10 家出少女と出会い2
殺し屋、誰かから依頼を受けて他人を殺害する仕事だ。そんな連中から狙われる覚えなどまずない、それに俺だけじゃなく水瀬も狙われるってどういうことだ? 恨みを買うようなやつじゃないと思うんだけど。
「楠木、それ詳しく頼む」
「そういうと思ってまとめてきたから読んでね」
「悪いな、助かる」
楠木から受け取った紙を見て少し情報を得た。殺し屋の名前は三虫衆、三人組で名前は能力が虫に関連しているかららしい。好きなものはお菓子、嫌いなものは自分の能力関係以外の虫。今まで殺せなかったターゲットは一人もいない凄腕であり狙ってから三日以内に全員殺している。今回は依頼人不明、しかし俺を恨んでいる可能性あり。まとめられたものを見るとこんなところだろう……好きなものと嫌いなものとかいらないんだけど。
「どうかな? 役に立つ?」
「まあ何も知らないよりはな、特に今日から三日以内に来るってことが分かっただけでもでかい」
「いや、今日からじゃないよ。実際に依頼があったのは一日以上前、私は分からないから今日が三日目って可能性もあるよ」
「……でも心構えだけでも出来てればそれでいい」
殺し屋が狙っていることすら知らなかったら不意打ちで殺されてた可能性だってある。でももうそれはない、こっから少なくとも三日気を抜くことはないからだ。でも殺しという仕事をしている以上目立ちたくはないはず、昼間からは仕掛けてこないだろう。
* * * * * * * * *
時刻は午後六時、現在歩はタイムセールに行くために走っている。そしてその後ろ姿をとあるビルの屋上で観察していた男が二人。三虫衆のメンバーである糸巻啓人と霧崎剣真であった。
「リーダーの手を煩わせるまでもねえ、俺がやる」
「いやいや俺だろぉ、お前この前散々楽しんだだろぉ? ターゲットの全身を、切り刻んで指を一本ずつ切り飛ばしてよぉ、怒られてたよなぁ? 時間をかけるなってよぉ」
「チッ、あの時は女だったからな。今回は男だ、サクッと殺して終わりだよ」
「いーやダメだぁ、今度は俺の番なんだぁそうだろぉ?」
歩をどちらが殺すのか話し合っていた二人だがその話し合いにも早々に決着が着いた。
「分かった、いいぜ? 行ってきても」
「ははぁ言ったなあぁ? じゃああの男は俺の玩具にしてやるぜぇ」
そう言って糸巻はビルの屋上から建物を飛び移っていった。それを見送りながら霧崎は大きく独り言を言う。
「はあ、時間をかけるなって言ったって……アイツが一番時間掛けて殺す癖によ。糸で雁字搦めにした後ゆっくりと嬲って痛めつけて! そんな風に殺すんだぜアイツは! 面白いだろ!?」
大きな独り言は続く。夜の町に声が少し反響するぐらいに大きな声で。
「これからターゲットはアイツに殺される! そうなる前に止めたいだろ? なあそこのお前に言ってんだぜ?」
霧崎は後ろを振り返りそう言う。屋上にはタンクがある、その後ろから人影が見えた。
「そこにいるのは分かってるんだよ!」
霧崎は叫びながらタンクに突っ込んでいき右腕を振るった。本来ならただ腕が折れるかするだけだろう、だが霧崎の両腕は振るう直前に変化していた。腕が伸び、関節が一つ増え、まるでカマキリのように変化した腕はタンクを真っ二つに斬った。しかしそれが切断される前に一つの影がそこから瞬時に離れた。
「ハハッ! 正体はっとまだガキで男かよ! つまんねえな!」
「アア? たいそう気分良さそうだけどこっちは最低な気分なんだよ、しゃべんじゃねえよ」
「ハハハハ……で誰だお前? 人の話をこっそり聞いて、ターゲットのことを見てたみたいだけど同業者か?」
「しゃべんなって言ってんだろ、つーかキモイんだよその腕。どうでもいいけど進藤は俺が倒すんだから余計なことすんなよ! 今日で丁度700回目の挑戦なんだからよ!」
その男の名は根野、今まで歩に会う度戦い続けて負け続けている。それは偶然だった、いつものように歩を探し回っていた根野は偶然霧崎達を見つけたのだ。そして話を聞き、歩を殺そうとしていることが分かった。もっとも根野は歩を助けたいと思っているわけではなくただ勝負の邪魔をされたくない、それだけで殺し屋達をぶっ飛ばそうと思っていた。
