大きな袖を邪魔そうにまくりあげて、頭髪を覆い隠す帽子をそのへんに投げ捨てて、仕立てのよさそうな布をたっぷり使った服を邪魔そうにいじりながら、彼女はいきなり本題に入る。


「あなたが集めた巷説と、道筋や結論が違うものは、今のところ、見つかっていないわ」


「ところでお前、古文書とか読めるのか」


「あなたも読めるはずだけど。それともあなた、自力でこの世界の言葉をリーディングしてるの?」


「ああ、なるほど。『翻訳スキル』か」


「そう。話したり読んだりできるようになるアレ。まあ、そのスキルのおかげで、人の多いところで日本語を使って内緒話をするのは難しいんだけれどね。普段から日本語で話してるつもりだし、切り替え方がわからないわ」


「筆談はできてたはずだ。俺たちはこの世界の文字や記号の意味を理解できても、俺たちが自分の書いた文字の意味を他人に理解させることはできない。だから俺も、文字は覚える必要があった」


「そうなの? じゃあ、言葉の方は今度エイミーちゃんで実験しましょう。……それで、どのルートでも勇者が最後に死ぬんだけど、どうしましょうか」


 どうしましょうか、というのは、『魔王と戦って死なないためにどうしよう』という話ではないだろう。


 魔王討伐で勇者が死ぬのが『当然』ならば、魔王をでっちあげたあと、どうやって『生きて帰ってもいい』という雰囲気にするのか、という意味だ。


「正直な所感を述べるわね。勇者に渡されるさまざまな補助やらなんやらは、たぶん、生命保険みたいなものだと思うのよ」


「『どうせ死ぬから、死ぬ前にいい思いさせてやろう』っていう感じか」


「そうそう。あなたは男だし、たぶん、そのうち美人とかあてがわれるかもしれないわね」


「おいおい」


「どうせ私以上の美人はいないから大丈夫よ」


「……なんというか、すごいな。自信」


「私は女遊びにけっこう不寛容な方だから。よろしくね」


「わかってるよ。俺だって俺の女遊びには不寛容だ。まして半分嫁みたいなのがいるし……」


「だから、遺して逝かないわよね」


「まあそうだな」


 俺がうなずくと、キリコは言葉を止めた。

 そうして、視線を伏せて、かすかな声で続ける。


「……ごめんなさい。もっと勇者伝説について詳しく知っていればよかった。そうしたらあなたを勇者として指名せずに、あなたを逃がさないための他の方法を考えたのに」


「まあ『勇者が死ぬ』のは俺も知らなかったしな」


「あなたのほうはこの世界長いんでしょう?」


「そうは言うけどさ、『この世界の人』のフリをしてる俺が、『この世界の人なら誰でも知ってる、生活に関係のない昔話』について聞く機会なんかないって。民話蒐集してる学者とか、この国の話に興味のある外国人じゃないんだぞ。絶対に不自然に思われる。なるべく避けたいのが人情だろ?」


「そうね」


「そっちは聖女なのにレクチャーされなかったのか? 勇者教の聖女だったら、勇者伝説のあらましぐらいは聞かされないと逆に不自然だと思うんだけど」


 そこでキリコは、視線を逸らした。


 俺はもうすっかりこいつの態度の意味がわかってしまって、思わず笑ってしまう。


「なるほど、『言わずともすでに知っています』とか嘘ついたのか」


「……『申し訳ない』という気持ちと『許せない』という気持ちは共存できるのね。得難い経験だわ」


「うん、いや、いいよ。異世界から呼んだ聖女がすでにこの世界の神話を知ってたら、神殿関係者はさぞかしおどろいたことだろうな」


「おどろき崇めるような視線が超気持ちよかったわ」


「……とにかくさ、勇者伝説で勇者の末路についてはまあ、わかったよ。パターンは色々あるが、最後は必ず勇者が死ぬ」


「もう一つ『必ず』と言える要素があるわ」


「なんだっけ」


「『魔王は死なない』」


「……ああ。勇者が命と引き換えに『封印』するんだったな」


「まあ死なれても困るものね。なんていうか、勇者教的に」


「……ああ、ああ、なるほど。たしかにそうだ。勇者教は魔王復活があるから、いざという時に勇者がよみがえって人々を救うっていう教えで国に根付いてる。魔王がいなくなれば、お役御免だ」


