3 不死者と美少女2
あの惨劇から翌日、部室に来てみれば素振りをしていない藤林がいた。どうやら昨日のあれが効いたのか素振りは止めることにしたらしい。昨日と言えば紫藤だがあいつはいったい何でここに来たのだろうか、まあ帰ったってことは何でもなかったのかもしれない。そう思っていると廊下から誰かが走ってくる音が聞こえてくる。何だ? 扉がゆっくりと手で開けられる。扉をゆっくり開けているのは紫藤のようだ。
「何でそんなにゆっくり中を伺いながら入って来るんだよ」
「いやだって昨日のことを考えたらね」
「わ、悪いと思ってるわよ」
「で? 今日は何の用だ? 掃除なら今日はしないぞ」
「誰が掃除しに来たなんて言ったんだ! 依頼だよ依頼! 君達って悩みとか解決してくれるんだろ!」
やっぱり依頼だったのか。もしかして不死者であることを気にして体質の解明とかか? もしそうだとしたら学生には荷が重い、どこかの研究所にでも行ってきてくれ。
「それで悩みって何なんですか?」
「……この子、秋川静香。僕は彼女に恋をしてしまった、どうかラブレターの内容を確認してほしい」
そう言って女子生徒の写真を出しながら言う紫藤。全然違った。よくある学生の悩みだこれ。
「でも今時ラブレターか? 今は無料の通話アプリとかで告白するのが主流なんじゃなかったっけ?」
「手紙の方が気持ちが伝わるかと思ってね」
「ああ確かに新鮮かも!」
「それでそのラブレターの内容だっけ? 見ていいのか?」
「もちろん! 恥ずかしいことなど書いてないからね!」
胡桃が新鮮だと言ってるから少しは女子の評価もいいようだ。内容さえ良ければ気が引けて意外とくっついてしまうかもしれない。紫藤から受け取った手紙を開いて全員で読んでみる。
『突然ですが好きです! 僕と付き合って下さい!』
「舐めてんのか?」
「ああ! 何も床に捨てることないじゃないか!」
「おい、これ差出人すら書いてないんだけど」
「内容が薄いどころじゃないよね」
「これで付き合う! って人はいないかもねえ」
「バカ丸出しの手紙ね」
「グハッ! ふうぅぅぅ」
一行で終わり、差出人不明、口で伝えた方がいい内容全体を見て酷すぎる。これなら直接言った方が良いだろ。
「手紙なんて、ましてやラブレターなんて初めてなんだ。しょうがないだろ?」
「それでも内容がこれじゃダメなことくらい分かるだろ、あと差出人書けよ、誰からすら分からないじゃん」
「それは……恥ずかしくて」
ダメだこいつ、手紙とかじゃ絶対失敗する。それどころかこいつじゃ何やっても失敗しか見えない。
「それでこの秋川さん? とはどんな間柄なの? 友達?」
「いや話したことすらない、知り合いですらない」
「おい、じゃあまさか一目惚れか? どこを好きになったんだよ」
「同じクラスなんだけど、彼女は風紀委員だ。風紀を乱す生徒には容赦しない、そしてそれを制裁する彼女の表情は冷たくて実にいいものだった! 感じたね! これは運命! 僕は彼女と出会い、罵られるために生まれたのだと!」
そんな運命絶対嫌だな……そしてこの言動は、間違いなくあれだ。
「お前マゾか?」
「失礼ながらね、僕はそれを自覚してる。幼い頃から能力の実験のために肉体を傷つけてばかり、そんな僕は目覚めたんだ。Mの性に」
「うわっ、引くわぁ」
「その引きようは良いね、ゾクゾクしたよ」
「……もう一度斬ろうかな」
「やめとけ」
何てことだ、まさかマゾだったとは。今も藤林になんか興奮してるし、こいつヤバいやつだ。でも依頼は依頼、達成しなきゃいけないよな。そう思い成瀬達に少し電話をするから出ていくと言って廊下に出た。電話相手はもちろん情報通のあの女だ。
「もしもし、楠木か」
「やあ歩、今は忙しいんだけどな」
「悪い、でもそんなこと言ってすぐ出るよな」
「友達を待たせちゃ悪いからね、で何の用?」
「風紀委員の秋川静香って分かるか? そいつのタイプとか分かるか?」
「ほうほう、君は彼女みたいな子がタイプだったのか」
「いや違うって! ただ解決部絡みでちょっとな」
