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プログラム

作者: 猫澄トド



目が覚めると辺りは闇だった。起きたばかりでぼんやりする頭で立とうとする。

が、手足が思うように動かす事が出来ない。


もちろんそれは自分の体が縄です巻きにされている、などという事ではなくただ単純に手足が思うように動かせないからだった。


しばらく起き上がることにトライしたが思うように体が動かせないので、起き上がることは諦め(どうせ何も見えやしない。起き上がった所でどれだけの得があろう?)現在の自分の置かれている状況を把握する事のほうが先かな、とのんびりとそんなことを思っていた。

辺りは痛いほどに静寂。静寂。。静寂。。。

 

 そもそも俺はここでどのくらいこの場所でこうしていたのだろうか?特に腹は減っていないし、体に痛みも無い。どうやら服も着ているようだが・・・目が見えないので確かめようも無い事ではあるものの、まぁそれなりに息災なようだ。うーん、やはり今ひとつ自分の置かれている状況が理解できない・・。

 

 そういえば・・未知の体験に遭遇した時、最も重要な事は、慌てない事だそうだ。何かの本で読んだことがある。だがしかし・・・この状況はちょっと俺にとって未知過ぎるんじゃないのか?一体全体この世の何人の人間が今の状況に置かれたとき冷静に事を運べるというのだろう。


 まぁ正直な所、今のこの状況に俺は、驚いて見せればいいのか、それとも悲しんで見せればいいのか、喜んで見せればいいのか、悔しがって見せれば良いのか、それすらも分からないというのが俺の本音だった。呆気にとられている、と言う事もあるのだろうがここではない何処かでこの状況をひどく客観的に、いわば冷めた様子で見ている自分がいるような気がしていた。まるでここにいる自分が自分ではないような感覚。あくまでも今の所は、だが。だが心身共に特にピンチな要素も見当たらないし、おとなしく待ってれば意外とすぐ人が来たりするんじゃないか?


 すこし待てば回復するだろうとたかをくくっていた視力の方も一向に見えてくる気配は無く、俺を嘲笑うかのような闇が辺りには広がっているばかりだった。体ごと溶けてしまいそうな程の漆黒・・。己の存在を否定するかのような静寂・・。じっとしていると闇に体を喰われてしまいそうで怖くなり、体を少し動かしてみる。


 ズズ、おぉなんとか這いずる事くらいは出来るようだ。暗さと静けさで幾分怖くなってきていたがなんとか動けることが分かると俄然元気が湧いてきたぞ。





しばらく頑張った後、ひどく無駄な時間を過ごしてしまったと後悔した。あいかわらずここは真っ暗闇のままだし、手足、特に肘は床に擦れて痛い・・。

体が重い。ごろりと仰向けになって荒い息をつく。ぜぇぜぇ。

「あー疲れた。」

なんとなしに声がでた。あぁそうか、出られなければ呼んでみれば良いじゃないか。簡単な話だ。何故これまで気付かなかったのか。


「あーあーあー。」


よかった。ちゃんと声出るぞ。


「すいませーん!!誰かいませんかー。すいませーん!。」


しばらく木霊してわんわん唸った後、俺の声は空間に吸い込まれて消えた。じっと耳をすます。誰か聞こえたなら助けてくれ・・・。


「助けてくださーい。動けないんですけどーー!!誰かー!」


シーン。


「おーい!!助けてーー!!」


シーン


「すいませーん!」


シーン。


 喉が張り裂けんばかりの声で絶叫する。喉いてぇ。静寂。辺りを包む静寂。辺りを蝕む静寂。俺を蝕む・・・静寂。だんだん不安になってきた。駄目か・・。いや、雰囲気に飲まれては駄目だ。これだけでかい声で叫んだんだ。きっとすぐ助けがくるさ。





結局の所、待てども待てども助けどころか人が来る様子すらなく時だけがすぎていく・・・。 俺は放置されながらいらいらした心地で誰か来るのを待っていた。くそっ、何で俺がこんな目に会わなければならないんだよ。やってらんねーよ。段々腹が立ってきたぜ。


「おいっ!誰かいねぇーのかぁ!さっさと俺をここから出せや!」


分かりきっていた事だったが勿論何も返事は無かった。


「ふざけてんのかコラァ!誰かしらねぇがいい加減にしやがれ!、おい聞いてんのかぁ!」


それは今にも心が折れそうになっている自分の最後の抵抗なのかもしれなかった。じわじわと蝕まれていく自我を何とか保とうとする為に、疲れて声が出なくなるまで俺は激情に身を任せてひたすら叫んだ。


やがて疲労と憔悴に疲弊しきった俺は、ぐったりしながらも自分の中にこんなに激しい感情が眠っていた事にひどく驚いていた。俺ってこんな感じだったっけなぁ・・?何か違うような気がしない事も無い。最も俺がここにこうして存在している時点でこんな疑問はまるで意味を成さないことなど解っているのだけれど、そんな事を考えてしまう。きっと俺は何か考えていないと怖いのだろう。その時ふと思った。



俺って・・。俺・・。俺?



おそらくこの時の俺を他の誰かが見ていたら、さぞかしおもしろい顔を見れていた事だろう。最も狂った顔というべきか・・。

俺にはここに来るまでの記憶が無かった。 ・





それから暫くの間、俺は何もする気にならず、寝転んでいた。どのくらいの間こうしているのか、分からなくなる程度は。ぼーっと暗い空間を見つめていた。いまや怒る気になんかなれず、泣く気にすらならなかった。俺には何も無い・・・。心臓にでかい穴が空いたような空虚な感情が俺の心を支配していった。


「ハハハハハ、アハハハハハハ、ッハッハッハッハッハハッハッハハハハっ。」


可笑しい。なんだこれは。何で俺笑ってるんだ?ふふふ、何故か可笑しくて堪らない。馬鹿馬鹿しくて、滑稽で、この上なく・・・哀れだった。


起きたら辺りは真っ暗闇で。自分以外誰もいなくて。満足に立ち上がる事も出来ず。おまけに記憶までありませんか?そうですか。マジですか。

 

 じゃあ仮にここから外に出られても俺、社会に必要なくね?税金食いつぶしながら、記憶も無いのにおめおめ生きろと?

労働に勤しむ事も出来ず、満足に外を散歩する事もできず、虫の様に生きろと?そんなの冗談じゃないぞ!じょーだんじゃねぇぇぞっっ!!ありったけの力を振り絞って床を叩く。

ダン!ダン!ダン!クソッ。クソッ。なんなんだよ一体。俺が何したってんだ?なんか悪い事でもしたってのかよ。なんでこんな仕打ち受けなけりゃなんねぇんだ!ひとしきり怒りを床にぶつけた後、ばったりと倒れこむ。


 一気に力が抜けていく。


 もーいいや・・・。ここで死にゃあいーんだろ。こんな人生こっちから願い下げだ。誰だかしらねぇがふざけんなバカヤロー。もうここから出ようとする気力も理由も無くなった・・・。あとはただ座して死を待つのみ。結構かっこよくね?うん、俺、結構頑張ったし十分だろ。我生涯に一片の悔い無し!


それから暫くごろごろしていたが、思っていた以上に疲れていたのか、気付かないうちに俺はうとうと眠りに落ちていった。






1時間・・・。1日・・・。1週間・・。

相も変わらず時間の感覚がない。目が覚めたときにも状況は何も変わっていなかった。辺りは真っ暗。でも今の俺にはあまり関係無い事だった。なかなかこの状況じゃあ死ぬのも難しいよな・・・。


「フフフ。」


 びくっとした。気付かないうちに自分で喋っていたのかと思って、口を塞ぐ。幻聴が聞こえ出すとは・・。こりゃ早くも末期なのか?


「フフフ。」


 !!!やっぱり聞こえる!幻聴じゃない。ここに俺じゃない誰かがいる!どうも女のような声だが・・。


「誰かいるんですか?」


緊張からか思わず敬語になってしまう俺。まさかここにきて助けが来るとは。


「誰かいるんでしょ??俺、動けないんですけどーー。」


「どうかしましたの?」


「は?」


 あまりにも場違いな質問に俺の顔はぽかん、とした顔になる。


「いや、だからこんな所で何してらっしゃるのかなーって思って。」


 こいつ馬鹿なのか?そもそもいつからここにいる?どうやってここに入ってきたんだ?


「あーすいません。いつからか分かんないんですけど目が覚めて気付いたらここにいたんです。あの、ここはどこなんです?なんで俺がここにいるのか知りませんか?」


 俺の問いにさも可笑しそうにくすくす笑う女。なんだこいつは。少しむっとして次の言葉を探していると、


「ここがどこかという質問には私も知らない、と答えるしかありませんわね。あなたが何者か、と言う問いには答える必要がない、と答えをお返し致しましょう。自分が何者なのか、と言う疑問はここでは一切不要ですわよ。大切な事はあなたがここで何を為すのか、と言う事ですよ。」


「あんた、誰なんです?俺の事知ってるんですか?」


 また馬鹿みたいに笑い出す女。


「私の名前?アハハそれって一番意味の無い質問ですわね。私はもう・・・終わっている存在なのですから。終わった存在に名前を聞くなんて・・馬鹿馬鹿しい。一つ知っている事と言えば、フフ、あなたの事はよーく知っていますよ。よーくね。アハハッ。」


 こいつ意味がわかんねぇ。終わっている?ここがなんなのか知らない?俺のことは知っているのに?俺の頭はこれ以上無い位に混乱していた。知りたい。何でもいい。少しでも情報が欲しい。俺は女がいるであろう方向に語りかける。


「俺の・・何を知ってるんです?俺はただ・・。」


 俺の言葉を遮って女は喋る。


「あなた・・そんな下らない事を私に聞いてどうするんですの?こんな所に居てこれからどうなるかも分からないのに?」


 なんなんだ一体?この女は混乱している俺を尻目に落ち着き払って意味不明なことを言う。


「仮に・・・。あなたがこれから私に殺されるとする。その時あなた・・自分の名前、気になるかしらね。フフフ。」


俺がこれから・・なんだって?殺される?なんでだ?


