鴬谷君は恋がしたい
俺、鴬谷 徹は29になったのを機に、マンションを購入した。
理由は幾つかあるが、決定打となったのは転職しようと思ったこと。
勤続年数の関係で、ローンが組めなくなると困る。
マンションの管理もしっかりしているしリフォーム済み物件なので、築年数は古いが充分に綺麗で、むしろその分お買い得だった。
俺には恋人がいたが、ローンをさっさと返してしまいたい俺は、1年位彼女をほったらかしにした。新生活が始まるまでの引き継ぎや準備で忙しかった、というのもある。
まさかその1年で婚活を行い、結婚相手を見つけてるなんて思わなかった……女って恐ろしい。
俺はそれなりに彼女を好きなつもりだった。
まだ25の彼女と相談の元に追々結婚し、2年程このマンションで過ごした後は資産として回し、子供が出来ても充分な広さの所に越す。そう決めていた。
だが、いざ不貞が明るみに出ると一気に冷めた。
確かにほったらかしにしたのは事実だが、向こうは向こうで俺を都合よくキープしてた事になる。
そんなの許せない。プライドが。
更に許せなかったのは、別れる理由をマンションの部屋の汚なさのせいにしたことだ。
後あとわかったことだが、マンションに行ったことで次の男の家と比べていたらしい。
そもそも購入したのは1年近く前だが、転職に合わせて引っ越したので片付いている筈などないのだ。
まだ1年放置された事だけを理由にしてくれれば良かったが、部屋を含めてここぞとばかりに嫌なところを挙げ連ねやがって……
あんな女だとわかって良かったと言えなくはないが…………頭にはくる。
(だが俺にも悪い点はあった)
それは1年放置してしまったこともそうだが、もっと根本的な問題について。
俺は本当に彼女が好きだったのか?
彼女がそうであったように、俺も彼女を条件で見ていなかったか。
好きだと言われて付き合って、その間彼女は従順だった。
特に我儘も言わなかったし、高価なものもねだらなかった。
むしろしょっちゅう約束を反故にする俺が、謝罪の気持ちから高いものをあげていた。
それを彼女が友人達に自慢していたのは事実で、俺は後で引いたんだが……
(考えてみれば最後の彼女やブランド品を自慢する彼女と、付き合ってた時の彼女に開きがありすぎる)
どちらが本当かはわからない。
どちらも虚勢や虚栄とかの気もする。
あるいは優しさや弱さかもしれない。
結婚を視野に入れてた割に、俺は彼女の事をなにも知らなかった。
最後に物凄く、好き放題罵倒してきたのも、小出しに出来ずに溜めたせいかもしれない。
ただそれを確かめる術はなかった。
結構酷い別れ方をしたし、後悔や反省があれど怒りもそれ相応にある。
また、仮に話し合って双方が納得できたとしても、しこりを抱えながらやり直す程には情熱も強い未練もなかった。
残ったのは自身への後悔と反省、それに附随した未練、傷つけられた自尊心や怒り等々と……全体を見れば大きいが、まとめるには些かとっ散らかった気持ちだ。
(そもそも結婚をしたかったんだろうか)
まぁしたいと言えばしたい。
だがそこにあるのは漠然とした安定した平穏な生活への憧れや、対外的な諸々からであり、一生を共にする筈の相手への強い気持ち等は存在しない。
そりゃ見合いからでも愛情は育めるだろうが、そこまでアクティブに結婚をしたいとも思っていない自分がいた。
(ちゃんと人を好きになりたいな……『一生を共にしたい』と思えるような女性と)
気付けばまるで乙女の様な考えに辿り着いていた。
彼女との別れははからずしも、俺自身のこれからについてきちんと考えるきっかけとなっていたのだった。