番外編 進藤と願い
番外編です。
伊能市内のとある家、進藤という表札がかけてあるごく普通の家にはとある夫婦が住んでいた。夫である進藤駆、その妻である進藤瑠奈。駆と瑠奈はいつまで経っても子供に恵まれないのが悩みだった、病院で診察を受けたところ今後何をしても子供が出来ることはないとはっきり医師に断言されてしまった。瑠奈は落ち込み、駆はどうすればいいのか、どんな言葉をかければいいのか分からなく趣味に没頭した。
一年が過ぎた頃、瑠奈の精神状態も回復してきたこともあって気分転換に二人は旅行に行くことにした。
「あら、見て駆さん! 何か落ちてるわよ」
「ああ本当だ何だろうこれ、コップかな?」
砂漠が有名な国にて二人が偶々見つけたのは一つの容器だった。青いグラデーションが綺麗な波のような模様を作り出している幻想的な物だった。二人は広い砂漠内で見つけたことに運命を感じ、その綺麗な容器を持って帰ることにした。
駆の趣味が骨董品集めであるため進藤家には少し大きめの倉庫が存在する。だが二人はそこに保管するのも勿体ないということでその容器をコップとして使うことにした。
それから数日経ったある日、異変が起こる。
駆が仕事から帰宅した時、瑠奈の部屋から赤ん坊の泣き声が聞こえ何事かとノックをすることも忘れて入ると、そこには呆然自失となっている妻の姿とまだ生まれて一年も経っていないような赤ん坊がいた。
「か、けるさん」
「瑠奈! まさか! 何ということだ……人の家から盗る程赤ちゃんが欲しかったなんて」
「違うわよ!?」
「ならどういうことなんだい? 君は産むことは出来ない筈」
「分からない! ……私にも分からないの」
とりあえず二人は赤ん坊に優しく服を着せ、駆は瑠奈から事情を聞いていた。
「つまり……あの青いコップがいきなり赤ん坊になった、そう言うのかい?」
あまりにも信じ難い話に駆は何も言えなかった。普通ならば精神状態の安定していなかった彼女の頭がおかしくなったと言える、だがこういう不思議な現象を起こせる力は身近に存在している。異能、人には不思議な力が宿り今では世界中のほとんどの人間が異能力者と呼ばれる。しかし瑠奈はもちろん、駆の異能ではこんなことは有り得ない。
「常識では考えられないことだ……でも僕は君を信じるさ」
瑠奈は信じてくれたことに感謝の言葉を述べ、駆と事態を整理していく。そして思い出していくと青い容器に向かってだが赤ん坊が欲しいと呟いたことに気が付いた。
「まさか願いが……」
「こういう骨董品には何か不思議な力が宿っていることが多いそうだ、僕が集めているのもそういったものが目当てだった……でももしそれが原因だとしたらこの子の母親は君ということになるんじゃないかな?」
「私が? でもこの子は元々人間じゃ……」
「でも今は人間、だろ? 僕にはこの子が生きてないなんて思えないよ」
「それも、そうよね……だってこんなに可愛いんですもの」
瑠奈はまだ名もない赤ん坊のことを優しく見守りそう呟いた。
「神様、どうかこの子を異能という存在に左右されない、強い子にしてください」
瑠奈は赤ん坊を抱きしめてそう強く心から願った。
それから七年の年月が過ぎた。
進藤歩と名付けられたあの時の赤ん坊はすくすくと育ち、元気に生活していた。小学校に入ってすぐは異能がないとされたせいで少し苛められたりはしたものの、そんなことは気にもせず堂々としていた。
「おいお前! 随分と生意気じゃねえか、無能の癖によお」
ある日、根野という男子生徒が歩に対してそう突っかかって来た。根野は別に苛めに加担していたわけではないが、歩の何も気にしていない風な態度が気に入らなかった。根野の中で無能力者とはオドオドとしており自分一人では何も出来ないクズ、そう決まっていたがそれに当てはまらない歩に何かを感じていた。