「ああ、もうお喋りは終わりだぜ? だってお前女じゃないしつまんねえもんなあ?」
霧崎は瞬時に距離を詰め鎌のような腕を振るう。根野の体は真っ二つに切断され――なかった。霧崎の腕は服を裂き皮膚を傷つけてはいるもののそれは微々たるもの、少し線が入って血が滲む程度であった。
「何!? 何だそりゃ!? か、硬すぎだろ!?」
「体の硬さなら誰にも負けない自信があるんだよ、毎日のようにやられて俺の体はもはや生身で銃弾を食らっても無傷で済む程度にはなっているだろう」
根野は近くに来ていた霧崎の顔面を殴ろうとしたが空振りに終わる。霧崎の体は根野の予想外の動きをしたのだ、ブリッジのように体を反っている、それも足をつけたままで。それに驚く根野だがすぐに足を上げて蹴りを放つが霧崎はそれをブレイクダンスのように回転して弾く、更に両腕を鞭のようにしならせて根野の体を少しずつ切り裂いていく。
「ちょこまか動いてんじゃねえ!」
「ガアアアッ!?」
根野は真っ直ぐにぶん殴るがそれを両腕をクロスさせてガードしようとしたがガードもろとも打ち破り鳩尾に入る。ビルの屋上の柵に吹っ飛んでぶち当たり柵が変形してしまった。しかしその拳を受けてもなお闘志は尽きない、むしろ高まり霧崎は笑いながら根野に突進していくのだった。
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「はあぁー、あのオバサンまじで何者だよ。今日も奪われたし狙われてるのか? まさかあのオバサンが俺のことを邪魔に思って依頼したんじゃないだろうな」
まさかな? タイムセールのライバルを減らそうとして殺し屋に頼むとかバカらしいし有り得ないよな。そんなバカなことを考えている時だった。電柱が突然倒れてきたので躱す。
「な!? 危ないな……何だ? 綺麗に切断されたかのような断面だ」
虫関係の能力を持ってるって書いてあったしカマキリとか? だが近くに人はいない、どこかから攻撃されたことは確かなんだろうけど。
「ングッ!?」
そう思って周囲を見渡していると突然首吊り自殺のように首から持ち上げられた。何だ!? 息は一応出来る、でもこれは細い紐? いや糸だ! 信じられない強度だけど蜘蛛の糸だ! 糸は細いから良く見えない、電柱もこれで切断したのか……電柱を軽々と切断出来る程の強度か、恐ろしいな。もう殺す気だったのか糸が急にキツくなる。
プツッ!
だが俺を殺すにはまだ強度が足りない、キツく締め上げたことで糸の方が切れた。
「そして今、糸が切れたことで動揺して声が聞こえたぜ?」
「な、何ぃ!? ぐうぅ! 蜘蛛の巣ぅ!」
切れた瞬間に声が聞こえた、この糸も無敵ではない、断ち切られたことだってあっただろう。でも人間の強度に劣るから切れたというのは初めてだったのだろう、明らかに動揺したのが分かった。俺は聞こえた声の場所に高速で移動して驚いている男に接近するがそれを容易く許してくれる相手ではない。まるで蜘蛛のような態勢でいる男は右手を突き出してよく見る蜘蛛の巣をネットみたいにして放出してきた。普通ならこの網で体が細切れにされるんだろう。
「だけどそれが何だ? この糸は俺の首すら切れなかった、つまり警戒する必要はない!」
「ばかなぁ!? 俺ぇの糸をあっさりぃ!?」
「終わりだ!」
家の壁に張り付いていた男を殴って道路に叩き落した。まるで虫が潰れたような音出しやがって。どうやらもう動けないようだ。
「くふぇふぇぇ、俺をぉ倒したところでぇリーダーが既にぃ、お前の家に向かっているぅ、誰にも負けないリーダーがなあぁ」
「何だと!? クソッ、間に合うか!?」
「グベッ!?」
俺は蜘蛛男を車に轢かれないように隅に投げ捨てて自分の家に急いで走った。家には水瀬がいる! 狙われてるのが水瀬もなら危険だ! 間に合ってくれよ!