「な、なんで俺があんたに殺されなきゃならないんだ?俺があんたに一体何したってんだよ。あんた結局なんなんだ?俺に用事があるんじゃないのかよ?俺をただ笑いに来たのか?俺のことをよーく知ってらっしゃるみたいだがな。」


 動揺が隠しきれない。声が震えているのが分かる。しかしこいつ・・存在感が妙に無いな・・。普通人と話しているとある程度その人物の存在感というものが感じられる。それは気配であったり、息遣いであったりするのだがこの女にはそういうものが一切感じられなかった。

 そう・・いうならば・・・幽霊と話しているかのような。そんな奇妙な感覚だった。


「嫌ですわ。仮にって言ったじゃないですか。ここでは誰もあなたを殺したりしませんわ。あくまで仮にって話ですわ。仮に。しかしあなたが私に何をしたか・・・。まさかあなたに聞かれるとは思いませんでしたわ。傑作ですわね。アハハハハハハハハハハハ!。」


突然、女が狂ったように笑い出す。壊れたように笑い続ける。狂気の塊のような、笑い声を、ネジが外れた目覚まし時計のように垂れ流す・・。


それは聞いているだけで細胞が破壊されていくような絶望的な笑い声だった。この女超怖ぇ。なんなんだ一体・・。ひとしきり笑った後、女はまた喋りだす。


「いや大変失礼しましたね。少々取り乱しましたわ・・・。でも、何で私なんでしょうかね?玲子でもなく、由紀でもなく私?フフフッ。いやいや大変失礼致しました。こんな事、今のあなたに聞いてもしょうもない話ですものね。」


 レイコ?ユキ?人の名前だよな・・。喋っていることの半分も理解できなかった俺だがどうやらこの人名らしき二つの単語は理解する事ができた。彼女達ではなく何故自分なのか、だと?そんな事俺が知る訳ないだろう。こいつが勝手に俺のところに来たんだから。やっぱり意味不明だ。唯一つ確信を持って言える事はこの女は確実に普通じゃないって事だ。



ふと思い当たる。もしや・・・ここは病院みたいな所なんじゃないだろうか?俺の今いるところは一種の治療室で、この状況もなにかの治療行為なのかもしれない。記憶障害の治療の一環だったりするのかもしれない。


 俺はここで目が覚めたばかりの時に、自分でも気付かないうちに突然キレて怒鳴り散らした事も思い出していた。きっとそうだ。それでこの女もなにかしらの治療を受けているに違いない。


 第一この女、言ってる事がめちゃくちゃだ。俺とはベクトルが違っているようだが、大分出来上がっているみたいじゃないか。そうに違いない!そう考えればいままでの状況も納得がいきそうだ。


 ユキとかレイコとかはきっと同じ病室だった患者で、この女は自分だけがこんな治療を受ける事に納得いかないのだろう。確かにここでこうしている事自体が治療行為であるなら、助けを呼んでも来ない訳だ。なんせここはある意味、完全に隔絶されている空間といっていい。

 そうとわかれば、急に気が楽になったぞ。しばらくこの女の与太話に付き合ってやってもいいかもな・・・。


「なぁ、あんた。なにか知ってる事、あったら教えてくれないか?こんな所に閉じ込められっぱなしだと退屈だろ?そうだな・・とりあえず今日の日付とかでもいいんだぜ?」


 突然余裕ぶった態度をとりだした俺はこいつの目にどう映っているのだろう。ま、もっとも見えてはいないだろうがな・・。


「なぁなぁ、あんた俺と同じ病気なのか?この部屋って一体なんの治療になるんだ?」


「1997年。」


「え?」


「だから日付ですわ。1997年の2月16日。私の時間が止まった日です。」


 1997年か・・。と言われてもよく分からないのだが記憶障害の我が身としては、砂漠の砂が求める水の如く情報を求めているのだ。ふーん1997年ね。覚えとこっと。


「フフッそれから・・・私は病気なんかじゃありませんよ?最初に言いましたよね?私はもう終わった存在なのだと。私はね・・ずーっと普通に暮らしていくはずだった。でも・・・まぁ、こんな話はやめましょう。私が病気かどうかは置いておいて、こんなところに居るあなたは・・病気かもしれませんわね?アハハッ。」


 そーかいそーかい。何とでもほざきやがれこの狂人が。まったく・・・。まぁ精神的な病気にかかっている奴ってのは自分では正常だと思っている事だってあるだろうさ。ここで目くじら立ててもしょうがない。ひとごとだとはいえこいつほど重症だと思うと、ぞっとするぜ。俺だって突然感情が高ぶったりする、一種の二面性のようなものは少しばかり異常なのかも知れない、とは思うがな。こいつほど厄介な症状じゃなくて助かった。


「アナタ。」


「なんだよ?」


「ここから出るにあたって3つ欲しいものが与えられるとしたらなにがいいですか?」


「は?」


 なに言い出してんのこの人。会話に脈絡がなさすぎる。マジでここの外ではあまり関わり合いになりたくないタイプの人だよ。絶対やベーよ。・・・いや大人になれ、俺。相手は病人なんだ。何がきっかけでさっきのように壊れるか分からない。ちょっと位付き合ってやるかな、どうせやる事もないし。


「そうだなぁ、まず金かな。それから地位。それに名誉。完璧だろ。」


 そう。これが現実ならこれしか答えはないぜ。この女どんな答えを期待してやがるんだ?愛とかなんとか言うのを期待してるのか?冗談じゃない。    


「ふーん、そう。あなた、やっぱり現実が見えてないみたいですわね。」


 こいつはもっとリアルな答えを望んでいるのだろうか?まぁ適当に答えただけなんだが、他に何かあるかな・・・その時ふと思いついた。あぁそうだ。戯言だと思って深く考えてなかったが・・。


「ちょっと待った。」


「なにかしら?」


「地位と名誉は無しだ。その代わり・・・記憶と体だな。」


 そうだ。真面目に考えると、これが一番ベストな選択だろう。どうやらこいつは真面目にこんな馬鹿げた話がしたいようだし・・。


「どういうことですの?」


「いや、簡単な話だ。あんたは知ってるかも知れないが、俺にはここに来るまでの記憶が一切ない。自分の名前も顔も職業も何も覚えてないんだ。・・まぁ言葉は喋れるみたいだから正確に言うと、記憶が断片的に抜け落ちているって事なんだろうが、自分の事が思い出せないってのはあんたが思っているようにどうでもいいって事じゃないんだ。少なくとも俺にとってはな。そして体。これはここに来てからずーっと思っていたことなんだが・・・俺もしかして目が見えて無いんじゃないかと思ってな。だっておかしいだろ?普通どんなに暗い部屋でも目には瞳孔って奴があって、暗い所ではそれが開いてぼんやりでも見えるようになるはずなのさ。なのにここに来てからこんな調子だろ。だから俺目が見えて無いんじゃないかと思ってさ。体が思うように動かせないのもこの状況では確かめようもないが何かで制限されているんじゃなければ体に障害があるって考えるのが自然だと思う。まぁ、最後の金は金だ。誰だって欲しいさ。勿論、俺もな。」


 ふぅ。つい夢中になったが中々隙の無い願いだと思うぜ。なんか真剣に考えてしまった。上出来、上出来。


「そう、あなたでもやっぱり過去とか気にしたりするんですわね?まるで人間みたい・・。アハハハハハハッ。」


 また訳の分からない事を。もういい加減慣れちまったよ。


「で?そんな事聞いてどうするんだい?俺の願い叶えてくれるの?」


「お金、いくら欲しいの?」


「あ?」


「だからお金。欲しいんでしょ?」


「あぁ金か。うーんそう聞かれると迷っちまうな。」


たしか一般の人間が一生働いて稼げる額が3億位だったっけ?うーんじゃあここは無難に・・


「3億」


 以外とリアルに考えると滅茶苦茶言えないもんだよな。


「ふーん。そう。」


 女はつまらなそうに言う。なんだその肩透かし食ったようなリアクションは。付き合ってやってりゃ調子に乗りやがって・・・。


「まぁいいわ。それ持ってここから出て行きなさいな。別にあなたがどうなろうと知った事ではありませんけれどね。あなた合格、できますかしらね。アハハハハハハハハハッ。」


なんだこいつは。なにを言ってる。ここから出て行け?どういうことだ?


