50 休暇と襲撃
夏休み後半、失った時間はもう取り戻せない。胡桃に重大な危機が迫っていた。
「宿題が……終わってない」
宿題を後回しにする人は多い、面倒な物から目を背ける者が多いからだ。
その嘆きを聞いていた進藤は呆れたように胡桃を見る。
「お前今まで何してたんだよ」
「え? 未来とショッピングでしょ、部長とショッピングでしょ、ジルマちゃんとショッピング……ぐらいかな」
「お前買い物しかしてないな! そんなに買うものある!?」
「買い物は何も買わないといけないわけじゃないよ、商品を見て次の機会に買うと決めるのだって立派な買い物だよ」
何も買ってないのだから買い物ではないんじゃ――というツッコミは口に出さない。人の価値観はそれぞれでありそこにいちいち突っかかっていればキリがないと進藤は理解しているのだ。
「だいたい歩だって宿題終わってないんじゃないの? なんか敵と戦ってたりしてやる時間とかないよね」
「俺はもう終わってるよ」
「嘘!? やってるところ見たことないよ!?」
「そりゃお前は買い物ばっか行ってるからな、夜の空いた時間にやれば終わるんだよあんなもん」
胡桃は進藤を信じられないような表情で見て立ち上がると、少し顎に手をやって考えると悩みがなくなったようにスッキリとした表情で話し出した。
「なるほどね、つまり夜にやれば問題ない。よし! じゃあ私は部長とかと買い物に行くから!」
胡桃は軽快にスキップをして家を出て行った。
その後ろ姿を見届けた進藤はテレビのチャンネルを変えながら呟く。
「あいつたぶん宿題終わらないな」
『次々と行方不明者が出ていた謎の事件は現在進行が止まっています、しかし――』
(これってあの自称神がやってたことだよな、意外に大事だったんだな)
『次のニュースです。近頃突然襲われる人々が多く、その襲われた後には異能が発動出来なくなると報告がされています。犯人は不明であり警察もなかなか手がかりを掴めないようです、外出は出来るだけ控えてください』
「おいおい……外出しまくってるけど大丈夫か? アイツ……」
ショッピングモール二階『FUKUYAの服屋』。胡桃、成瀬、雷牙は服を買いに来ていた。
「じゃあ私あっち見てきますね!」
「なんで俺まで……」
「なんかゴメンね雷牙君、忙しかった?」
「いや別に大丈夫だけどさ、部長さんはいいのか? 服見なくて」
「私はここよく来るから」
胡桃は服を見に行ってからしばらくしても戻ってこなかった。待っているだけでも暇な二人は何かないかと話題を探す。
「そ、そういえば! 最近会長はどう? やっぱりまだ落ち込んでる?」
「いや、兄貴は最近立ち直ってきたよ。何かきっかけがあったんだろうけど」
「そう、それなら良かったわ」
しかし会話も長く続かず、また沈黙が訪れる。その状況をどうにかしようと今度は雷牙の方から話し出した。
「いきなりだけどさ……進藤って凄いよな」
「うん? そうね、進藤君がいなければ出来なかったことも多い……何だか進藤君が来てから色々起こってるけど」
「アイツがいなきゃ兄貴は元に戻れなかったどころかこの世界さえ危なかった、感謝してるし尊敬もしてる。でもだからこそ思うんだ、俺は弱いって」
「そんなこと、ないと思うけど」
雷牙は弱くはない。一般的な視点ならば十分強者の位置に分類される、だが昔から身近の人物が強すぎるせいか自身がなくなり卑屈になった。何でも兄と比べられた、その全てで雷牙は負けた。
「俺は何一つ兄貴に勝てなかった、今でもたぶん――」
「あるよ、勝ってるとこ」
「え?」
「友達の数。私達は解決部として色んな人に関わって知り合った、それで仲良くなった人もいた」
「友達の、数……か。はは、何だ、そんなことだったのか」
