出会いと伝説の謎
静かに寄せては返す白と青の宝石と紫がかった不思議な空を眺めながら砂の上に座り込んだ。
老婆からこの地に纏わる伝説を聞いた後、何となく海に寄りたくなったのだ。
翔太郎は静かな波の音に耳を傾けながら老婆が語ったあの話しを思い出していた。
ーー昔からこの地には不思議な伝説のような、おとぎ話のようなものがありましてね?実は、私もこの話は祖母から聴いたんですよ。この村には海があるでしょう?その海には水棲馬が住んでいて昼間現れる時は美しい馬の姿で現れ、その肌に触れると触れた部分が離れなくなり、海に引きずり込まれる。夜に現れる時は美しい青年の姿で現れ、歳若い乙女に言い寄り海に引きずりこんでしまう。しかも、引きずり込まれたら最後、ある臓器だけを残して喰われる、というはなしなんですわ。ただ、ある時になんだかに触れて、殺されてしまったとか何とか……。ごめんなさいねぇ、記憶力が最近曖昧だから……。そうそう、あんたも、夜の海には近づいてはだめよ?食われてしまうからねーー
そう言って老婆は困ったように笑っていた。
しかし、この話は何かが引っかかった。この伝説には何かが隠されている、そんな気がしてならなかった。もちろん、その何か、は全く分からなかった。ただ、一つ分かったのは老婆が翔太郎に向かって言った「夜の海には近づくな」というワードと自分の夢の中に出てくる大人たちの発言が一致していることぐらいだ。
もし、あの言葉と伝説が本当に関係あったとして、男の自分にあの警告をしたのは一体……
「なにしてんの?お兄さん」
いきなり声をかけられ翔太郎はひっくり返りそうになりながら、慌てて声がした方を見ると、少し離れた所に一人の美少女が立っていた。
雪みたいに真っ白な肌と濡羽のように黒く背中まである髪と少し目にかかるくらいの前髪。鼻筋はスっと通っていて少し青みがかった黒い瞳と折そうなくらい細い身体。それにふわりと纏う白いワンピースはまるで天使の羽のようだった。
「あ、え?えっと、考え事、かな?」
と、しどろもどろに返すとその少女はふーん、と言いながら翔太郎の右隣に座った。
「って、ガキがこんな時間に彷徨いてんじゃねぇーよ」
「ガキ呼ばわりしないで、せめて名前で呼びなさいよ」
「いや、お前の名前知らないし、初対面だし」
翔太郎のその言葉に少女の表情が何故か凍りつき、やがて悲しげに微笑んでいた。
「そっか、忘れちゃったんだね……」
と、少女が小さく呟いた。忘れている?何を?疑問だらけの翔太郎に対し、少女は慌ててなんでもない、と笑いながら言った。
「あ、それよりもお前、名前は?」
「フィリ、そう呼んでくれればいいよ」
「フィリ、か。俺は橋本翔太郎、翔太郎って呼んでくれ」
少女、もとい、フィリはゆっくりの翔太郎の名を呟きにっこりと笑いながらよろしくね?と言う彼女に釣られるように笑いながらよろしく、と呟いた。
ふと、翔太郎はフィリを見る度に少しずつピースがはまっていくような気がして、思い切って聞いてみることにした。
「なぁ、フィリ」
「ん?どうしたの、翔太郎」
「この地にまつわる水棲馬伝説について何か知っているか?」
「……知ってる、けど私が知っているのは伝説の元になった話だけだから……」
「話してくれないか?その話」
翔太郎がそう言うと彼女は急に立ち上がり首を横に振った。慌てて立ち上がり、何故?と問うとフィリは目を微かに潤ませ悲しげな表情をした。
「知らないなら、知るべきじゃない。貴方が今、幸せに過ごしているなら知らない方がいい」
「フィリ?」
「何か思い出しても、絶対ここには来ないで」
そう言ってフィリはどこかへ走り去った。
ポツンと取り残された翔太郎はその言葉の意味がわからずその背中を見ていることしかできなかった。