8 魔法使いと万能薬3
魔法使いの里編、完結です。
魔法使いの里らしき場所に着いた俺は入口辺りで待っていたジルマと合流した。どうやらジルマの方も順調に集まっていたようだ、もう既に全て集まっているらいし。里の中に入り、出発前に材料が集まったらすぐにでも調合を開始すると言っていたのでその言葉通りにジルマは自分の家に入ってでかい壺のようなものに材料を入れていく。
「不死鳥の羽って本当にそれか? 羽の色黒いんだけどカラスの羽じゃないよな」
「間違えるなんてヘマしないわ、不死鳥っていうのは死に近い鳥、死は黒をイメージさせるからこんな色らしいわ」
どうやら本当にカラスの羽じゃないらしい。もっと鮮やかなものだと勝手に思ってた。
「ちなみに調合ってどれくらいで終わるんだ?」
「だいたい十時間よ、完成するまで休まずに混ぜ続けるの」
「長っ!? 大丈夫か?」
「大丈夫よ、それに絶対失敗なんて出来ないの。大丈夫だと思ってなきゃやってられないわ」
「まあ気負いすぎるな、リラックスして取り組もう」
今の時間を確認するために携帯を操作しようとするが直前でここが魔界だということを思い出した。そう、ここは魔界、地上とは違う筈なんだ……が普通に携帯使えた。聞いてみればゲートが開いているから電波もこっちに届くらしい、マジかゲートすごいなと感心する。今の時刻は午前十一時半、十時間ということは午後の九時半か。長いな、とんでもなく長い。とりあえず電波が届くならメールも出来るので帰りが少なくとも九時半を過ぎることを胡桃に伝えておいた。
「……よし、後はペースを一定に保ち混ぜ続けるだけ」
「おおそうなのか? どれ、気持ち悪い色と見た目だな……」
「材料的にしょうがないわよ、悪いんだけど一人の方が集中出来るの。外に出てくれると嬉しいわ」
「邪魔者扱いか、まあそっちの方が集中出来るって言うならそうする。緊張とかそういったものに押しつぶされるなよ? それが失敗の元になる」
「分かってる」
出ていけと言われたら出ていくしかない。しかし後九時間以上どうすればいいんだ、里を見て回るか。そう思い里を探検してみたが人っ子一人いない、皆おそらく家の中か。病気っていうのは確か酷い場合は意識がなくなるって言ってた、もしかしたらもうこの里の人間は意識すら保てないのかもしれない。ここも活気ある場所だったんだろう、学校のような施設、商店街というには規模が小さいが店の列。出来れば活気がある時に来てみたかったもんだ。
「おい……お前…………誰だ?」
「な、あんた大丈夫か!?」
おいおいこの男! 足もフラフラ、目の焦点は合ってないし手は小刻みに震えていやがる! こんな状態で歩き回るとか正気じゃないぞ、もしこれで死んだら薬の意味もなくなる!
「すま、ないな……誰だか、知らないが」
「喋るな! それだけで体力持ってかれるぞ! 家どっちだ、指で示せ」
男は震える手で自分の家を指で示した。俺は男を家まで運びベッドに寝かせた、震えも収まってきて症状が一時的に楽になったようだ。それが分かったからか男はタイミングを見計らってお礼を言ってきた。
「ありがとう、それでお前は……?」
「俺は進藤歩。ジルマって分かるか? あいつの手伝いをしてる、今里の人間を治す薬を作ってる最中だ」
「進藤? 変わった名前だ、しかしそうか。ジルマは万能薬を作ろうとしてるのか」
「ああ、あいつのお陰で皆助かるんだ。良かったじゃないか」
「ハハ、皆じゃない。もう既に死んだやつだっている、皆じゃ、ない」
「……悪い、そんなこと言いたかったわけじゃないんだが」
そうだ、俺達が薬を作ってももう死んだ人間は生き返らない。全員助かってハッピーエンドってわけにはいかないんだ。それならもうこれ以上薬の完成前に死なせないようにしないとな、まずは目の前の人間を守るんだ。
「しかしジルマ……あの子はまだ知らないだろう」
「あ? 何がだ?」
「ジルマの両親は死んだ、つい数時間前の話だ」
「は?」
な、何だと? こいつは何て言った? ジルマの両親が……死んだ?