「これだけ生活に根付いている宗教がそんな急激に廃れるとは思わないけれど、心配しているお偉いさんは多そうよね」


「つまり魔王を完全に倒してしまうと、宗教組織的な不都合が生じるわけか」


「ええ。なので魔王はあくまでも『封印』ということで」


「そうだな。魔王の『封印』という本則が守られたなら、宗教家たちにとって、勇者の命は二の次かもしれない」


「……ところで、勇者教も一枚岩ではないのよね」


 そこでキリコは頭が痛そうに額をおさえた。


「普通に腐敗した拝金主義と、教義と神話の再現に熱心な原典主義がいるっぽいわ」


「うわあ……」


「私たちの目的を思えば、歓迎できないのは原典主義のほうよね。……いえ、私は聖女なので、そういった派閥闘争にはなるべくかかわらせないような力が働いているようなんだけれど。それでもやっぱり、派閥闘争には必要みたいよ、私」


「……」


「『勇者』の選定が終わってから『お話をさせてはいただけないでしょうか』っていう人が増えたわ。今日だけで八件! ほんと、面倒くさい」


「お前らしい感想だなあ」


「今のところ、私は原典主義側に人気ね」


「なんとなく『だろうな』とは感じる。詳しい集金形態がわからなくってなんとも言えないけど。……身の安全とかは、大丈夫なのか?」


「死なれたら困るのはみんな一緒だから大丈夫でしょう、今のところは。私は異世界から来た小娘でしかないわ。表では『聖女』ロールに徹してるしね」


「怖かったら言えよ」


「守ってくれるの?」


「当たり前だろ」


「でも残念ね。今のところ、力関係では私のほうが上よ」


「そりゃあ権力はそうだろうけど……でもほら、腕力とかさ」


「残念ながらそちらも私が上なの」


 自信満々に言い放つキリコの腕を見た。


 袖がまくりあげられて視界に入るその白い腕は、細工師をやるまでは力仕事に従事していた俺の腕の、半分ほどの太さしかないように見える。


 キリコはわけのわからないところでハッタリを使う癖があるが……

 あの顔は本当に自分が優位にあると確信している時のものだと、俺にはわかった。

 なにかしらの根拠があるんだろう。


「……とにかく気をつけてくれよ。引き続き調査は必要になるな。謁見までに情報を集め終えて、さっさと『魔王討伐』に出たいところではあるけど」


「魔王にはなるべく近場に発生してほしいわよね……日帰りできる距離が望ましいわ」


「信憑性をもたせるためには、儀礼的というか、古来のストーリーに則った設定が必要だよな」


「そうね。私は儀礼についてもうちょっと調べてみるわ。まあ、そういうしきたりを調べたいと言うたびに、原典主義の人たちがどんどん私に優しくなるのは、少しイヤな感じなのだけれど……」


「本当に気をつけてくれよな」


「命の危険だけはないのよ。それは確実。なんていうか、人間関係とか、神話関係とか、そういうところじゃなくって、世界のルールとして、私を殺せる人類は存在しないの」


「……それひょっとして、お前の『能力』か?」


「困ったわ。そんな反応されたら、私としては『さあ、どうでしょうね?』って意味深に笑うしかないじゃない……」


 キリコは意味深に笑った。

 こっちに来てからというもの、ずっと俺が攻勢に出ていたので、久々に自分が優位になれたことが嬉しいのだろう。


「お前さあ……ほんと、かわいいよな」


 正直な感想を述べる。

 するとキリコはむっと口を閉じたあと、


「……許せない」


 爪を噛みながら、俺から目を背けつつ言うのだった。

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