30 タイムセールとアルバイト
タイムセール、それは一種の戦争とも言える激しい奪い合いの場である。
そんな場所に一人、若き戦士が参戦しようとしていた。
「タイムセールっていうやつそんなに大変なら手伝おうか? 買い物なんでしょ?」
「お前そんな認識だと死ぬぞ」
「死ぬの!? 買い物よね!?」
「違う、あれは食糧戦争だ。過酷な奪い合いなんだ」
「でも手伝いたいわ、だって――」
「ん?」
「私は居候の身だもの、役に立って見せなきゃ立場が危ういわ!」
「……そんな理由で」
宣言した少女はジルマ。こことは違う世界、魔界にある魔法使いの里出身であり訳あって青年、進藤歩の家に居候している。
その宣言を聞いた進藤はその心意気を買いジルマにタイムセール中自身の補助を頼んだ。
これで地獄への切符を手に入れてしまったことにまだジルマは気付かないし思いもしなかった。
そしてタイムセール当日、というかタイムセール自体は進藤が行っているスーパーではほぼ毎日やっている。スーパー『タイムス』、ここに今進藤とジルマの二人がやってきていた。始まりまであと数分、しかしその場にいる人数は少なくとも三十人以上――それも全員が膨大な闘気と殺気を出しながら構えている。
「な、何この人達……この感じられるオーラはヒドラにも匹敵する……」
「飲まれるなよ? まだこれは序の口だ」
「これで!?」
時間は刻々と進んでいく、店員が持つ針が予定の時刻である六時半を刺したその瞬間! 開幕のベルがその場に鳴り響き集まっていた者達は一斉に動き始めた――ジルマを除いて。
「うおおおおらあああああ!」
「邪魔!」
「これは私のだ!」
「ふ、もう指先触れたから私の物よ!」
「ハハハ死ねえええ!」
「ちょっ!? グバッファ!?」
「オラオラオラオラ!」
「無駄無駄無駄無駄!」
「闇の炎に――!」
「え? ちょっ、ナニコレ」
「ジルマ! ボサッとするな!」
ちなみにここのタイムセールは一つの商品を安く販売しており今日の品は近年値段が高めのキャベツ、少しでも家庭を助けるため主婦達の目は獲物を狙う野獣のようだった。その場は殺気と闘気が入り混じりもはや精神が軟弱な者は動けなくなる程だった。
「クソッ! キャベツは絶対手に入れる!」
「待ちなクソガキが!」
「それは私のだよ!」
「……カオス……って私も手伝わないと! でもこの人混みにこのオーラ、普通に行けば弾き飛ばされるだろうしどうすれば……とりあえず、我が手に空間を超え移動せよ! アポート!」
ジルマが何かの呪文を唱えた時、ジルマの手にはキャベツが一玉抱えられていた。物体を転移させる魔法であるこのアポートという魔法は空間魔法の一種なので魔力消費がかなり激しい、しかし確実にキャベツを手に入れる為に使用を決めた。
「これで少しは喜んでくれるわよね……? 最初はどうなるかと思ったけど案外どうにか――何これ!? 殺気!?」
ジルマは突然感じた強大すぎるオーラに怯えながら集団からキャベツを二玉持って出てきた進藤に問いかける。
「まずい! 奴が来たか!」
「奴って誰なのよ、このオーラもはや化け物……こんなの感じたことないわよ!」
「このスーパーのみならず他の場所にもタイムセールの時間になればほぼ必ず現れる主婦……闘神!」
ジルマの目にそれは見え始めた。赤黒いオーラを纏って体躯は軽く三メートルを超える巨人女、いや女である筈なのだが胸は柔らかそうなものではなく正に鋼、鍛えた男のような胸部。全身の筋肉は発達し、溢れ出るオーラはかつて相対したヒドラとは比べ物にならない程強大、目が合っただけで体は金縛りのように動かなくなる――そんな常識では考えられない、人間。