言葉が途切れ途切れになっていく雷牙を見て成瀬は適当なことを言ったかなと不安に思った。
「あれ!? ゴメンこんなことじゃ――」
「いやいいんだ、そうだよそんなことで良かったんだ……俺は勝ちを諦めて努力もしなかったんだな」
(なんか普通の会話がしたかっただけなのに変な方向にいったなあ)
二人はそれからなんて事のないごく普通の日常会話をして時間を潰していた。
「なんか胡桃遅くない?」
「……そうだな、最近は物騒だから気になるな……手分けしてさが――」
「二人とも遅くなってゴメン!」
「遅いよ胡桃、心配したじゃない」
「あはは、服選び時間かかっちゃって」
「全く心配かけさせて、これじゃ進藤も大変――っ!?」
「え!?」
「きゃっ、何!?」
二人の悲鳴の原因は雷牙が突然二人を脇に抱えて後ろに跳躍したからだった。
雷牙には見えていた。胡桃の後ろから鋭い針が鞭のように伸びてくる光景が。避けた後、二人を下ろしてその攻撃を仕掛けた人物を睨む。
そこにいたのは無表情で白衣を着た小学生ぐらい背の小さい女の子だった。
「誰だお前」
「異能反応を感知、任務を遂行します」
「チッ、二人共! ここから逃げてくれ!」
「雷牙君は!?」
「俺は大丈夫だ! とにかく急いで避難を!」
「……行きましょう胡桃」
「うん、後で助けを呼ばないと」
成瀬と胡桃はすぐにその場から離れる。それを確認して雷牙は改めて敵と向き合う。
「さてと、話は出来ないのか? 何でこんなことを――」
「五指針」
「無理なのか」
雷牙はその少女の手から伸びた針のように鋭く尖った指を躱すがどんなに避けてもそれは変形し、伸びて追ってくる。雷牙はその指から逃げていてもしょうがないと悟り白衣の少女の背後に雷の速度で移動して背中を蹴りつける。白衣の少女はそれを認識すら出来ずにその軽そうな体は吹き飛んでいく。
「さて、これで終わりかな」
吹き飛んだ少女を見つけてみればピクリとも動かないので決着したと思い油断した時――突如床から尖った数本の指が体を貫こうと出てきた。それに驚きつつも回避した雷牙だったが咄嗟の事で全て回避しきれず腕にかすり傷を負ってしまう。
「逆転の一手だったんだろうけど残念だったな、俺の反応速度は電気が走る速さと同等だ。もうおとなしくしろ」
攻撃を避けた後、電撃を放ち少女は完全に動かなくなった。
「異能反応を感知、任務を遂行します」
「異能反応を感知、任務を遂行します」
「え?」
雷牙が声が聞こえた方向に振り返るとそこには今さっき倒したはずの白衣の少女が二人存在していた。思わず倒れていた少女を見るがそこに倒れたままであった、そのことから雷牙は混乱する。
(え? どうなってんのこれ?)
「紙吹雪」
「大地の牙」
二人の少女は先ほどの少女とは全く違う異能を使い攻撃を開始する。手のひらから小さい紙きれがブワッと広がり雷牙の視界を埋め尽くす、視界が封じている邪魔な紙を電気のエネルギーで焼いてみるが紙は無限に作り出されておりキリがなかった。その隙に床から尖った大岩が飛び出して雷牙の足を抉る。
「ぐうっ!? 厄介な組み合わせだ……こうなれば強引に!」
雷牙の体には電気が迸り一気に少女の前に距離を詰める。
「とにかく邪魔な紙の能力から倒す! 電撃掌」
「うぐっ!?」
電気を纏った掌底をまともに食らい、少女は気絶する。
「あとは一人――」
だが雷牙は振り返った時、悪夢のような光景を見る。
「異能反応を感知、任務を遂行します」
「異能反応を感知、任務を遂行します」
「異能反応を感知、任務を遂行します」
「異能反応を感知、任務を遂行します」
(嘘だろおい……これ……ヤバいかも)
新たに加わった少女達は一斉に攻撃を開始した。