強い身体強化の異能を持つ根野は割と学年内では有名で教室中がざわつき、歩を先程まで苛めていた生徒も萎縮してしまう。
「何で俺が生意気ってことになるわけ?」
「決まってんだろ! お前が無能の癖に強く生きてるからだよ!」
「それの何が生意気なのさ」
「うるせえ! とにかくお前なんか気に入らねえんだよ!」
理不尽、あまりにも理由が酷い。根野は痺れを切らし殴りかかって来た。誰もが歩のことを死んだと思い、これから起こるであろう惨劇を予想し悲鳴を上げる。もしも身体強化の異能力者が何の力も持たない人間の顔を殴れば、骨は砕け一撃で死亡することは常識だった――がそうはならなかった。
「はあ?」
「はぁ……」
両者同じ言葉を零すが意味は全く違うものだった。根野は今、手加減したとはいえ自分の拳を受け止める目の前の存在に驚愕していた。対する歩は呆れていた、異能に左右されている自分と同い年の少年を見てこの世界に呆れていた。
「一発は一発」
「グバアッ!?」
根野は歩のパンチで廊下の壁まで吹き飛びぶつかった衝撃で壁に亀裂が入る。それを見た生徒達の反応は様々だった、恐怖する者、高揚する者、無関心な者、だが確かなのは全員が歩に対して敵わないと思ったことだ。圧倒的な力を見せつけた歩を今後苛めるような輩は現れないだろう。
そう、苛める者は現れない。
「おい!」
「なんだよ」
「俺ともう一回勝負しろ」
「なんで?」
「あんな不意打ちで勝った気になってんじゃねえぞ、俺はこの学校の誰よりも強いんだお前なんか目じゃねえぜ」
根野はあれから毎日のように歩の前に現れ続け勝負を仕掛け続けた。当然全て根野が負けたがそれでも諦めなかった。歩の毎日に多少の変化が起きたのだった。
「ただいま」
歩が帰宅しても反応する声はない。進藤夫妻は旅行に行くのが趣味となり外出が多くなったせいだ。旅行から帰ってくると毎回お土産を持ってきては歩に見せびらかし、それから数日後また旅行に行くという繰り返しだった。
歩は寂しかった。土産の骨董品はどれも意味が分からないものばかりで、いつか役に立つと言われても何に使うのか分からず結局倉庫に保管していた。土産などいらないから早く帰ってきてくれとそう思うのに時間はかからなかった。
「手紙……」
歩はリビングのテーブル上に手紙が置いてあるのに気が付いた。
「また、か」
旅行に行く、大雑把に訳せばそんな内容だった。理由はいつも骨董品探しであり、両親が何故あんなにも骨董品に固執するのか考えても分からなかった。
駆と瑠奈の二人、というより瑠奈の方は歩を生み出した不思議なコップをまた探しに行きたいと駆に口癖のように言っていた。駆はその勢いに押されて旅行に付き合っている、しかし毎度希少な骨董品を見つけたりするので本人も楽しいと思っているが。
二人がこんなに頑張って探している理由はちゃんとある。ある日、歩が「兄弟がいたらどんなだっただろう」そう呟いたことがあった。
瑠奈は子供に執着しており、産めない体だということにショックを受けていたが作ることは出来ると知ってしまった。不思議な骨董品の力で兄弟を作ってあげよう、そんないらない善意が暴走して今に至る。
「早く帰ってこないかな……そうだよ、飛行機が飛ばなくなれば旅行には行けないはずだ。神様、どうか今日だけでもいい。父さんと母さんが乗る飛行機を飛ばさないでくれ……!」
人間がそう願っても叶う筈がない、だが歩の中にあるナニカは願いを叶える力を持っていた。そしてソレはまだ小さな少年の願いを叶えた。
その時、既に飛んでいた飛行機は原因不明のトラブルで墜落し生存者はゼロ名の大事故を起こした。
歩が本当に叶えてほしかったことはもう叶わなくなってしまった。
それから歩は孤独に苦しみを覚えるが、後に同じ苦しみを持つ少女と出会い共に暮らすことになる。