「症状が酷かったんだ。症状が酷い人間はまとめて村長の家の中にいる、その中にジルマの両親がいてつい数時間前亡くなった。いやジルマの両親だけじゃない、その他にも多くが死んでる。時間が経ちすぎたんだ……俺くらい症状が軽ければ良かったんだがそんなの里全体で十数人ってところだ」
もしかしてジルマがあんなに急いでいたのは両親がもう危険だから? こんなことってあるのかよ、これじゃ報われないじゃないか! 自分が救いたい人が救えないなんておかしいだろ……このことは言えない。今はただでさえ集中しなきゃいけない時だ。言ったら間違いなく動揺して失敗、この男も含めて里の人間全滅だ。
「なあオッサンまだ話せるか?」
「誰がオッサンか、話せるとも。今はね」
「なら聞きたいんだが、この病気って何が原因とか分からないのか? 病気が流行る前に何か変わったことがあったとか思い当たらないか?」
「いや、原因は分からない。でも変わったことといえばそうだ……怪しい男がいた。黒いローブで顔を見た者はいないだろうが里を回って少し観光していったら立ち去った」
「黒いローブの男か」
原因は何かある。風邪とかインフルエンザとかとはわけが違う。そしてこんな状況だ、疑うのは良くないが疑うしかない現状だ。まさかとは思うが今回の病気は人の手によって生み出されたものなんじゃないだろうか。
里の男から情報を聞き出してからもう九時間は過ぎた。その間、この里の周囲を調べてみたが何も怪しい物はなかった。町や村なんかもなかったため情報は何も得られなかった。
そして遂にその時が来た。
「出来たあああああ!」
遠くで声がした。疲れただろうにそんな大声良く出せるな。俺は急いでその声の主の元に向かう。
「おい! 終わったんだな!」
「何とかね、無事に終わったわ! 後はこれを飲ませるだけ!」
「こ、これをか」
壺の中身はなんとも言えない赤黒い液体だった。こ、こんなものを飲むのか。良薬は口に苦しって言うけどこれは苦いとかそんなレベルじゃないな。
「液体ならすぐにでも飲ませられるか……手分けして里の人間に飲ませるぞ」
「そうだね、私はまず村長の家に行く。そこには重症な人が集まってるんだ、今すぐ行かないと」
「…………そうだな、他の人間は俺が飲ませとくよ」
「何言ってるの? そこの人間に飲ませたらすぐに他の場所に行くわよ」
行けたらいいな、たぶんお前は動けないよ。その村長の家に行ったとして一歩も動けなくなるだろう。現実は何て非情なんだろうか、こんな運命になるなんて誰が予想出来た?
オッサンを始め、里の家を回りどんどん薬を飲ませていった。住人は既に死んでいた者を含めなければ全員助かった。村長以外の家は全て俺が薬を飲ませにいった、結局ジルマは村長の家から出てこなかったので俺は家に入っていった。そこには目を覚まさない大人の遺体と泣き崩れるジルマの姿があった。
「見ていられないな……」
「……そうですな」
うおっ!? ビックリした! いつの間にか傍に爺さんが立ってた、多分この人が村長だろう。体調は悪そうだがしっかりと立っている、問題なさそうだ。
「あの子は自分の両親を助けるために頑張った、なのにこうも報われないとは」
「薬は里中の生きてる人間を助けた、それだけでも胸を張れるのに本人の願いってやつが叶わないんじゃな」
「儂は村長失格じゃ、あんな小さな子の望み一つ叶えてやれなかった」
「別に村長さんのせいってわけじゃ……」
「いや、儂のせいじゃよ。不甲斐ないばかりじゃ、ときにお主あの子のことを手伝ってくれたようじゃの」
「ええ、でも間に合わなかった。肝心な人を助けられなかった」
「それは仕方がないことじゃ、それよりあの子のことを…………引き取ってくれぬか?」
「……悲しみを深くしないため、ここにいると嫌でも思い出してしまうから。だから遠い場所に避難させようってことですか?」
「そうじゃ、それに今里は危機状態を脱したばかり。里全体が暗い雰囲気に包まれておる。これは別に強制ではない、嫌ならいいんじゃが」
「いえ、分かりました。引き取りますよ、しばらくは」
ジルマがここに来たいって思うまで、俺は面倒を見る。放っとけないからなあんな後ろ姿見せられたら。俺は泣いているジルマを持ち上げて背負った。意外と抵抗はされなかった、ジルマは頭は良い方だ、だから心の整理が必要ってだけだ。何も言わないジルマを背負い俺はゲートで地上に戻って何とか自分の家にまで辿り着いた。
「おかえり……何かあったの?」
「ただいま、まあ色々とな。疲れてるんだ、ゆっくり休ませてやろう」
「ご飯は」
「食べる……ジルマ、どうする?」
「………………食べる」
「そうかよ、じゃあ食べて今日は寝ろ」
そう言うとジルマは少し頷いて食べた後すぐ寝た。こうして我が家にまた居候が増えたのだった。この先一番不安なのは生活費だな、割りとマジで。