「あんた一体何を・・。」


「もうおしゃべりはお終い。私にとっては実に楽しい時間でしたわよ。記憶に体。それからお金、でしたわね。三億。確かに承りましてよ。大丈夫、きっとあなたとはまたすぐ会えそうな気がしますわ。それでは修一さん・・・。ごきげんよう。」


「ちょっ・・あんた。」


 今の一言で聞きたい事が山ほど出てきた俺だったが結局それを聞く事は叶わなかった。何か不思議な力に引っ張られるようにして俺の意識は刈り取られ、濁流に引きずり込まれるようにして俺は気を失った。





ひどく悪い夢を見ていたような気がする。そう、今思えば確かにあれは夢だったのだろう・・・。だが俺は目覚めたいまでもはっきりと覚えている。あの暗闇で過ごした時間の事を・・・。そして、あの空間で出会った奇妙な女と話した事を・・・。


ゆっくりと目を開けてみる。眩しい朝の光が俺の目を刺してきて、思わず目をパチパチする。間違いなく目は見えている。はっきり、くっきり見える!よし、じゃあお次はこっちの方も・・。ゆっくり手足を伸ばしてみる。


「ぐおぉぉぉぉーーー。」


 おぉーー。伸びる伸びる!すッごい伸びる。なにか嬉しくなり、ベッドの上で手足をばたばたさせてみる。自由に動くぞ。感動だ・・。ひとしきりベッドの上で暴れた後、上半身を起こし、ゆっくりと辺りを見回してみる。

 白いシーツに白いベッド。清潔感のある、広くはないが片付いた部屋だった。クリーム色の壁に花の絵が飾ってある。枕元には銀色の棒が立ててあり空になった点滴のような物が吊るされていた。頭の上にはナースコールのスイッチみたいなものが見える。窓の外を見ると、電柱が立っているのが見えた。

 外を見ればここがどこか分かるかもしれないな・・。そう思った俺は窓を開けて外に首をつきだした。冬の刺すような風が俺の顔を叩く。寒い・・・。ところどころはげた白い外壁が目に付いた。地面に目を落とすと、予想外に高い事が分かった。ここはどうやら病院の3階のようだった。首を引っ込めて深呼吸すると、病院独特の匂いが鼻をつく。


「やっぱり・・・。」


 ひとしれず呟く。十中八九ここは病院だろう。するとあそこで俺がした推理は当たっていた、ということになる。やはりここは病院で俺は何かしらの治療行為を受けていた・・。一体あれはなんだったのか・・・。

 あそこで起こった色々な事を考えていると、何故か尿意がわいてきた。ぶるりと体を震わせて、俺はまだ起きたてで、思い通りに動かせない体を動かしゆっくりと歩き出した。床に揃えてあったスリッパを履き、俺はトイレに向かった。

が、すぐに大事な事に気が付く。


「つーかトイレどこだよ・・。」


 そうだった。トイレの場所が分からない。つーかやっぱり記憶戻ってねーじゃん。なんだよ・・。やっぱりあの女嘘っぱちだ。でたらめ言いやがって・・。いや、そもそもあんな話信じるほうがどうかしてる。イっちゃってる女の戯言だ。


 でもこの体はどうだ。あそこでの俺は確かに目が見えなくて、体も自由に動かせなかった。勿論あれが唯の夢であったなら、納得はいくが・・あんなリアルな夢があるのだろうか?


「やべっ、漏れる漏れる、いそがねぇと。」


 院内はひっそりと静まり返っていた。病室を出て、辺りを見回すと長い廊下が目に入る。ナースステーションらしきものがあったので場所を聞こうとしたが、中には誰もいなかった。


「すいませーん。」


 やっぱり誰もいないようだ。おいおい不用心だなぁ。いいのかこんなんで。しょうがなく、長い廊下を歩き始めると、階段のすぐそばにトイレがあることに気付いた。男性用のの青いマークと女性用の赤いマークが目に入る。


そういえば・・・。俺って男だよな?いまさらだったがちょっと慌てて股間に手をやる。おっ大丈夫。ついてるついてる。


青いマークの方のトイレに入り、小便器に立って用を足す。おー出る出る。結構我慢していたと見える。長い時間をかけてようやく用を足し終わって、手を洗おうとして鏡に映った自分の顔を見た。正直ぎょっとした。


そこにはお世辞にもかっこいいとは言えない髭面の男が立っていた。分厚い唇。小さい目。低い鼻。ニキビだらけの顔は、はっきりいって醜悪な顔だった。体のほうも中々のメタボッぷりだ・・・。いままで長年付き合ってきたであろう俺の顔にはひどい酷評だっただろうが、記憶がない今の俺には、この顔を客観的に見る事ができた。


・・・ショックだ。こりゃ願い事(笑)に顔面も入れとくべきだったかな?ハハハ・・。

うーん。これから死ぬまでこの顔と付き合っていかなければならないとは・・・。気が重いな・・・。


でもまぁこんな事でへこんでもしょうがないよな。生きている今に感謝しなきゃな。手を洗うついでに、顔もザブザブ洗う。髭が手のひらに当たってむず痒かった。


結局、部屋に戻る時も誰にも出会う事はなかった。


ここにも人はいないのか?そう思った俺は、部屋に帰りがてら隣の病室をノックしてみた。


「すいません。隣の者なんですけど・・。」


ドアをゆっくりあけて中を覗いてみるが、案の定人影はなく、俺の部屋とまったく同じ内装の部屋に、せめてもの変化をもたらすようにカーテンが風にはためていた。


「・・・誰かいませんか?」


 まぁだれもいないよな・・。それはそうだろう。こんなに寒い日に、窓を開け放して昼寝なんかできるはずもない。その隣の部屋もそのまた隣の部屋も無人だった。ただただ、同じ部屋が俺を迎えてくれるだけだった。ナースステーションもあいかわらずの状態。

 

 俺の中でまた、不安が広がっていく。おいおい・・・真っ暗闇の部屋から抜け出せたと思ったら今度は無人の病院か?勘弁してくれよ。俺はただ普通の生活を望んでいるだけなんだぜ。


部屋に帰ると、改めて部屋を見回してみた。部屋の中に特に変わった様子は無い。


膝をついてベッドの下を見てみると、ベッドと床の間に窮屈そうに紺色のボストンバッグが置いてあった。俺の病室に置いてあるってことは、きっと俺の物なのだろう。


 のそのそとベッドの下にもぐり、ボストンバッグを引っ張りだした。中をあけて見てみると、服がたくさん出てきた。どうも俺の着替えみたいだ・・。何か俺の記憶に関するものはないのか?なおもボストンバッグを漁ると、中から皮の財布が出てきた。この中にまさか3億入ってんのか?まさかな・・・。 


 案の定、俺の財布の中には銀行のカードと2万4千円。これからの事を考えたら涙が出そうな金額だ・・・。それから、俺の免許証が出てきた。そこにはさっきトイレで見た不細工が写っていて、俺の方を見ていた。目に覇気がない。まったくもってシケた面だなぁ。ろくな人生送ってきてねぇんじゃねえの?俺って奴は・・・情けねぇ。


「木村修一。1961年12月13日生まれ。ふーん。これさっき見た俺の顔に間違いねぇよな。やっぱり俺はこいつなのか・・・。うーん」


 修一。修一。俺があそこから出てくる直前にあの女は確か俺に修一サン、といった。やっぱりあれは夢じゃなかったのか?そう考えるのは早計というものか?あの女は今1997年だと言っっていた。もしそれも本当だとするなら、俺は今36歳か・・・。中年かよ・・・。もう体力は下降気味。メタボで腹が出てるのも頷けてしまう。


「くそっ世の中うまくいかねぇもんだな。」


誰に言うともなくひとりごちる。だが、自分の名前が分かっただけでも、記憶に関して言えば非常に前進したといえる。


 ふと、気付いたことがあった。もしかして記憶に関する事は俺が少しづつ思い出していくって事なんだろうか。トイレで顔が分かって免許証で名前と生年月日が分かった。その内俺の生い立ちを知る人が俺の過去の事を教えてくれたりするかもしれない。今焦ってもしょうがないしな・・・。

 ゆっくり思い出せばいい。


「まだ何か手がかりになりそうなものはないかな・・・。ここは・・どうだ?」


 ボストンバッグの横についているファスナーを引っ張る。中には通帳が入っていた。


ごくり、と喉が鳴った。なんだ?俺は何を緊張してるんだ?まさかあの女が言ったこと、信じてるのか?しっかりしろ修一。現実逃避は身の破滅だぞ!手の震えが止まらない。ただの通帳じゃないか。


通帳をあける。数字の羅列が目に入る。1,2,3,4,5,6,7,8,9。


九桁っていくつだ?五桁が一万だよな・・・・。ってことは・・。


くそっ頭が働かねぇ。落ち着け、落ち着け!!五桁が一万。六桁が十万、七桁で百万、八桁で・・・一千万。八桁で・・一億!!!

えーっと九桁目に2が入ってる。それから八桁目に9。七桁目にも9。六桁目には6。

・・・あとは0。二億九千九百六十万・・。


におく、きゅうせん、きゅうひゃく、ろくじゅうまん!!


