5 剣術少女と拳闘少年
朝食を取りながらテレビを見る、おそらくほとんどの人がそうしているだろう。
『藤林さん! 今年の剣術世界大会への意気込みは!』
『そうですな、やはり今度こそ優勝したいです。しかし強豪ばかりなので苦戦はするでしょうがな』
『今年の大会にはお孫さんも出られるとのことですが! それについて一言!』
『アレは世界の広さを知らんヒヨッコです、これを機に無能力者であることを自覚してほしいものです。無能では勝てませんから――』
ピッ! とテレビを消した。今朝はもうテレビを見る気が起きないな、テレビに出るぐらいの有名人が無能力者を差別する。そんなこと言うからもっと差別が広がるんだ、ましてや自分の孫を無能と言い張るなんて気分が悪くなる。
「あれ? テレビ消したんだ?」
「ああ、ちょっと見たくないやつが出ててな」
剣術世界大会。それは世界各地の剣豪が戦い誰が一番かというものを決める大会だ。テレビに出ていた藤林という爺さんは日本で有数の実力者、いつも十位代の良い感じの場所にいる。最もそれは十位以内には入れないという世界の壁を示しているわけだが。
剣術には興味ないしどうでもよかったが、部活中にとある事実を知り驚いた。
「え!? お前あの藤林とかいうジジイの孫なの!?」
「そうよ? 言ってなかったっけ」
「聞いてねえよ! サイン貰ってきてくれない? 高く売れそうだし」
「あげないわよ、売る気を隠そうともしないやつにはね」
テレビに出ていたあの藤林は部活の仲間の藤林の爺さんだった。有名人の孫ってそうそうお目にかかれないぞ。でもあれだな、無能力者とバカにされていた孫はこいつのことだったのか。
「それにアタシとまともに話すらしないわよ、あのジジイはね」
「……やっぱり仲悪いのか」
「当然でしょ、テレビで散々言ってるじゃない」
「そうだよな……」
藤林道場、そこにはたくさんの門下生がいるらしいが孫であるはずの藤林はそこで練習することすら許されないらしい。無能が何を頑張っても無駄、どうせ勝てるわけがないなどと言い道場には立ち入り禁止。あまりにも酷い環境に絶句するしかなかった。そんな話を聞かされたので空気が重くなり沈黙が訪れる。
「頼もう!」
「うわっ! 何だ!?」
その沈黙はすぐに破られた、廊下からの声によって。
「ここに藤林未来殿はいらっしゃるでござろうか」
「いますけど、えっと……未来ちゃん知り合い?」
「えぇ、不本意ながら」
「おお未来殿! お久しぶりでござる!」
何だこいつ……見た目は服がボロボロでいかつい顔して不良みたいなのに妙に礼儀正しいし剣も何も持ってないのに侍みたいなやつだ。違和感しかないので言葉を藤林と取り換えてほしい……想像してみて少し気持ち悪くなった。
「紹介しますけど――」
「いや、未来殿のお気遣いは感謝するが拙者自己紹介程度出来るでござるよ。拙者の名は七松童太郎! この学校の一年でござる、よろしくお願いするでござる」
「おう、どうでもいいけどキャラ濃いなお前……」
「きゃらこい? すまぬ、拙者ちと難しい言葉は分からぬでござるよ」
「ほんと濃いよ……」
どうやってこの学校に入学したんだ? そんな世紀末みたいな風貌して……一子相伝の暗殺拳でも受け継いでるのか? それよりここに来たってことはもしかして依頼人か? こんなやつからされる依頼とか想像もつかないな。
「えっと七松君は依頼ですか? それとも未来ちゃんに会いに来ただけかな?」
「うむ、そのどちらもでござる先輩殿」
「依頼? アンタ何か困ってるわけ?」
「全部腕力で解決しそうな見た目なのに……」
「これは依頼でござる、どうか未来殿と戦わせてほしい」
「え?」
「おい七松、戦うってまさか喧嘩か?」
「喧嘩などではないでござるよ、拙者はただ今の自分の腕前を披露して未来殿の実力を確認できればいいのでござる」
「いいわ、受けて立つ。場所は校庭でいいかしら」
「受けて頂いて恐悦至極、では外で待っているでござる」
