少女達の白昼夢(1)
「ひどい顔だね。また眠れなかったの?」
まるで揶揄うような少年の口ぶりに、少女は顔を歪めてみせた。
「眠れるわけないでしょ。あんな気分の悪い話聞いて…」
少女が鋭い目をさらに細める。その目の下にはうっすらと隈ができ、顔色は幽霊のように青白かった。
「僕は話聞きながら寝れたけど」
「隣に居たから知ってるわよ。貴方のそういうところ本当に理解できない」
眼鏡越しの視線が窓の外に逸らされる。少女の機嫌を損ねたことに気づいていながら、少年は口角を上げて話し続ける。
「さすがの僕も今回の事件は思うところあるよ。今朝ちゃんと聞いてきた」
まだ視線は戻らない。
「三人とも絞殺だったんでしょ。発見場所は自宅近所の河原。朝のジョギングをしていた中年男性が発見して警察に通報した。目撃情報も証拠もなく、犯人はまだ見つかってない。それから…」
「やめて」
小さな唇がかすかに動いた。ガタガタと走行音の響く車内で、誰にも知られず消えてもおかしくない声だった。それでも少年は少女の言葉をしっかりと拾い、喉元まで来ていた言葉を発することなく止めた。
開いたままの口を静かに閉める。
意地悪しすぎた。少女の目に浮かぶ涙を見て、少年は滅多にしない後悔をした。なんだか落ち着かなくて、被っているキャップを深めに被り直してみる。それでも落ち着かず、少女の様に窓の外に顔を向けた。
見えるのは、鮮やかな青空と大きな入道雲。日光に照らされる豊かな田園はどこまでも広がり、たまにポツリポツリと家屋が見える。
人口が一万に満たない小さな町だと聞いていた。実際に見るとやはり田舎臭さを感じた。
ただ少年には、自分たちの暮らす都市よりも、ずっと和で平和そうに見えた。
まあ、平和だったらこの町に二人が来ることはなかったのだけれど。
「……少し寝る。着いたら起こして」
さっきよりもずっと大きな声に、少年が瞬時に少女を見る。
落ち着いたのか、少女の目から涙は姿を消していた。安堵と共に、少年の口元がほんの少し緩む。
「うん。おやすみ、なっちゃん」
「…おやすみ、シュン」
寝不足に加え、早朝から電車やバスを乗り継ぎ、片道四時間の移動で疲れていたのだろう。三分も経たずに少女は小さな寝息を立て始めた。少年は一定のリズムで上下する胸元をしばらく凝視してから、少女の顔を見た。
「また眉寄ってるし…」
誰に言うでもなく呟かれた言葉の通り、少女は中央に力強く眉を寄せ、眉間にはびっしりと皺が刻まれていた。
――美人なのに、跡なんて着いたら勿体ない。
少年が前屈みになり、指先を少女の眉間に伸ばす。
触れるか触れないか、ぎりぎりの位置。そこで少年はぴたりと指先の動きを止めた。
――起こしちゃったら悪いもんね。
そう自分自身に言い聞かせながら、伸ばした指を自分の長い髪に這わせた。
少女と初めて会った時に肩ほどしかなかった髪は、今は胸の辺りまで伸びている。あれから幾月も過ぎて、髪の長さ以外にも少年と少女の間には様々な変化があった。だけど寝顔だけは全く変わらない。苦痛に耐えるような表情や、出られない迷路に閉じ込められたような不安気な表情。起きていれば笑わせてあげられても、眠られていては何もしてあげられない。
今自分にできることは、少女の眠りを妨げないよう静かにしていることだけ。
次に目を覚ました時、少女の顔色が少しでも良くなっていることを願いながら、少年はただ黙って少女の寝顔を盗み見るのだった。