「まじかよ・・・。」


 信じられん・・・。宝くじに当たったたらこんな感じなのだろうか?目の前がちかちかして体中の力が抜ける。自分の手にあるそれが自分のものでである事を確かめる。うん。確かに俺のだ・・。


そのときぼんやりする頭で俺が考えてい事はこの通帳の事ではなくあそこで・・あの闇の中で起こった願い事の話だった。あの女は俺に、3つ・・・願いを聞いた。俺は体、記憶、そして金を願った。その後すぐに俺は夢から覚め、ここに至る。目の事や、手足の事は、当たり前の事すぎて、本当にあった事なのかかどうか、分からなかった。だがこれはどうだ?現実に俺の通帳に望んだ金がある・・・。答えは一つしかない。


 あれは・・・あそこであった事は俺の妄想でも、夢でもない。まぎれもない現実だったのだ。確かに常識では考えられない事だし、今でも信じられない。


 しかし・・・願いが現実のものとなって、今この瞬間に俺の手の中にある。これが現実でなくなんだと言うのか?俺は勿論、常識的な妄想より非常識な現実を選ぶ事にした。


 脳内で結論づけ、我に返った俺は、3億入りの通帳をボストンバッグの中に急いで戻し、辺りを見渡した。誰にも見られてはいなかったようだ。


 よし・・ここでこうしていても始まらない。とりあえずここから出よう。体の調子も悪くないようだし(俺のもともとの体がこうなのか、それとも願いによって復元した体なのかは記憶の無い今、確かめようも無いことだったが)これ以上ここにいる理由は無いだろう。


 俺は着ていた院内着を脱ぎボストンバッグに入っていた、無地のシャツと赤のパーカー。パーカーには何故か風林火山と四字熟語が書きなぐってあった。これを愛用していたのだとしたら、俺はちょっと変わった趣味だったのかもしれない・・。ちょっと落ち込みつつ、下半身もジーンズに着替えた俺は、この人気の無い病院から抜け出すために、ボストンバッグに例の通帳が入っている事を確かめ、財布とシャツの替えを2着程入れて部屋を出た。


 とりあえずさっきトイレに行く時に通った廊下の途中に階段があったのを思い出し、一階に降りてみる事にした。もしかしたら受付には人がいるかもしれない。だが、俺のこの儚い願いは、また無残にも打ち崩される事になる。


一階にたどり着いた俺は、3階の雰囲気とはあまりにもかけ離れた状況に愕然とした。一階部分があったであろう場所は、爆弾か何かが爆発した後のようにぐしゃぐしゃになっていた。柱は鉄骨がむきだしになっており、どうやってこの建物がまだ形が保っていられるのか不思議なくらいだったし、待合室があったらしき場所には、テーブルの破片をはじめ、ソファーの残骸や病院のカルテ。その他の書類が散乱していた。俺は目の前の状況が信じられず、目を擦ったり、腹を抓ったりしてみたが残念ながら夢オチ・・とはいかずただ皮膚を傷めただけだった。

 どうにも展開が急すぎて体力のピークがとっくの昔に過ぎてしまった俺の自我は悲鳴をあげ始めた。


「逃げよう・・・。」


 きっとそれが一番いい。幸いあの通帳のおかげで金には困らない。どこか田舎の方に逃げて、死ぬまでひっそりと暮らそうじゃないか・・。今現在、最も重要な事はこの異常な状況からの脱出だ。

 

 本能が警報を鳴らしている。この空間は何かがやばい。この感じは、俺の中にずーーっとあった物なのかもしれなかった。俺はこの感覚からただ目を背けていただけだったのかもしれない。

 目が覚めたときから?それともあの闇の中で気付いたときから?それとも・・・それよりももっと前から?この感じは俺が恐怖したり混乱したりする度に大きくなって俺の精神を蝕んでいる物なのだ。だが、俺が気付くとすぐに身を潜めてしまう。

 

 しかしそれは決して無くなっている訳ではなくて、俺の意識の外で確実に、着実に巨大化している。俺の意思では抗えなくなったその時こそ、この何かは俺の意識を食い尽くすだろう。そしてそれはそう遠くない未来にある様な気がした。

 

 遅まきながらようやくそれの存在に気付く事ができた俺はなんとか体勢を立て直しゆっくりと深呼吸をした。この命尽きるまで・・・などと大それた事を言うつもりは無いが、出来る限りこの世界から抗ってやろうと。たとえ外に出てもこの病院と同じような状況だったとしても決して諦めない。何があっても生き抜いてやろうと俺は心に決めた。


そう、この世界では何が起こっても不思議ではない。


なんとか自我を取り戻した俺は、ガラスの破片やらなにやらでジャリジャリ音のする床を踏みしめ、なんとか病院から抜け出した。

 病院のスリッパを履きっぱなしで出てきてしまったが、大丈夫。どうせ病院があの状態では、俺の靴は見つからないだろう。






とりあえず・・・だ。今日はゆっくり休んでこれからの事を考えよう。行動するのは明日からだ。外に出ると一段と寒い冬の風が体を包んだ。防寒着でコーティングされた俺の体はびくともしなかったが、剥き出しの足首が余計に寒い。ここがどこかは分からないが、人通りがありそうな方に歩いていたら店の一軒や二軒あるだろう。


 そう思って暫く歩いていると、バス停があり学生が3人バスを待っていて寒そうに手を擦り合わせていた。


俺にとってはバス停を見つけた事より人と出会えた事のほうが嬉しかった。そうだ、あの三人にこの辺に店が無いか聞いてみよう。


「悪いね、ちょっといいかな。」


「なんすか?」


 学生達は少し気味悪そうに俺を見ていた。


「この辺に店ってあるかな?ちょっとここら辺の地理に疎くてね。」


 学生達はぼそぼそと相談した後、俺の行こうとしていた方角を指差して、


「ここ、まっすぐ行ったらでかい商店街ありますんで、そこなら一通り店あったと思います。」


「そうか。ありがとう。」


 挨拶もそこそこに俺は歩き出す。思えば目が覚めてから初めて人と喋った。人っていいなぁ。

 

 暫く歩いていくと少年達が言っていた商店街が見えた。結構な人が行き交っている様だ。靴屋靴屋っと。おっ、あったあった。だいぶ寂れているようだが商店街の片隅に、お目当ての店を見つけた。


店に入ると狭い店に所狭しと置かれた、たくさんの靴に埋もれるようにして店の奥にでっぷりと太った、店主と思わしき人物が右手にスポーツ新聞を持って左手にカップを持って居眠りしていた。


 読むのか、飲むのか、寝るのかどれかにしろよ・・・。店内には靴のものと思わしき皮の匂いがしていた。最も革靴など動きにくくてしょうがないので、暫くスニーカーのコーナーでうろうろした挙句、黒のボーダー入りの白いスニーカーを選んだ。

 展示されているものは24センチと書いてあったのだが小さすぎた。どうやら俺の足のサイズは26センチ位の様だ。このサイズがあればいいのだが・・。


「すいません。この靴の26センチありますかね?」


 カウンターに靴を持っていき、店主に聞いてみる。店主はビクッと体を震わせて起き、そこで初めて客である俺の存在に気がついたようだった。


「これの26センチあります?」


 俺が繰り返すと店主は手にしていたカップとスポーツ新聞をカウンターの上に置き、面倒臭そうに背後にあった扉を開けて中に入っていった。


「ったく仕事しろよおっさん。」


店内の靴を見て時間を潰していた俺だったが、やはり靴で潰せる時間という物には限度があるようで、30分程頑張ってみたものの、ついに限界が訪れた俺はカウンターに戻ってみた。


半開きのドアの中でずらりと並んだ棚の中から、お目当ての物を見つけ出そうと格闘している店主が見えた。どうも腹が邪魔で入れない空間があるらしく、荒い息をついてもがいている。

 俺が言うのもなんだが少しばかりダイエットした方がいいのではなかろうか。 


 俺がカウンターに戻っても尚、しばらく棚の奥でごそごそしていた店主だったが、暫くして目的の物を見つけられたようで、額に大粒の汗を光らせながら戻ってきた。心なしか嬉しそうに見えたのは気のせいだろうか。靴をカウンターの上に置いて一言、


「3800円。」


「は?」


「だから3800円。」


 このおっさんが値段の事を言っているのだと気付くのに数秒を要した。


このやろう・・・こんだけ客を待たせといてなんて態度だ。しかし俺も大人だ。ここはぐっとこらえて、


「一応サイズ確かめさせてさせてください。」


 とだけ言った。店主は俺の言う事を無視し、再びスポーツ新聞を読み始めた。サイズはぴったりで履いていた病院のスリッパは引き取ってくれるというので、財布の中から4000円取り出し、カウンターに置いた。

 

 店主はレジの中からいやに汚い100円硬貨を二枚俺に渡すと、机の引き出しからシートのようなものを取り出して、スタンプを押し始めた。 


 どうやらポイントカードがあるらしい。カードを受け取った俺は、なんとなしにカードをながめた。厚紙に20個マス目があり、下に全部たまったら1000円オフ!と書かれていた。


さらにその下にカードの有効期限は最終御利用日からから1年間!と書かれている。スタンプには今日の日付が書いてあり、その日付が目に入った瞬間俺の思考はストップした。


2007年2月12日と書かれていた。なんだこれは。


「すいません、これスタンプおかしいんじゃないですか?」


 店主はまだいたのか、というような目で俺をじろりと睨み、カウンターに置かれたカードを見た。そして、


「Wポイントの日は木曜日だよ。」


 とだけ言った。どうやらポイントの数でイチャモンをつけられているといると勘違いしているようだった。


「違う違う。ポイントじゃなくて日付がおかしいでしょ?」


「んー?」


 俺の指摘にようやく気付いたのか、今度はきちんとカードを手にとって見てくれたが、すぐに俺の前にカードを置いて


「なにがおかしいの?」


 と面倒そうに言った。

「いやいや、だから今日は・・・。」


 俺が言い終わる前に店主は、ちっと舌打ちをしてレジの横にかけてあった日めくりのカレンダーをばんばん叩いてみせる。


「あんた酒でも飲んでんの?今日は2月12日だよ。」


 と半ば呆れたように言った。

店主に見せられたカレンダーには、確かに2007年2月12日、仏滅と書かれていた。


「あれ・・・・?」


「あんたさぁ昼間っから酒なんて飲んでないで、働きなって。ほら、後ろでお客さん待ってるから。」


 俺が慌てて後ろを振り返ると、もの凄くやばそうな男が立っていた。縞々のスーツにサングラスをかけて、頬にはマンガでしか見たことの無いような切り傷があった。最も特筆すべきなのはサングラスの奥のその目つきで鋭さこそ無いが、見ただけで相手を震え上がらせるような、凍りつかせるような、そんな凄みを感じさせる眼差しだった。無論こんな風貌の男が堅気な訳はなく、俺は極々小さな声で、