そう言うと七松は部室を出て行った。え? 今から? 喧嘩ではない、二人は付き合いが長いようで会えば実力を確かめ合ってるらしい。
「会えばって七松もここの生徒だろ? いつでも会えるじゃないか」
「童太郎は学校にはほぼ来てないわ」
「え?」
「アイツは普段山籠もりして修行してるの、だから学校には滅多に来ないの」
「何のために入学したんだあいつ」
道理で見たことないわけだ。あんな目立つやついたら嫌でも噂になるはずなのに全く知らなかったからな。
「二人でいつも勝負してるってことは七松も無能力者か?」
「いえ? アイツはちゃんとした異能力者よ」
「それって未来ちゃん危ないんじゃないの?」
「そうでもないです、アタシは戦って怪我を負ったことはありません」
「手加減されてるってこと?」
「それは見れば分かると思います」
まあ二人が了承してるからいいんだろう、それに七松の能力が戦闘向きじゃない可能性だってある。校庭に全員で出ればド真ん中に仁王立ちしている七松を発見した。おい、まるで覇王だぞあいつ。
「待たせたわね」
「待ってないでござる、では尋常に」
「勝負ってわけね」
そういえば七松は武器を持っていない、それに対して藤林は刀を持っている。普通に考えたら危なくて見ていられないが……何!? 真剣に勢いよく当たったのに斬られていない! 薄皮一枚、いやささくれほどにしか傷はない。俺と同じ身体強化か? 確かに俺も真剣程度当てられても逆に折ることすら可能だろうけど……何だ? 藤林の動きがブレる? あまりにも滑らかな動きで腕の動きがブレて残像を残している?
「流石に腕を上げたでござるな、また一段と剣速が上がりキレが増しているでござる」
「それはどうも、準備運動も終わったしそろそろ本気で行くわよ」
「望むところでござる」
まず藤林が攻め込む。自由で多彩な動きだ。本来なら有り得ないようなことも平気でしてるな、刀を軽く投げて持ちかえることでフェイント、突きを躱されたら一歩踏み込んで薙ぎ払い。相手の強大な力を刀で受けて、受けた瞬間から刀の位置を移動させて受け流す。まるで流水の如き動きだと思わされた。
「そこでござる!」
「あ! 未来ちゃんの刀が!」
「真剣白刃取り……」
真剣白刃取り、勝負あったかと思われた。だがそれでも藤林は止まらない。刀を取られる瞬間にはもう刀を手放しており背後に瞬時に回って首に手をかけた。それに驚いた七松は刀を放して背後の相手の手を掴もうとするが、それを躱して放された刀を藤林はまた手に持ちそれを七松の首に突きつけた。
「今度こそ勝負あったな」
「す、すご」
「拙者の……負けでござるか、これほどまでに完敗したことは今までなかったと思うのでござるが」
「そうね、いい手合わせだったわ」
「まさか白刃取りに動揺すらしないとは、見事でござった。拙者はまた旅に出るでござる、次会う時は拙者が勝つでござるよ」
七松はそう言って学校を出て行った。そして一旦部室に戻るとさっきの試合が凄かったとか大騒ぎだ、確かに動きは凄いと俺も思った。無能力者でもここまで努力することで強くなれるのかと感心した。
「そういえば七松の能力って何なんだ? 身体強化か?」
「童太郎? 確かアイツの能力は帰巣本能。どこからでも帰り道を教えてくれる能力だったわね、アタシもそれに助けられたことがあったわ」
じゃあ真剣とまともに打ち合えてたのって素? どんだけ皮膚硬いんだ? もう強度が鉄以上ってことじゃないか。あの世紀末みたいな肉体も自力で鍛えたってわけか、能力に頼らずあそこまで強くなれる。今朝のテレビのジジイは分かってないんだ、能力なんて無くたって強くなれる。その気になれば天狗になってるジジイだって追い越せるかもしれない。
異能力者は異能が無くなればただの人、つまり鍛えていれば無能力者でも異能力者に勝てる。その事実を今日は改めて実感した。
七松「む? ここは何処でござろうか? フム、帰り道はあっちでござるな!」
意外と便利な能力だった。