「あ、ああ、ぁあぁあ?」
「ジルマ、まともに奴を見るな。俺でさえ初めて奴と目が合った時に感じたんだ、自分が圧倒的に格下で歯向かえば間違いなく殺される、そんなオーラをな」
ジルマは見てしまった、他の客すら熱烈な奪い合いを止めて視線を一点に向けている。
――笑った。微笑んだと思ったその瞬間その巨体は視界から消え失せる。
「え?」
「ジルマ伏せろ!」
「もう遅いぞ小僧」
ジルマの手から重みが消えた。あまりの恐怖に手首が消失したと勘違いする、しかし実際に見てみれば消えているのはキャベツだった。それは他の客も同じこと。
「私のキャベツが!」
「ないよ! 確かにこの手にあったのに!」
「マズイ、これはまだ序章だぞ」
「一瞬にして奪うなんて速すぎる――って序章?」
「奴はまだ動く! 伏せてろ!」
「え?」
ジルマはよく分からないままキャベツを死守していた進藤の指示に従いしゃがみ込む。
瞬間――闘神の姿は消え店内に嵐が吹き荒れた。
風が吹くという生易しいものではない、暴風が全てを吹き飛ばそうとする。
「きゃああああ!?」
「うわああああ!?」
「何なのこれ!?」
「驚いたか、これがタイムセール。これが戦場だ」
「絶対ちがあああああう!!」
ジルマは吹き飛ばされそうになるが進藤に腕を掴まれて何とかその場に留まった。進藤もキャベツとジルマを掴みながらグッと耐える。
少しして風は止んだ。
風が止まり辺りを見渡せばあの巨体はレジで会計を始めていた、二十以上のキャベツを持って。
「私のキャベツが……」
「私が取ってたのに」
「私の、私のおぉぉ」
「……やれやれね」
「はあぁ、結局奪われちゃったし私役に立てなかったのかな……」
「いや、初めてだったんだからこんなもんだろ。それに収穫はゼロじゃない」
進藤はジルマを励ますように手元のキャベツを見せる。そして主婦達の視線が刺さる。
「ん?」
「えっと、これ狙われてない?」
「キャベツ」
「……キャベツ」
「「「「「キャベツ……」」」」」
「逃げろおおお!」
「待てええええ!」
「レジだ! レジにさえ入れば奴らは手出し出来ない!」
「よし! 空間の神よ我が身を運べ! テレポート!」
ジルマのテレポートにより進藤達は一瞬でレジに移動できた。その姿を見て鬼の形相をしながら帰っていく主婦達。
「た、助かったああ」
「サンキュー、助かったぜジルマ」
そしていざ会計というところで進藤は店員の顔を見て驚くことになる。
「え!? し、紫藤!?」
「凄かったな進藤、全部見てたけどさ」
「な、何でお前? え? バイト?」
「そうそう、ちょっとお金が必要になっちゃって短期間だけど」
小声でジルマが知り合いか聞いて進藤も知り合いだと答える、しかし進藤が疑問に思うのは何故ここで働くのかということだった。
「何故ってそれは――」
「それは?」
「ここならタイムセールの時に傍に行ってもみくちゃにされるし、闘神に会えるしね。あのオーラを見るだけで僕は興奮じぢゃっでざあ――おっといけない鼻血が」
「…………」
「えっと、知り合い?」
「いや全く知らない人だ、すいません早くして下さい」
「ええ!?」
こうしてジルマのタイムセール初体験は終了した。
「また来るか?」
「え? あ、もう行かないわ」
闘神>進藤>悪魔
進藤「パワーバランスぶっ壊れてるだろ」
ちなみに以前もですが進藤は異能の無効化が自動で発動してるのに何でジルマのテレポートは効いているのか、これは後の話でやる予定ですが異能の定義が違うためです。進藤は自分でもよく分からない為に自身に当たる異能による攻撃などを無効化できると思っています。