「すいません・・・。」


 という事のが精一杯だった。一瞬男の眉がぴくっと動いた様な気がしたが、道をあけると男は黙って軽く頷いて、カウンターに高そうな革靴を置いて店主となにやら話しだした。


混乱する頭を抱えながら、店を出てこれからどうしようかと思案していると、今更のようにお腹が鳴っている事に気が付く。そういえば病院で目が覚めてからというもの、おかしな事が起こりすぎて腹が減っている事さえ気付かなかったようだ。

 

 辺りを見回すと様々な店の中にファミリーレストランを見つけた俺は、小洒落たドアを開け、中に入った。ここでこれからの事をゆっくり考えよう・・。





 カランカラン。ピンポーン。俺の来客を店内に告げるチャイムが鳴り響く。厨房から女店員が出てきて、


「いらっしゃいませ、お客様、お一人様でしょうか?」


「あぁ。一人。」


 俺は人差し指を立てて頷いた。


「かしこまりました。お煙草はお吸いになりますか?」


 そういえば俺って煙草吸うのかな・・・。持ってないって事は吸わないんだろうか。でも病院にいる時って病気によっては煙草禁止にされたりするよな・・。


 店員にとっては予想外の所で考え込んでしまったのだろう。不思議そうにこっちを見ている店員。いぶかしげな視線に気がついた俺は慌てて吸いません、とだけ言った。もし吸ってたとしてもこれはいい機会だ。これからは肺を大事にしよう。禁煙だ。


「かしこまりました。それではこちらにどうぞ!」


店員に導かれて席に着いた俺は馬鹿でかいメニュー表を渡され


「ご注文お決まりになられましたらそちらのボタンを押してお呼びくださいませ。」


 と、舌を噛みそうなセリフをスラスラと言ってのけると女店員は厨房に引っ込んでいった。しかし異常にでかいな。このメニュー表は。そのくせ書いてある事は普通のレストランとなんら変わりゃしない。そうだな・・・この季節のフルーツととろける果実のタルトってのは今やっているのだろうか・・。季節限定メニュー、と書いてある。

 

 メニュー表にのっている絵には明らかに梨が前面に押し出されている大きなタルトなのだが、今は明らかに梨の季節では無い。聞いてみよう・・。カチッ。ピンポーン。


 無機質な音が店内に鳴り響く。入り口の上に掲げてある長方形のボードに21という数字が点滅し始めた。どうやら俺の席は21番の席らしい。注文を聞きにきた店員は俺の前に水を置いて、


「お待たせしました。ご注文お伺い致します!」


「あーすいません。この季節のフルーツととろける果実のタルトってのは今やってるんですか?」


 店員の口がぴくっと引きつったがすぐ元に戻った。


「少々お待ちください。確認してまいりますので。」


 声が上ずっている。なんなんだ一体・・。 俺がイライラしながら待っていると、厨房から大きな笑い声が聞こえた。笑い声から程なくして、店員が戻ってきたがさっきとは違う店員のようだ。


「ただいま確認してきました所、できるにはできるのですが、メニュー表の梨の部分が蜜柑にになってしまうのですが・・よろしいでしょうか?」


「蜜柑でもいいですよ。それとアイスコーヒーください。」


「かしこまりました。それではご注文繰り返させて頂きます。季節のフルーツととろける果実のタルトがお一つ。それとアイスコーヒーがお一つでよろしいですか?」


 なぜここの店員は季節のフルーツととろける果実のタルトと言うと笑いそうになるのだろう・・。って言うか果実とフルーツって同じ意味だよな・・。こういう言い方が今流行っているのだろうか?


 俺が頷くと、店員は肩を震わせながら去っていった。店員が持ってきたグラスに映る自分の顔ををぼんやりと見ていると、店員が俺の注文を聞いて笑っていた理由になんとなく合点がいった。おそらくこのメニューは今時の若い子が注文するようなメニューなのだろう。それを俺のようなおっさんが注文したら、確かにおかしいかもしれない。まぁあんなに笑われる筋合いも無いのだが、俺が店員でも笑うかもしれないな・・。


 中年のおっさんが馬鹿でかいタルトにかぶりついている光景はなかなかにシュールなものあるだろう。合点がいった俺はいくらかの満足感を得ることができ、店員に対しての怒りを抑える事ができた。しばらく待っていると件の若い子専門(笑)のメニューが俺の前に姿を現した。いたって普通のタルトではあるのだが、かなり大きい。食いきれるかな・・。

 というより、最近の若い子はこれを一人で食すのだろうか?

 

 だがしかし、中年のおっさんの胃には少々曲者のようだ。半分ほど食ったところで、俺の胃は120%をゆうに超え、あわよくば頑張って収めた50%のタルトを俺の目の前に戻そうと暴れ始めた。


俺は精神集中をする事でその衝動を押し止めさらにアイスコーヒーで追い討ちをかける事で胃の中のタルトを完全に制圧させる事に成功した。


 俺が体の中の戦争に目を白黒させている間も定期的に厨房から店員がかわるがわる出てきてこっちを見て笑っていた。ちくしょう。


・・・なかなか手ごわい相手ではあったものの、本気の俺の前ではただのタルトだったな・・。と、目の前に残っている50%のタルトを尻目にアイスコーヒーを飲んでいると再びピンポーン、と来客を告げる音が鳴った。


 残り少なくなったアイスコーヒーを前に一息ついていた俺の目に、さっき靴屋で出会ったヤクザ?な男の姿が映った。男はしばらく店内をきょろきょろした後、何故か俺を指差して店員に何かを告げた。かなり嫌な予感がする。店員が困った顔で俺の方に来て、


「あちらの方、お知り合いですか?」


 と、聞いてきた。もちろん心当たりの無い俺が否定すると、店員はわかりました、と言って戻っていった。店員が男に何か言っている。おそらく俺があいつに見覚えが無いと言っている、と言うような事を説明しているのだろう。


 黙って店員の説明を聞いていた男だが痺れを切らしたのか、俺の方にまっすぐ歩いてきた。俺は彼に何かしたのだろうか?もしやさっき靴屋であった事で因縁をつけられたら・・・。

 裏に連れてかれて身包みはがされたらどうしよう。などと考えていると、いつの間にか目の前に立っていたそいつに、


「相席いいですかねぇ?」


 と言われた。何言ってんだこいつは。満席っていうならともかく、レストランの席は半分程度しか埋まっていない。どちらかというと空席の方が多いくらいなのに・・。


「あっちの方・・空席いっぱいありますよ?それとも私のお知り合いですかね?」


あくまで丁寧に返答する。相手は得体の知れない奴だ。下手に怒らせでもしたらコンクリート詰めからの日本海ダイブをはじめとした、ヤクザコンボを喰らう可能性だってある。


「いやいや、私にもこの両目があるもんでこの店内に空席があるってのは百も承知なんですがねぇ、あなたにお話があってきたんですよ。」


どうもねちっこい話し方するなこいつ・・。もしかしたらヤクザじゃないかもしれないな。変な宗教の勧誘かもしれない。適当に話聞いてさっさとここから出よう。


「俺に話ですか?僕の事知ってます?」


「私の方はあなたの事よぉーく知ってますよぉ。実際にこうしてお話するのは初めてですがね。木村修一さん。」


!!やっぱりこいつ俺の事を知ってるのか。俺に会うのは初めてってもしかして俺、タレントか何かなのかな・・。有名な芸術家とか。意外と筆持たせたりするとすげぇ達筆でかっこいい絵描いたりするんじゃねぇの?俺。


 一人でまた遠い所に旅立ってしまった俺を面白そうに見ていたヤクザ?は、


「ちょっと席移って頂けませんかねぇ私ニコ中でして、常に咥えてないと落ち着かなくてねぇ。」


 ヤクザ?は俺に言うだけ言うとさっさと席を立ち喫煙席の方に歩いていく。

 その声で我に返った俺は、


「あぁ、吸うんですか?いいですよ席、移りましょう」


と言ってヤクザ?の後を追った。残り50%のタルトとほんの少しだけ残ったアイスコーヒーを持って。





タルトとコーヒーを持ってもたもたしながらヤクザ?のいる席に着くとテーブルの灰皿には既に3本も煙草が入っていた。こいつどんな速さで煙草吸ってんだ?


「あーすいません。そろそろ用件の方聞かせてもらってもいいっすかね?」


 ヤクザ?はわざとらしく両手をあげて


「こりゃすいません。私の事に見当ついてるもんだと思ってました。」


なんだこいつ。さっき初対面だって自分で言ってたくせに。


「いや、さっき初対面だって言ってましたよね。」


「いえ、仰るとおりですよぉ、大変失礼いしました。私、警視庁捜査1課の芹沢と申します。名刺は、あーすいません。生憎きらしてますんでこれで勘弁してください。」


 そういって胸のポケットから警察手帳を取り出して俺に見せ、あっけにとられている俺にさらに喋る。


「あっと、そのタルト美味そうですねぇ。もう食いきれないなら私にくれませんか?どうも貧乏性が抜けなくてねぇ。それまだ食いますか?」


俺はそれどころでは無かった。警察が俺に何の用なんだ。俺にまだ災難を振り掛けるつもりかなのか。


「あー芹沢さん?警察なんですか。それでその・・警察の方が俺に何の用なんですかね?この広い店の中で俺をチョイスしたって事は俺に用事なんですよね。」


 こいつが店に入ってきた時の嫌な感じはものの見事に的中した。もしかしてこいつ俺の三億入り通帳の事知ってるのかな。とりあえずこのタルトを食わしている間に色々考えてみよう。