「成程ね、で秋川静香だっけ? もちろん知ってるしそのタイプだって知ってる。彼女は自分をリードしてくれる人が好みらしい、そして重要なのが彼女がMだということだ。つまり彼女のタイプはそれに加えてSの男性ということだ。期待に応えられたかな?」
「ああ、忙しいのに悪かったな」
「最後にもう一つ、彼女には既に彼氏がいる。じゃあまたね」
「えっ!? おいまっ! 切れた……」
整理してみよう。風紀委員の秋川静香のタイプは自分をリードしてくれてSの男、それに既に恋人がいる……詰んだ。諦めなければ何とかなるってレベルじゃない、最初から詰んでいたんだ。
「あ、おかえりなさい。どうしたの?」
「いや、何でもない」
どうすればいいんだ? 言うか? いやでも酷だよなあ、自分が告白しようとしている女にもう恋人がいるなんて。風紀委員的には恋人とか作るのいいんだろうか? 結局事実を打ち明けられずにその日は過ぎ、相手をよく知り、自分を知らせなきゃ恋愛なんて出来ないと成瀬の発言により情報を集めて話しかけて仲良くなる活動が開始された。
「あ、偶然だね? 秋川さん」
「同じクラスの……何ですか?」
「その書類運ぶの手伝おうか?」
「いえ、これは自分の仕事ですし結構です。お気遣い感謝します」
「あ……そう、分かったよ……」
「秋川さん掃除手伝うよ」
「いえ、一人で出来ますし結構です」
「あ……」
「あきか――」
「成程、それでその占い師ですか。分かりました風紀委員で調査してみます」
「ほんとっ!? ありがとう! 秋川さん!」
「…………」
ことごとくダメだった。仲は全く進展しない、悪化してる気すらする。
「まだやるのか?」
「当り前さ、理由はどうあれ僕は彼女を好きになった。だからそのために何かしらの進展を望むのは当然だろう?」
「紫藤……」
紫藤は紫藤なりに真剣なんだな、恋に理由など関係ない。だからこそ気まずいんだ、俺だけが真実を知っている。この恋は叶うことはない、片想いで終わってしまう。それは覆すことの出来ない事実なんだ。
放課後、もう帰りの時間だ。紫藤にやはり事実を話そうと思い二人で一緒に帰ろうとしていたその時だった。
「あ、秋川さんだ。帰りの挨拶くらいしてきたらどうだ?」
「そうだね、おーい! あき――」
「待ったかな? 静香」
「いえ、では帰りましょうか」
「――か、わさん……」
「紫藤……」
ああ、終わった。今のが恋人なんだろう、待ち合わせまでして少し笑いながら手を繋いで帰るくらいだ。俺は想定外のこの事態に戸惑い紫藤に何て声を掛ければいいのか分からなかった。だが意外にも話しかけてきたのは紫藤の方だった、いやこれは独白と言った方が正しいのかもしれない。
「……本当は、分かっていたんだ。秋川さんの目には僕じゃない誰かが映っていた、彼女にはもう恋をしている男がいるんだって観察している内に分かった。でも諦められないじゃないか、たとえ一目惚れでも一度好きになったら簡単には諦めきれないんだ。でも……あんな幸せそうな雰囲気の、彼女を見たら、諦めるしか……ないじゃないか……」
そう俯きながら言う紫藤の足元には水滴の痕がポツポツとできていた。
「帰ろうぜ、な?」
「……ああ」
その日は少し、帰るのが遅くなって胡桃に連絡くらいしろと怒られた。
それから、解決部への依頼は取り消しさせてくれと紫藤が頼みこんだ。成瀬はせっかくの依頼人なのにと残念そうにしていた。皆、何故取り消しになったのかは聞かなかった。雰囲気で察したのか、空気を読んだのかは分からない。
その後、俺は昼休みに紫藤と昼食を食べようかと思って廊下を歩いていると紫藤と秋川を見かけた。
「それ、手伝うよ」
「あ……そうですね、一人では二周しなければいけない量です。ありがとうございます紫藤君」
「いいよ、秋川さんこそいつも大変そうだからね」
二人は書類を半分ずつ持ち廊下を歩いて行った。決して叶わない恋だったかもしれない、でも仲が進展しないというわけではない。二人の距離は確実に一歩近づいたんだ、もう恋情ではなく友情として縮まったんだ。
俺はそんな二人を見届けながら来た道を引き返していった。