「タルトは食っていいですよ。俺みたいな中年には完食出来るような物じゃ無かったですし。」


言ってやると、芹沢は嬉しそうに


「どうもすいません。この歳になっても甘い物には目がなくてねぇ。いえね、こないだもここにきてこのタルト、注文したんですがね、店員に笑われちゃってねぇ。まぁ今時こんなのおっさんが食ってちゃ笑われちゃうんですかねえ。まったく、老い先短いこの体だ。食いたいもん位好きに食わせてくれっつー話でして。」


 老い先短い、というセリフに反応してよく見ると、なるほど結構な歳のように見える。


だがこの男、そんな事は微塵にも感じさせない雰囲気を持っている。


不覚にも共感できるセリフを吐きつつ、芹沢は物凄い勢いでタルトを平らげてしまった。

俺は考えを巡らせる事より芹沢の食いっぷりが気になってしまった自分に軽く後悔した。


「すいませーん。タルトおかわりーーー。」


 こいつマジかよ・・。俺が呆れて見ていると、俺の視線の意味を勘違いしたのか、


「大丈夫ですよぉ、ここの代金は私が持ちますから。最もあなたにとったらそんなに困るような金額になる事なんて無いと思いますがねぇ。」


 この物言い・・。やっぱりこいつ、通帳の事を知っているような口ぶりだ・・。


「いや、払いはどっちでもいいんですが、そろそろ本題に入って頂きたいんですよね。ほら、時間って無限じゃないじゃないですか?」


 俺が多少の嫌味を込めて言うと、芹沢はニヤリと笑い、


「ここで言っちゃいましょうか?それとも署までご同行願えますかねぇ?」


「何故俺が署までご同行して頂かなければならないのか、俺はそれが知りたいんですよ。あなたは私について何を知っているんです?実は俺、訳あって自分の記憶の断片を探してるんですよ。」


「記憶を探してるってのは、そりゃどういう意味ですかな?」


「だから言っている通りです。分かりやすく言うと俺今日の昼までの記憶が全部飛んでるんですよ。」


「記憶が飛んでる?あーそりゃ大変な事ですなぁ。それじゃ私が今から言う事は寝耳に水って奴になるのかな。ショックでまた記憶飛ばないように気をつけて下さいねぇ。こちとら10年かけてあんたの事追いかけて来たんだから。」


 なんという人を小馬鹿にした雰囲気・・。どうする俺。逃げ出すなら今だぞ。これを聞いてしまったら、きっと俺は不幸になる。病院で考えた記憶の手がかりになるのは間違いない。確かに今のところは順調に記憶は集まっている・・。


 が、しかしだ。知りすぎる事で不幸になるって事もあるんじゃないのか?そもそもこの刑事は俺の記憶が無いって事を1ミリも信じちゃいない。酔っ払いが人をはねて酒で記憶が無いと言ってる位のものだと思っているだろう。


「あのーちなみに聞いてみますけど、俺があんたの話聞くのを拒否した場合、俺がここから出て行くの、黙って見送ってくれたりします?」


「うーんそりゃ少しばかり難しい話かもしれませんなぁ。あなたがどうかは分かりませんが、警察に話しかけられて黙って逃げる輩がいたら他の人は普通こいつあやしい、とまぁそういう風に思うんじゃありませんかねぇ?」


 まぁそうだよな・・・。俺がもし警察でも同じ事を思うはずだ。これで俺の記憶の断片を思い出す事になるかも知れないし、逃げ出す事も出来そうにない・・。店の外にの応援が来てる可能性だってある・・。


「わかりました、俺のした事を教えてもらえますか?」


「ふーんあくまでそういう感じで私と話しますか。まぁいいです。どこまでその態度、続けられるかどうか、見てみましょう。あーあなたどれから話して欲しいですか?やっぱり記憶が無いんなら順序良く最初のから説明した方がいいですかなぁ?」


「そうですね。そうしてもらえると助かります。」


 さて鬼が出るか蛇が出るか・・。



「ふー。そうですか、それでは最初から、まずあなたには複数の犯罪の容疑がかかっています。ざっと罪状をあげますと、えー詐欺、殺人、建造物損壊。あと死体遺棄なんかもありますな。まぁかいつまんで言いますと、1997年の2月16日、東京都在住のOL、菅乃美智子さん、当時25歳ですな。えー、を保険金を掛けた上で殺してますな。そして翌年5月29日、同じくOL荒井玲子さん。彼女は・・当時28歳ですか、をこれまた保険金掛けてころしてますなぁ。さらにその翌々年の12月24日、これまたOLの芹沢由紀、あぁこれ私の娘なんですがね?えぇ同じく保険金掛けられて殺されてます。それでこの保険金の方のヤマがですねぇ、極めて巧妙に偽装されてましてねぇ、犯人を絞り込むのに苦労したんですよね。まぁこのご時世、科学捜査も発達してましてねぇ、私の様なパソコンもよく分からない様な人間には及びもつかない話なんですがね?指紋とったり、毛髪からDNAとか言うのを採取して、捜査に役立ててるって話でして。あぁちなみに保険金の方はしめておよそ3億程度らしいですねぇ。まったく羨ましいですなぁ。少しばかりあやかりたいもんです。もしもーし。木村さーん。ちゃんとついてきてますかぁ。気分が悪くなったら言って下さいねぇ。私頑張っちゃいますから。」


 これだけの受け入れがたい事を突きつけられた俺はというと、自分でも驚くほどに落ち着いていた。この男が言っている事が本当の事だと言う事が何故だか理解できる。決して記憶が戻った訳ではないが、本能でこいつの言っている事を俺はしてきたのだろうと言う事がわかる。この男の飄々とした態度の裏で、俺に向けられている静かで激しい憎悪がわかる。


「大丈夫です。続けて下さい。」



「そうですかぁ、じゃあ先続けますよぉ。三人殺した後あなた、消息がぷっつり途絶えましてねぇあの時は本当に焦りました。その内本部のほうじゃ、海外に高飛びしたとか、もう自殺した、なぁーんて言ってる馬鹿も出てきましてねぇ。それでも私は諦めませんでしたがね?そして水面下でゆーっくり捜査は続けられまして、あなた2005年8月、一回隠れ家で隠れてる時に、我々に包囲されましてねぇ、捕まりかけたんですよ。でも踏み込んだ我々の目の前であんた、致死量スレスレの睡眠薬飲んじゃって警察病院に搬送されたって訳ですよ。生きるか死ぬか、5分5分だったって話ですがね。それで意識が戻ったあんたはどうやったのか知りませんが、いつの間に持ち込んだのか一階に時限爆弾、仕掛けてたでしょう。おそらくあんた、そうなる事態すら予測してたんでしょう。ま、保険のような物のつもりだったかもしれませんがね。えー、でまぁ意識を取り戻すや否やあんたトイレの掃除用具入れに駆け込んで起爆スイッチをポン。一階はメチャクチャ。5人死亡。12人重軽傷。我々が右往左往してる間にあんたはとんずら。我々が事態を把握した頃には3階のあんたの部屋はもぬけの殻。まんまとしてやられたって訳でして。それからまたあんたの消息は途絶えたんですが、私はどうにもしつこい性分でしてねぇ、今でもこうしてあししげく犯人を求めて探してたって訳ですよ。まぁこれも記憶の外って言うと思うんで見せときましょう。これがあんたの昔の写真ですよ。」



 そういって芹沢は警察手帳を取り出し中に入っていた何枚かの写真を取り出した。そこには俺とは似ても似つかないナイスミドルが写っている。写真の事はよく分からないが素人の俺から見ても俺と写真のこいつは別人だ。

 

だが・・。きっとこれは俺なのだろう。恐らく俺は警察の追っ手を撒くためにこの俺から、現在の俺の顔に整形した。そしてひっそりと息をひそめていた。今日のこの日まで。そもそも今の俺の顔でいくら話術巧みにしても、3人もの女を詐欺に引っ掛ける事などできよう筈も無い。


「整形した闇医者が割れたのかな?」


 冷たい声だった。自分でも驚く位に。俺という人格はこの現実を目の当たりにして尚、自分の計画のどこに粗があったのか冷静に分析しようとしていた。



「いえいえ、そうじゃありませんよぉ、さっき靴屋でお会いした時に挨拶したじゃないですか、あなた私にすいません、ってね。あぁ今ので思い出しました。私あなたとお話するの今日で2回目でした。初対面は私があなたの隠れ家に突入した時でしたね。あんた睡眠薬飲んで朦朧としてましたがねぇ、一番乗りだった私にあんた言ったんですよ。すいませんでした、ってね。あん時は完全にあんた致死量の睡眠薬飲んじまったと思ったんで、一応救助呼んだものの100%死ぬと思ってたんですよ。だから最後の最後に私に謝ったんだと。つくづく私も甘いですよねぇ。あれだけの人間を躊躇無く殺してみせる人間に人並みの感情があるかどうかなんて少し考えれば分かりそうなモンです。今思えばあの時怒りに任せてあんたの事、こいつで殺しとけばと思わんこともないですがね。」



 そう言って芹沢は軽く胸の辺りを叩いてみせる。恐らく拳銃が入っているのだろう。俺は芹沢をみたまま何も言わなかった。



「少なくとも、あそこであんたの息の根止めておけばその後の病院の爆破は食い止められたんですからねぇ。ホント、世の中ってのは自分の思い通りには行かない事だらけです。こんな商売やってるとたまーに思うんですがね?これってだーれも幸せにならない商売だと。特に我々のように殺しを専門に扱う人間にとってはねぇ。我々が必死こいてコロシやらかした犯人捕まえても、殺された人は帰ってこない。親族にとって自分の身内を殺した人間が刑務所に入ろうが、死刑になろうがはっきりいってそんな事は気休めにもならない。親族が望むのは殺人者が死刑になる事なんかじゃなく殺された自分達の大事な人を返して欲しい。ただそれだけなんですから。殺した犯人は捕まってお先真っ暗。親族も結局満たされない。どうですか?不毛な商売だと思いませんか?」



 一気に喋って疲れたのか、芹沢はふかい溜息をついた。俺のほうはと言うと、この刑事の洞察力に素直に驚いていた・・。


「なるほどな・・。声はごまかせなかったって訳か。しかしあんたもたいしたもんだな。二年前に一度聞いたきりの声をあんな場所で聞いてピンとくるなんてな。まいったよ・・。降参だ、芹沢さん。」


 俺は両手を上げて観念したように呟いた。


「いえいえ、鋭さにかけてはあんたの右に出る人間なんていやしませんよ。あんたのやらかしたヤマの数々、大胆なんですが、その全てが極めて綿密に作りこまれています。あんたは正真正銘、犯罪者になる為に生まれてきた男ですよ。」


 ふー・・・。完全に記憶が戻ったって訳じゃないが、今の現状を理解するには十分な情報だった。俺は犯罪者。こいつは俺に家族を殺された刑事。俺は自分のやった事を思い出してはいないがその理屈がこいつに通用するとは思えない。


 そしてさらに俺には記憶が無いだけで、自分のやった事を本能で理解してしまっている。まさに絶体絶命の状況だが、まだチェックメイトって訳でもなさそうだ。これまでの雰囲気。こいつは恐らく単身でここに来ている。と、いうよりこいつの目的が俺の思っている通りなら、こいつは確実に単身でやって来なければならないのだ。


 そしてもしそうなら俺が今から持ちかける相談に乗る筈・・・。どうにかこいつを跡形も無く始末できれば、俺にもまだ勝機がある。


「外に出ないか。芹沢さん。まだ少し話したい事がある。」


 俺の申し出に少し考え込んでいる様子だったが、すぐに頷いた。さっきの俺の口ぶりからしてこいつは俺がもう観念していると思っているだろう。そこに付け込ませてもらうとしよう。


「どこか、人の来ない静かな所は無いか?」「そうですねぇ、南に少し行った所に港がありますがそこには滅多に人は来ませんな。最後の懺悔に相応しい場所だとは思いますよ。」

「分かった。そこで話をしよう。」


「それじゃ私会計済ませてきますんで、準備が出来たら出てきてくださいな。」


 準備。一体何の準備をすると言うのか。うすうす感づいてはいたが今の一言で俺は確信した。こいつは俺を殺す気なのだ。かつての過ちを繰り返さない為に。復讐のヒーローにでもなったつもりで俺と同じ穴の狢になるつもりなのだ。

 

 俺を今夜始末する。それがこいつが、ここに単身で来た理由の一つなのだろう。俺は席を立つ時に置いてあったコショウの小瓶をポケットに押し込んで小走りに芹沢の後を追って店を出た。

 





 外に出ると雨がしとしと降っていた。しめたと思った俺は、反射的に笠立てから先の尖った笠をチョイスして、広げた。すまん持ち主の人。今日だけ貸してくれ。すっかり日が落ちた夜道を俺と芹沢は並んで歩いた。港はそう遠く無い所で、確かに全く人気は無く、アスファルトに俺達二人の足跡が響いた。



テトラポットに腰掛けて、黙って煙草をふかしている芹沢の隣で俺はこいつをどうやって始末するか考えていた。相手は始末する方法を考える必要など無い。俺の眉間に拳銃をつきつけて引き金を引く。それで全てが終わる。あいつにとっての決着がつく。俺にとっては終わりだが。


 やはりこんな姿になっても浅ましく生きようとするのが人間の本能というものか・・。正直なところ俺は別に生きようが死のうがどちらでもいいと思っていた。だが、やはり極限の選択を迫られると、無意識の内に生への欲求、とでも言おうか・・。生き残る意思の様なものが働いてしまうのだ。


 こっちは素手。あっちは拳銃。そして体力でもこちらが劣っているだろう。勝てる可能性は0に近い。だが、それでも生き残るためにはやるしかない。この男を・・。殺すしかない。ほぼ無計画で殺しをやるのはこれが初めてかもしれない・・。


「最後に教えて欲しいんですよ・・。木村さん?」


 俺は濡れるのもお構いなしに、笠を広げたまま足元に置き、聞いた。


「なにをだ?」


「今では罪の意識って奴、あります?」


「俺にそれを聞くのか?まぁあんたは信じないかもしれないし、他の犯罪者諸君がどうなのかは知らないが、少なくとも今の俺にはあるよ。昔の俺はどうだったかは知らないが。人の物盗った時には悪い事したなって思うし、殺した時にだって悪いことしたな、とは思うぜ。だが俺の中で犯罪ってのはこの世でより良く生きる為の手段にしかすぎなかったんだな。誰だって楽して金が欲しい。働かずに済むものなら遊んで暮らしたい。だけど働かないと食っていけない。だから働く。結果善良な一市民となって社会の歯車に落ち着く。これが普通の人間の思考回路さ。その点俺は優先順位が他の人間に比べて狂ってるんだろうさ。楽して金が欲しい。働かずに済むなら遊んで暮らしたい。まぁここまでは一緒さ。だがここで俺は働く事と楽して金を手に入れる方法、まぁ今回は保険金殺人か。この二つを天秤にかけちまったのさ。その結果はあんたも知っての通りだがな。後はもう計画を練って、実行するだけ。もうこの段階に至ってしまうと俺の思考に横槍が入る事は無い。あんたの娘さんは言うなれば巻き添えを食らったって感じだな。俺は別にあんたの娘だからって狙ったわけじゃ無かったんだと思うぜ。」



 ゆっくりと随分長い時間喋っていたような気がする。芹沢は俺の話を黙って聞いていた。こいつは今の話を聞いて何を思っているのだろうか・・。



「優先順位・・ですか。まぁあんたのような人は犯罪に至るまでの動機も他の犯罪者とは随分と違うようだ。あんたの思考はまさしくロボットのそれなんですよ。理性ってものがひとかけらも無い。神に与えられた人生を極限まで労せずして利益だけを求め、生きる事を考えるならば、あるいはあんたのような考えを持つ人間は少なくなかったかも知れませんなぁ。」



 芹沢は諦めたように言って。吸っていた煙草を地面に落とした。湿った地面についた煙草はジュッ、という音を立ててその光を消した。そしておもむろに胸ポケットから拳銃を取り出して、言った。


「十分です。もうお別れしましょう。」


 その時俺の全神経は芹沢の胸ポケットに集中していた。芹沢の手が胸ポケットから拳銃を取り出した瞬間、俺は地面に置いていた笠の柄を握り、思いっきり振り回した。


 結構な時間地面に放置されていた笠の中にはこれまた結構な量の水が溜まっており、それを振り回すと必然的に周囲に水が撒き散らされる事になる。当然芹沢の顔にも、持っている拳銃にも水はかかった。


「ちいっ!!」


 芹沢は舌打ちをして反射的に拳銃を持っている方の手で自分の顔を庇い、結果拳銃はびしょ濡れになった。


 だが、俺の狙いはもう一つ別のところにあり、芹沢が庇っていた手を降ろした時を見計らって、俺はさっきファミレスから席を立つときに取っておいたコショウを芹沢の顔目掛けて撒き散らした。


 完全に虚を付かれたらしい芹沢は、もろに顔面でコショウを受け、


「ぐっ!!」


 と短くうめき、目を押さえながらも、なんとか拳銃を俺目掛けて発砲した。パン、パン、パンと乾いた音が鳴り響く。芹沢の行動を予測していた俺は横に飛んで銃撃を何とかかわし、たたんだ笠を手にただ思いっきり芹沢に突っ込んだ。



ズビュッっと嫌な手応えがあった。笠の先が芹沢の腹に吸い込まれた瞬間、一瞬時間が止まったような気がしたが、思いっきり芹沢の腹に刺さった笠を抜こうとして無我夢中で俺は芹沢の膝を蹴飛ばした。力無く拳銃を取り落とした芹沢は俺に蹴飛ばされると、テトラポットから海に転げ落ちていった。



俺は安心できず、笠を持って海面ギリギリまでテトラポットにしがみついて降りていった。仰向けに海に浮かんだもう動かない筈の芹沢の死体がまた動き始めそうで俺は手にした笠を何度も何度も死体を滅多打ちにする。。


1度、2度、3度、数え切れないほど芹沢の体を刺し、叩き続けた俺は、ふと我にかえり笠を捨て、芹沢のスーツを掴んでテトラポットの裏に引っ掛けた。スーツは水を吸っていて押し込めるのはそう難しい作業ではなかった。


そうは言っても真冬の凍えるような寒さに加えて、この重労働。腕の筋肉は張り裂けそうに痛み、足もガクガク。おまけに着ていたパーカーも海水を吸ってひどく重くなり、俺の体力を根こそぎ奪っていく。

  

結局、完全に死体をテトラポットの下に引っ掛ける事が出来たのはそれから一時間も後の話だった。


俺は呼吸を落ち着けようとアスファルトの上に這いつくばって荒い息を繰り返しついた。達成感のような物は一切無く、俺の心にあるのはただ虚しさがあるばかりだった。


 とりあえずではあったが、目的を成し遂げたにも関わらず、俺のこの世界に対する不安感が和らぐ気配は微塵も無かったが、今はまだ何も考えたくなかった。

この時の俺はいまだ自らの置かれている現状と、この世界の秩序を犯してしまった事など知る由も無かった・・。


その時の俺は最早、今回の件の発端とも言えるあの闇の中での出来事など全く忘れていて、また思い出す余裕すら無かった様に思う。

 もし俺の楽観主義的な性格さえ無ければ、また違う未来が待っていたのかも知れなかった。





気がつくと雨が止んでいた。東の空がゆっくりと白んでいく様をぼんやりと見つめていた。どの位こうしていたのか全く時間の感覚が無かったが、あまり長居する訳にもいかない。

 

 いくら使われていない港といえど朝になれば人と出くわす可能性もある。ゆっくりと立ち上がり、俺は芹沢の血が雨ですっかり流れてしまった事を確かめて俺は港を出た。





俺が異変を感じたのは歩き始めてすぐだった。


俺が歩くすぐ後ろでピシャッ、ピシャッと何かが叩き付けられる様な音がした。振り返った俺の目に映ったものは、なんてことはない綺麗な朝焼けだった。しかし違和感は俺の心を瞬く間に埋め尽くした。


確かに目には何も映ってはいないが何かがいる濃密な気配がそこにあった。それは俺が視線を向けていることなど一向に気にしていないようで震える俺を尻目にどんどんその存在を空間に確立している。


やばい、と思うのと俺の足が俺の脳を無視して走り出すのはほぼ同時だった。


俺は何かを確かめる余裕も無く、来た道を確かめながら戻る余裕も無くただひたすらに駆けた。散々駆け回った後、視界に公園を見止めた俺はトイレの中に走り込みがっちりと鍵を掛けた。ぜえぜえと息をつく体とガクガクする足でこの体を支え続ける事は土台無理な話で俺は力無くドアの前にへたりこんだ。


ピチャン。水道の雫が垂れる音がする。俺は振り向けない。


 何かの気配がする。もちろん俺は振り向けない。


 ズルズルと何かが俺の方ににじり寄ってくる。やっぱり俺は振り向けない。


 肩にぐにゃりとした物が触れる。そこにいる何かからポタポタと何かが垂れている。ドアの前で頭を抱え込む事しか出来なくなった俺の後ろでカチリ、と小さな音が鳴る。


 「ゲームオーバーです。」


さっきまで俺に殺されていたそれは、今度こそ地面にうずくまっている外しようがない的に、引き金を引いた。


相も変わらず乾いた音をきっちり三回、ここではない、どこか遠い所で聞いたような気がした。






目が覚めた時、辺りは闇だった。もしや、と思ったものの、やっぱり俺の手足は思うように動かない。だが、今回は何かに拘束されている様で、あの時のように転がって移動する事さえ出来そうに無かった。


今までとは確実に違う事、そしてこれから俺の見に起きる事。それらの事はほぼ確実に俺には予想がついていた。


ようやく戻ってこれたここは、紛れも無い現実だ。俺がそう確信できる根拠は記憶だった。俺の記憶は喪失したわけではなく、一時的に脳から抜かれていた、と言うのが正しい表現かもしれない・・。


 まぁその問題についてはあいつから説明があるだろうが。


「どーもぉ木村さん。ご気分はいかがですかなぁ?」


今の俺にとっては聞きなれた相変わらずねちっこい声と共にあいつが入ってきた。


 声と同時に電気がつき、部屋は白い光に包まれた。ひどくまぶしい光に俺は目をシパシパさせ、ようやく周りが見渡せるようになった頃にはすっかりあいつとその一味に囲まれてしまってからだった。


「体調の方は大丈夫ですかなぁ。私の事、覚えてますかぁ。」


 俺にとっては忘れようもない声で芹沢は俺の枕元に立って俺を見下ろしている。


「元気か?芹沢。あっちでもお前には随分世話になったぜ。タルト食われたりとかな。」


「おや、その様子だと今回の件について多少検討がついているようですなぁ、一応上の方から全員に説明するようにと仰せつかってましてねぇ。しばらくの間、説明に付き合って頂いてもよろしいですかなぁ?」


「あぁ俺にも聞きたい事があるからな。説明してくれよ。」



「わかりました。御説明しましょ。えぇ、まずあなたには2008年の8月5日に死刑の判決を受けてます。本来なら死刑判決を頂いたら問答無用で死刑に処されてしまう訳なんですが、近年死刑制度について反対するって言う世間の風潮が活発になってきてましてねぇ。政府としちゃあ無視したい所なんでしょうが、死刑の反対派を黙らせるのに政府のお偉方が打ち出してきたのが今回のあなたが受けた措置って訳です。なにやら長ったらしい正式名称があるみたいですが、我々は分かり易く(プログラム法)と呼んでます。分かりやすく言うと、死刑囚に与えられるラストチャンスみたいなもんです。政府の監視下の元で更正の有無を見ると。厳密に言うと、記憶って奴ありますよね。あれって電気信号なんですよ。最近の科学技術の発達によって記憶のある部分を取り出す事ができるようになりましてね?犯罪の記憶だけを取り出すんですな。全部の記憶を取り出すと、更正の有無を見極める所か、まともに喋る事さえ出来なくなっちゃいますから。赤ちゃんの状態に限りなく近くなるらしいです。そこで幾つかの外的要因、所謂木村さんの場合は3つの願い云々って奴ですが・・・それを与えてやる。その際多少の記憶の混同ってものがある可能性も0ではないと・・。あんた、病院の一階に降りたとき、驚いたでしょう。あれが記憶の残りかす、とでもいいましょうかねぇ。話がそれましたな。まぁともかく・・・その後我々はその死刑囚がどういう行動を取ったかを総合的に判断し最終判決を下す。最もさっき言った外的要因ってのはあくまで判決をしやすくする一つの要因にしか過ぎないわけで、その内容にはいささかありえないような内容もある程度認められてまして、この間これ受けて、死刑から無期懲役になった輩は、スーパーマンになる事になりましてね最初はごくごく真面目に仕事こなしてたんですが、その内空を飛んで覗きなどし始めましてねぇ。あれには笑わせてもらいました。おっと守秘義務がある身としてはこれは失言でしたかな?」



 芹沢はおかしそうに笑う。


「で?俺は結局どうなんだ?まぁ聞かなくてもわかってるがな。」


「うーん私、木村さんに殺されちゃいましたからねぇ。しょうがないですよ。」


「まぁそうだろうな、んでいつやるんだ?今からやるのか?それとも後日か?なるべく早いほうがいいんだがな。」


 まぁ確定してしまったものはしょうがない。絞首刑なんて大して怖くも無い。死ぬのは一瞬だ。痛いのは大嫌いだが絞首刑ってのは窒息じゃなく、頚椎の骨折が死因になるからな・・。


「えぇ今からですよ。安心してください。」


「だがここで縛り首なんてどうやるんだ?首に縄巻きつけて床を抜いたりするのか?」


 この状況でどう絞首するのか不安になる。


「いぇいぇ、あなたの場合はここで出来ますよぉ。良かったですねぇ。」


「だからどうやって絞首すんだよ。」


 俺に聞かれて不思議そうに首を傾げる芹沢。


「絞首?何の事ですかなぁ?さっき言ったでしょう。プログラムの結果次第であなたの措置は変わると。」


 こいつなに言ってんだ?俺の背中を冷たい物が伝い落ちる。


「だから死刑なんだろ?この国の死刑方法は絞首刑と昔から決まっているはずだが?」


「またまたぁ冗談でしょ。もう一回言ってあげましょうか?プログラムの結果次第で措置が変わると言ってるでしょ?さぁ判決を読み上げますよ、木村修一。プログラム内における罪状、殺人。及び死体遺棄。自分に疑いを掛けた刑事を港に連れ出し傘でメッタ刺し。顔面及び体中を計35回に渡って突き刺し絶命させる。さらに被害者が絶命した後も複数回に渡って体中を殴打。さらにさらに、死体を海に捨て去る。すごいですなぁ。同じ事を私があなたにしなければならないとは・・。まったく気が重い事です。」




 ちょっとまて。チョットマテ。コイツハナニヲ・・。


「ちょっとまて!そんな馬鹿な話があるか!絞首刑だろーが。法を守れ!政府の犬が!」


 話が違う。こんな事はありえない。

 だが俺の訴えも空しく、芹沢から帰ってきた言葉は至極最もなものだった。


「木村さん。あんたのような人が法がどうとか言けませんなぁ。あんた法破りまくってるじゃないですか。因果応報ですよ。あんたがやって来た事はあんたがその身で償うべきなんだ。私があんたに処刑人として、又、玲子の父親として言える事は至極簡単な事なんです。人の迷惑を考えろって事なんですよ。」


「ちょっと待っ」


「往生際が悪いですよ。ま、来世頑張って下さいなっと。」 


 そう言っておもむろに芹沢は黙ってどこから持って来たのか、先の尖った傘を俺の無防備な体に突き刺した。激痛が俺の体に走る。


「35回だったかな?よいしょっ、2回よいしょっ、3回、よいしょっ、4回。」


 文字通り穴の空いた俺の体からは噴水のように血が噴出し、燃えるように熱い。俺の体は穴だらけ。いつの間にか両目にも傘の先は刺さったようで、俺の耳には芹沢のよいしょっ、という声と回数を数える声しか聞こえなくなった。


 が、それも20回を超えた辺りから聞こえなくなり、辺りは(プログラム)が始まった時の闇と同じぐらいの赤に包まれた。


 力尽きた俺の意識も闇に飲み込まれていった。




      

 


このような拙い物を最後まで見ていただいた事に感謝します。

評価、感想、アドバイス等頂けると嬉しいです。

初投稿なので未熟な部分も多々あったかと思いますが、

これから少しずつでもいい物が書けるといいな、と思っています。

どうか、これからもヨロシクお願いします。

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